お題:夏の花③
ぽとり、と落ちた花は寿命を迎えた訳ではない。
いや、落ちたからこそ咲いた花、という考え方もあるのかもしれない。
「――次は、どの花の元へ行こう?」
何かに誘われるように、少女は次の花の元へと向かう。
誰もいなくなった会社で、残業をするOL。
いかにも「私は性格がきついです」といった感じの目元、口元。
それを隠すかのようなナチュラルメイクは、この時間になると剥げてくる。
ついでに、化けの皮も剥がれる。
禁煙のはずの一室で、女は盛大に煙を吐いた。
「ふぅ。」
「こんばんは。」
ドアが開いた雰囲気もなく、唐突に現れた少女。
年は中学・・それとも高校生くらいだろうか?
その人間味を感じない冷たい声に、女の心臓は凍り付いた。
時間を確認する。
この年の少女がウロウロするには、ちょっと遅すぎる時間だ。
「何?あなた誰?」
「蝶。」
本来なら、こんな子供など警備員に突き出しているところだ。
だが、あまりに場違いだった事と、その少女の顔に見覚えを感じて眉を寄せるに留めた。
「チョウ?」
「そう。花の蜜を吸う、蝶よ。」
ゾクリ。
得体の知れない少女の年齢に似合わない事を言う。
気でも狂っているのだろうか?
感情の全く乗っていない口ぶりに、寒気が背中を駆け上った。
ガンガン回していたクーラーの温度を、少しだけ上げる。
「人の不幸は蜜の味っていうでしょ。貴方はどれだけの蜜を溜めて来たの?」
女は気が付いた。
少女の顔・・それは、中学生の頃、さんざん苛め抜いた、あの生意気な女に瓜二つだったのだ。
まるで、本人であるかのように。
でも、そんなはず…
だって、あの子は、14年も前に死――…
「貴方の蜜を、私に頂戴。」
手を差し伸べる少女の、透明感を持った白い肌。
十代前半のその透き通る肌に、普段の彼女なら嫉妬の1つもしただろう。
だが、それどころではなかった。
その声。その仕草。
それは、集団で囃し立て、自殺に追い込んだ少女そのものだったからだ。
「近寄らないで、やめてッ――」
女は、恐怖にかられ、デスクにあったカッターを振りかざした。
翌日、会社で手首を切って自殺したOLが発見される事になる。
遺書は発見されず、真相は闇の中だ。
ぽとり、と落ちた花は寿命を迎えたわけではない。
1人の少女の手によって、切り落とされたのだ。
青白かった少女の頬に、僅かに赤みが差す。
「フフ…。……後、2人…」
title:夏の花 ~蝶~