兄弟
物心ついた頃には、2人と一緒にいた。
一人っ子だった私は、2人を本当の兄弟のように思っていた。
──廊下を走ってくる足音が聞こえる。
勢いよく襖が開いた。
「千夜璃ー遊ぼう!」
無邪気な笑顔を向ける少年がいた。
「うん朔弥、遊ぼう。あれ?零兄ちゃんは?」
私は朔弥の兄、零がいないことに気づく。
「また勉強だってー」
朔弥はふてくされたように言う。
「そっか。忙しいんだね」
「兄ちゃんったら最近ずっとこれだよ。ちょっとくらい俺と遊んでくれてもいいのに、勉強、勉強って。」
つまんない、と朔弥は少し落ち込んだ声で言った。
「そうだね」
私も落ち込んで言った。
「おい千夜璃」
縁側で洗濯物を干していると、ふと後ろから声をかけられた。
「なに?朔弥」
干しながら答える。
「俺、今から真奈と遊ぶからこれやっといて」
振り返ると朔弥が山積みの書類を抱えていた。今月の売り上げの書類らしい。
思わずため息がこぼれる。
「はぁ…。昨日は優香…だっけ?毎日女が変わって大変ね。あとそれ自分で片付けなよ」
呆れた声で言った。
月瀬財閥は車や食品、ホテルなど数え切れないほどの店を持っている。朔弥はその会計を任されたらしい。
「ったくなんで俺に頼むかなぁ。」
「暇そうだからでしょ」
うるせ、と言って朔弥はしぶしぶ計算するために部屋に入って行った。
──昔はあんなに可愛かったのに。
(それに比べて、零兄ちゃんはすごいなぁ。)
そんなことを思いながら、零を思い浮かべる。
零は成績学年一位、スポーツも万能、文武両道で容姿も整っている。まさに非の打ち所がない。その上優しくて、穏やかだ。兄弟でこんなに違うものだろうか──。容姿は2人そろって綺麗だけど。
…と、そこに零が通りかかった。
「あ、千夜璃。手伝うよ」
零は優しく微笑む。
「ありがとう、零兄ちゃん。」
私も笑顔で返した。
本当に朔弥と正反対だ。
「最近話せてなかったね」
零は穏やかにそう言った。
「そうだね。零兄ちゃん忙しいんでしょ?」
濡れた洗濯物を広げながら、零に聞く。
「うん、いろいろと」
零は苦笑しながら言う。
(やっぱり、零兄ちゃんは落ち着くなあ。)
そう思っていると、使用人が早歩きでこちらへ向かってきた。
「零様、真幸様がお呼びです」
──「真幸」と呼ばれる人は、零と朔弥の父で、月瀬の社長だ。
「ああ、もっと話したかったけど……ごめん、行くね」
ううん、またね、と言って見送った。
翌朝。
蝉の声で目が覚めた。
私は布団を畳み、朝ごはんを食べに広間へ向かう。屋敷は大きく、廊下は長い。
広間には既に朔弥や使用人の人達がいた。
これが月瀬家の朝の風景だ。
「お、起きたか寝坊助」
私が朔弥の隣に行くと、朔弥はこちらに気づいて声をかけてきた。
「千夜璃ぃ桜ちゃんにキレられた」
朝からそんな事かと呆れる。
「そりゃそうよね」
適当に返す。
「お前適当すぎー」
「うん。」
華麗にスルーしながら箸を進める。
朔弥のことに基本興味はない。
いつもこんな調子だ。
「お前彼氏いねーの?」
突然、朔弥がそんなことを聞いてきた。
「いるわけないでしょ、恋愛とか興味ないし」
恋愛というのがどんなものなのか、私には分からなかった。今まで何度か告白されることはあったものの、付き合うことに興味がなかった。恋愛と言えば、小説の中であるようなものしか知らない。
「まあ、お前にいるわけねーか」
イラッとしたが、それもそうだ。
興味がないのにできるはずがない。そもそも、彼氏などいなくてなんとも思わない。
「うん」
素っ気なく返事した。
「千夜璃っていつも俺にだけ冷たいよな、なんで?俺の事嫌い?」
朔弥はぐいっと顔を近づけて覗き込んできた。
「好きでも嫌いでもないかな」
朔弥は吹き出して、なんだよそれ、と笑った。
「あんたこそ彼女とかいないの?」
少し疑問に思ったので聞いてみる。
「付き合ったらいろんな子と遊べないじゃん」
朔弥らしい理由だ。
「へえ」
「あ、でも浮気すればいっか」
「クズだね」
うん、と朔弥はにこにこしながらご飯を食べている。
「ごちそうさま」
私は箸を置いて、皿を重ねる。
「え、お前はや」
そんな朔弥の言葉には反応せず、立ち上がる。
後ろから朔弥が口を開いた。
「お前の母さんの」
私は、足を止めた。