まるちかんぱにー?
顔から耳から真っ赤にしたみのるが、撫子に開放されてから、改めて光が話を切り出した。
「まず覚えておいて欲しいのは、信仰の内容はほいほい他の人に話さないこと。といっても、普通は冗談だと思われるんだけどね。ただ、その話した相手が悪意を持った信仰持ちの人だと、対策を練られちゃうから」
「はい、わかりました」
「まあ、不死の信仰なんてどう対策しろってんだって話でもあるんだけどさ」
――確かに。心臓を刃物で刺されても死なないなんて、ズルもいいところだ。
納得したみのるに、撫子が言う。
「さっき『化け物』という話があったから、私から信仰を明かそう。私の信仰は『最高峰』だ。人類として想定される、もっともベストな身体的コンディションで在り続けるものだ」
その表情は、少しだけ寂しそうでもあった。
光がその後を引き取る。
「100メートルは9秒以内で走れるし、ベンチプレスは1トン近く持ち上げる。動体視力は、ジェットコースターから飛んでる蜂を見続けられるくらい。一芸を磨き続けた才能ある人が、本当に調子のいいときに出せるような記録を、全分野でいつでも出せるんだよ。小学校の頃からね」
――それは、恐れられるかもしれない。
優れている、というのは人に好かれる要素の1つかもしれない。だが、優れすぎている、というのは、人に遠ざけられる要素にもなり得るのだ。
それが好ましい性質であろうと、自身からかけ離れた者を、人は拒む。同じ仲間として認められない。
だからこそ、『最高峰』の撫子は、『孤独』であり続けた。
「なんでも出来る、すごい子だって。1番なんだって。ずっと褒められてきたんだ。自分でも、そうだと思っていた。その傲慢な思い込みが、私を『化け物』と呼ばれる存在に変えた。これが私の信仰だ」
撫子は自嘲と後悔を含んだ声で、そう言った。
「おそろい、ですね」
呟くように放たれたみのるの言葉に、撫子の目が大きく見開かれた。
「僕はなんでもかんでも、『普通』なんだって思ってきて。人生の主役なんかになれやしないって。いつも傍観者気取りだった。だから、自分の死にすら現実感が沸かなくて、死なない『化け物』になったんだと思います」
「おそろい、か。そうだな」
撫子はふふっと、屈託のない笑みを浮かべた。
「隙あらばいい雰囲気になるねえ。さてはみのる君、タラシだな?」
「タラシ!? ち、違いますよ」
慌てて否定するみのるに、光はからかうような視線を向ける。
「ま、それじゃあわたしの信仰も教えるね。わたしの信仰は『正義』。他者に影響を与える、言うなれば洗脳に近い性質。わたしが正しいと思ったことは、周りの人間にも正しいこととして認識される。正しさのもとに動き続ける限り、周りの皆が手を貸してくれる。間違ったことをすれば、周りが全て敵になる。
正しくあることを、自分で自分に強要しているんだ。常に誰かに見張られているようで、気の休まる暇がない信仰。だからこそ、わたしの信仰に影響されない人に会いたかったんだ」
人は間違える生き物だ。
意図せず間違ってしまうこともあれば、良心のささくれから目を背け、わざと間違いを犯すときだってある。
真中光には、それが許されない。
常に正しく在らねばならない。
「うちの親って、昔はすっごく厳しかったんだよね。ザ・教育ママ、パパって感じで。だから、良い子でいなきゃいけないって強迫観念があったんだろうね」
ふわりと。さも何でもないことのように言う光の目には、長い時間をかけて押し殺してきた、色んな感情の色が残っていた。
「でも、撫子に会えたし、みのる君にも会えたからね。それに、悪いことばかりじゃないんだよ? 見ててごらん」
光はスマホを取り出すと、どこかに電話をかけた。数分もしないうちに、ヤのつくマルチカンパニーなお兄さんたちが姿を現す。
光は彼らに三上の姿を見せ、言った。
「この人、死体を認識させない能力を使って、悪いことをしようとした人だから。もう悪いことをしないように、しっかり『言い含めて』おいてね」
「わかりやした。この変態きたねえぞ。慎重に運べ」
嵐のように現れ、三上を連れて行った彼らを見送ると、光は肩をすくめた。
「信仰がらみの事件は、真っ当なやり方じゃ裁けない。でも、真っ当じゃない人たちですら、『正義』に共感して、協力してくれるから、対処できる。まあ、人を操っているようなもんだから、この信仰自体が正義をガン無視している気もするんだけどさ」
不死の化け物となった、田中みのる。
最高峰であるが故に、孤高の門倉撫子。
人を操れるからこそ、操れない友を望んだ真中光。
ともすれば、深い孤独の中に沈んでしまいそうな3人は。
お互いに欠けたものがあるからこそ、がっちりと噛み合ったような気がした。