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東洋大快人伝  作者: 三文山而
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九 頭山さんちの満さん

 明治6年の春、18歳の満は母親イソの実家である頭山家に養子入りし、ついに“頭山満”となった。この頃の頭山家は父と祖父を相次いで喪い、女所帯になっていた。その不安から、男の跡取りとして満の養子縁組を求められたのである。

 頭山家には満とあまり歳の変わらない20歳の歌子という女性と、まだ3歳か4歳の峰尾という娘がいた。この歌子さんは男勝りのしっかり者だったらしいが、幼い娘の面倒を見ながら母たちと共に夫と父亡き後の頭山家を支えていたのだからさぞかし大変だっただろう。満が頭山家にやってきるとすぐに満と幼い峰尾の縁組が届け出られた。


 現代の価値観だと満より15歳年下の峰尾ではなく、2歳年上の歌子が再婚する方が自然に感じられるが、この時代の価値観だと婿より2歳年上で夫に先立たれ娘もいる歌子よりまだ3歳の峰尾が婚姻する方が当然だったのだろう。

 かつて7歳の頃に行った山本家への養子入りは100日ほどで戻ってきた満だが、心身の成長と、母方の親類の女性たちに頼られているという責任感もあってか、頭山家が満の天衣無縫さに呆れつつも優しく迎え入れてくれたからか、この養子縁組はうまくいった。正式に婚礼の祝宴を開いたのは峰尾が15歳になった時で満が30歳の頃だったというが、彼は24か25の頃まで一切女遊びもしなかったという。


 頭山家の屋敷は西小姓町、南薬院の御所ノ谷という場所の小高い場所にあり、縁側からは梢越しに玄界灘を見ることができる家だった。現在では福岡市中央区に入っているが、当時は福岡から人里離れた郊外で周囲には田中次吉という人の家族が住んでいる家が一件あるだけであった。

「我欲を捨てた」とは言っても満の自由人ぶりはそう変わるものではない。ある時は隣近所の田中家にズカズカと上がり込んで「イモを食わせ」と注文し、焼いたサツマイモの皮を田中家の少女に剥かせてかぶりついたりしていた。

 しかし我欲を捨てた自由人の頭山満である。彼の辞書に「お前の物は俺の物」という行動原理はあっても「俺の物は俺の物」というルールがあるかは怪しい。田中夫妻と娘が頭山家の法事にやって来た時のこと。頭山家からお土産を貰って田中一家が帰ろうとしたところに満はさらに仏壇から物を取って田中夫妻に押し付けた。

 「こんなに貰って行ったらそちらのお宅が空になってしまいますから」と辞退しても「俺が、やるというものを受け取れ!」と強引に押し付ける有様だった。


 とあるおじいさんが樫の木でできた歯の厚い下駄を「満さんの履物に」と時々くれることがあった。どこに行っても間違えようのない大きな下駄だったが満は雪あがりの日にそれを無くして裸足で帰ってくる。

「土が下駄を取ったけん、置いといた」

 溶けた雪で泥濘と化した赤土に下駄の歯が食い込んだので脱ぎ捨てて帰ってきたというのである。「持って帰りゃ良いのに」と家族が呆れていると次の日そこの村の人がその下駄を見つけて「頭山さんでなけりゃこんな大きな下駄を履く人はなかと思って」とわざわざ届けてくれたりした。


 履物は足に当たれば左右別々でも気にしない。肌着などは垢がつけば捨ててしまう癖に、新しい着物を渡されてもどこかであげたか脱ぎ捨てたかして、代わりにどこでもらってきたのか、キャラコだの変なものを着て帰る。新しい黒い単羽織を着て出かければ、とても男物ではない赤や青の模様付きのそれも垢にしみたような着物を着て帰ってくるので養母の歌子や幼な妻の峰尾をしょっちゅう呆れさせた。


 少年時代に仙人を目指して山籠もりした頭山満は常識に捉われない闊達自在な精神を擁していたが、この頃は近所の変わり者でしかない。彼が本格的に国家政治に関わるきっかけは20歳の頃の明治7年、眼病を患った時だった。

 先に雪でできた泥道に下駄が嵌った話をしたが、維新後も間もないこの時代、舗装された道路はほとんどなかった。学校で体育の授業を行う際に、校庭が芝生でもゴムチップ舗装でもない土のグラウンドだった方は経験があるかもしれないが、未舗装の地面はたとえ踏み固められていても、ひとたび風が吹くと表面の砂が巻き上げられて時には物凄い砂嵐のようになったりする。明治の頃も風で塵や埃が巻き上げられたりして目を傷める人が多かった。

 というわけで満は養母の歌子と共に眼医者へ通うことにしたのだが、その眼医者が「梁山泊」だの「豪傑塾」だのと呼ばれる物凄いところだったのである。

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