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錆びてないブランコはない

 みのる達が通う高校の生徒会は、少しばかり独特な仕組みをしている。

 正規のメンバーと呼べるのは、2年生の会長と副会長だけ。この2人は生徒会選挙によって選ばれる。あとのメンバーは、会長が認めた手伝いという形で、委員会活動のひとつとして生徒会の業務に関わることになっている。


 生徒会の手伝いに就任したみのるは、放課後に他のメンバーとも顔合わせを済ませ、生徒会の表の顔としての仕事を覚える日々を過ごしていた。


「んー、そろそろ帰ろうか」


 光が大きく伸びをする。

 時刻はすでに19時に迫っている。予算の申請用紙をなくし、書き直しをする部活があったため、こんな遅い時間まで待たなければいけなかったのだ。

 生徒会室に残っているのは、みのる、光、撫子の3人だけ。


「鍵は私が持って帰ろう」


 撫子が、壁のフックにぶら下げていた鍵をとった。

 本来は毎日職員室に返しに行くものだが、あまりに遅くなるときは顧問の先生に迷惑がかかるということで、光が「説得」して持ち帰ることができるようにしたのだ。


 三上の一件があってから、3人は一緒に帰宅するようになっていた。

 というより、身体能力に優れる撫子が、みのると光を家まで送っている、という状況に近い。


 学校を出ると、空はもう夕陽の茜色が消え、ぼんやりと薄ら明るい墨色になっていた。

 金曜日の夕方だから、だろうか。住宅街のあたりは、人通りが少なく感じられる。そのせいなのか。自分たちの声と静寂しかない路上で、その音はやけに響いて聞こえた。


 きぃ……きぃ……。


 と。物悲しく、金属が泣く音がする。

 最初に気付いたのは、誰よりも耳が良い撫子だった。


「ブランコの音……? 近くに公園はあったか?」

「そこの角を左に曲がったら、家1軒挟んで公園ですね」

「ふむ」


 薄暗さでぼやけてはいるが、3人が公園の中に目をこらしてみると、小さな人影がブランコを漕いでいるようだった。


「子どもか。こんな時間にひとりで公園なんて、家が近くても危ないぞ」

「声かけてみよっか」

「そうですね」


 ひとりぼっちで、所在なさそうにゆっくりとブランコを漕いでいたのは、小学校にも上がっていないであろう、幼い女の子だった。

 うなだれている頭の両側は、お団子ヘアーになっている。

 どこかの幼稚園の制服なのだろう。水色のスモッグを着て黄色の小さなリュックを背負い、ぷらぷらと小さな足を振っていた。


「こんばんは」


 光が声をかけ、精一杯優しい微笑を浮かべながら、女の子の横にしゃがんだ。


「わたし、真中光っていうの。あなたのお名前は?」

「よつば」

「よつばちゃん、よろしくね。1人で遊んでるのかな?」

「うん。ひとりなの」


 四葉よつばはそう言って、ぎゅっと下唇をかむような仕草をした。それはまるで、泣くのをこらえているようだった。


「じゃあさ、わたしたちも一緒に遊んでもいい?」


 四葉はブランコの鎖をぎゅっと握りながら、うるんだ瞳で光を見つめた。


「……いいの?」

「もちろん! 撫子も、みのる君も一緒に遊びたいよね?」

「ああ。撫子だ。四葉ちゃん、私も一緒していいかい?」

「みのるだよ。四葉ちゃんと遊びたいな」


 四葉はぱぁっと顔を輝かせると、ブランコから飛び降りた。


「あのね、あのね。あの……あ……」


 四葉は何かを言おうとし、そして、何かを思い出したのか、表情を曇らせた。


「たっくんもね、みっちゃんも、ゆいちゃんも、かよちゃんも。みんなミサキ先生にばっかりで、ずっと遊んでくれないの。だから、なにして遊んだらいいかわかんない……」


 四葉は両手を後ろに組んで、寂しげな表情を浮かべた。


「パパもママも、ミサキ先生とご飯食べに行くから、帰ってくるのおそいの。だからね。よつば、なにするかわかんなくなるの」


 みのる達は顔を見合わせた。


 たっくんなどは、おそらく、四葉の幼稚園の友達だろう。ミサキ先生というのは、幼稚園の先生。

 子ども達が人気な先生にばかり集まり、四葉が疎外感を覚えるというのは、まだ理解できることだ。だが、四葉の両親まで、そのミサキ先生に夢中というのはおかしな話だ。


「そっか。よつばちゃんは、ご飯はもう食べたの?」

「ふりかけご飯、もうあきたよ……」


 光は微笑みは絶やさないようにしながらも、手は血の気が引くほど強く握り締められていた。


「そっか……」

「四葉ちゃん。一緒に、ご飯食べにいこっか」


 みのるが言った。


「でも、よつばお金ないよ?」

「僕がいっぱい持ってるから大丈夫」


 みのるは不敵に笑ってみせた。


「ハンバーグとか食べよっか」

「……うん! みのるお兄ちゃんありがとう!」


 光とみのるが、四葉と両手をつなぎ、その後ろを撫子が歩く。

 表面的には楽しげな雰囲気を維持しながらも、3人の内心は穏やかではなかった。


 おそらく、ミサキ先生。もしくは、そこに近しい人に、信仰を持った人がいる。それで、ミサキ先生は不自然なまでに、人を引き付ける。

 そして、また。きっと。まだ目覚めていないだけで、四葉も素質を持っているのだろう。だが、その耐性が裏目に出て、孤立してしまった。


 誰かの信仰によって、幼い子どもが辛い目にあっている。

 それは、生徒会の彼らには許せるものではなかった。

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