墓参り
朔弥が言いかけた言葉を続けた。
「──今日はお前の母さんの命日だな」
私は振り向かずに言った。
「──覚えてたんだ」
「当たり前だろ」
今までの明るい声とはまるで違う、低く落ち着いた朔弥の声だった。
と、そこに零が来た。
「千夜璃、朔弥。」
「あ、零兄ちゃん」
「今日は──千夜香さんの命日だね。」
──千夜香。
私の母の名だ。
零は朔弥と同じことを言った。兄弟なんだなと改めて思う。
「そうだね。あれからもう7年か」
私は記憶を遡る。
──母は、優しい人だった。いつだって暖かい笑顔で、私を包み込んでくれる。
濡れ羽色の黒髪と、白い肌。その瞳は私を吸い込みそうなほど透き通る。美しい人だった。
病気だった母は、みるみる弱っていった。
「千夜璃」
優しく私の名前を呼ぶ母の、弱々しい笑顔を思い出す。
朝食を食べ終わり、3人で、母の墓参りに行った。
じりじりと焼けるような暑さだ。
母の墓は小高い山の上にある。石の階段を上る度に汗が顎からぽた、と垂れた。
墓の前にしゃがむと、静かに目を閉じて、手を合わせた。その沈黙に蝉の声だけが響く──。
3人は立ち上がった。
「千夜璃のお母さんは、すごく美人だったよね」
零が遠くを見ながら言った。
「そうだな」
いつもはへらず口ばかりの朔弥も、今日は真剣で優しい表情だった。
「とても優しい人だった」
「うん、お母さんはすごく優しかった」
朔弥に、いつもより優しく返した。