あえていうなら針千本
それなりに混雑しているファミレスの禁煙席に、4人で座った。
四葉と光が隣で、みのると撫子が隣に座る形で向かい合う。
四葉がチーズハンバーグ。光はオムライス。撫子が焼き鯖定食で、みのるはカルボナーラを頼んだ。
「あ、すいません。平皿を1枚もらえますか? ライスとか乗せるような」
「かしこまりました。お持ちいたします」
光が店員に追加で頼み、全員でドリンクバーに向かった。
「よつばちゃん、どれ飲みたい?」
「コーラ!」
「コーラを夜に飲んだら、寝れなくなっちゃうから、他のにしよっか」
「わかった! うーん、オレンジジュース!」
「いいよー」
光はオレンジジュースをコップの半分くらいまで入れ、1個だけ氷を浮かべてストローを刺した。
「はい、どうぞ」
「ありがとう、ひかりおねえちゃん」
四葉はにぱっと笑顔を浮かべた。
光は自分のお茶をいれ、四葉の手を引いて席に戻っていく。そんな姿を見送りながら。
「なんか、慣れてますね」
「ああ。光は子ども好きだからな。あと、ああ見えて色々と細かいところに気がつくんだ」
「すごいですね。真似できる気がしません」
「いいんだ。それぞれが出来ることをしていけば。ま、私たちに出来るのは、四葉ちゃんがジュースを飲み過ぎないように、コーラとかを持っていかないことぐらいさ」
撫子は水と氷だけを入れて、席に戻っていった。みのるも同じものを入れ、ふわりと広がる後ろ髪を追った。
席に料理が運ばれてくると、光は鉄板の上でハンバーグを切り分ける。皿の上に盛り付けなおした。
「これ熱いからねー。ファミレスのハンバーグって、けっこう小さい子には危ないんだよ。はい、よつばちゃん、どうぞ」
「美味しそう……」
四葉は目をキラキラさせ、中からとろりとチーズがこぼれるハンバーグを見つめた。
「それじゃあ、いただきます」
「いただきます!」
みのるは1人で食事をするときなんかは、食前の挨拶をしないことの方が多い。ただ、今回は子どもの前ということで、きちんと手本になるように、手を合わせた。
食事の最中も、甲斐甲斐しく四葉の世話を焼く光を見ながら、みのるは「意外だ」と、少しばかり失礼な感想を抱いていた。
ふと隣を見ると、焼き鯖定食の皿が空っぽになっていた。
「撫子先輩」
「どうした?」
みのるが小声で訊く。
「先輩って魚の骨ってどうします?」
「どうって……そのまま食べるだろう」
「あっはい。ちなみに、フライドチキンの骨はどうします?」
「そのまま食べるだろう?」
「すいません、変なことを訊いて」
撫子は不思議そうな顔をした。
――さすが「最高峰」。人類最強の身体能力があると、骨くらいは気にならないのか。
みのるは内心で戦慄した。
食事を終えて、光が話を切り出した。
「よつばちゃんの幼稚園ってどこなのかな? 教えてもらってもいいかな」
「ワオキツネザル幼稚園!」
一瞬。一瞬だけ光の笑顔が凍りついた。
「……ええっと、面白い名前の幼稚園だね」
「ワオキツネザルって可愛いんだよ!」
「そっかあ」
ワオキツネザルは、マダガスカルに生息する、長い尻尾を立てながら歩く、独特な容貌のサルである。メスの気性が荒く、オスから餌をぶんどったり、怪我するまで女同士の戦いを繰り広げるなど、なかなかパンチの効いた生態をしている。
「それじゃあさ、今度ワオキツネザル幼稚園に遊びに行ってもいい?」
「うん! いいよ!」
「よつばちゃんは電話持ってるかな?」
「うん」
小さな黄色いリュックをごそごそし、今となっては珍しいガラケーを取り出した。
機能が少ない代わりに、ひらがな表記の画面・GPS付き・防犯ブザー付き、といった親が子どもに持たせたい機能が詰まっている、幼児の親には人気の機種だ。
――これを持たせたときは、まだ両親は四葉ちゃんのことを見ていたのかもしれない。
信仰によって、愛していたはずの我が子から関心を引き剥がされた親。
今回の事件が解決しても、両親の心には傷が残るかもしれない。それが不幸なことなのか、それとも、元々は愛情があったことを喜ぶべきなのか、みのるにはわからなかった。
みのる達は四葉と電話番号を交換し、ファミレスを出た。
支払いはみのるが一括で払った。後で光・撫子と3等分で負担しあう予定だ。
四葉の家は、出会った公園のすぐ隣だった。
家には明かりが灯っておらず、真っ暗な窓が寒々しい。
「それじゃあ、よつばちゃん。鍵はきちんと閉めるんだよ」
「うん」
「歯を磨いてから寝るんだよ」
「よつば、ちゃんとできるよ」
「えらいね」
光が四葉の頭を撫でた。
「よつばね。ちゃんとカギするし、歯もみがくよ。だからね……また会えるかな?」
「もちろんだよ」
四葉を抱きしめた光の目には、うっすらと涙がにじんでいた。
「四葉ちゃん、指きりしよう。またすぐ会えるし、幼稚園にも遊びに行く。約束する」
撫子もしゃがみ、小指を向けた。
四葉は撫子の半分ほどの短い小指を絡めた。
「ハリセンボンはないけどやくそくだよ」
「ああ。約束だ」
最後にみのるが頭を撫でながら言った。
「すぐに会いに行くから。また、会おうね。どうしても寂しいときは、僕らに電話してね」
「うん!」
光に涙と鼻水をハンカチでぬぐってもらってから、四葉は家に入っていった。鍵がカチャンと音を立てる。
「このあと時間ある?」
「もちろん」
「ありますよ。うち使いますか?」
「ありがとう。それじゃあ、作戦会議といこっか」
光は獰猛な表情を浮かべ、口に放り込んだ塩飴を噛み砕いた。