12.平常心を保つのは意外と大変
明けましておめでとうございます!今年もよろしくお願いします!
午後の業務もなんとか終わらせ、無事に定時に上がることができた。窓の外に、もう少しで完全に沈んでゆく夕日が見える。あぁ今日も1日よく頑張ったな、と1人自分を労っていると
「先輩!お疲れ様です!」
後輩の今西ちゃんが元気よく挨拶してくれた。
今西ちゃんは去年入社した、総務部の直属の後輩だ。そこまで明るくない茶髪(地毛らしい)にゆるくパーマをかけており、いつもニコニコと笑顔な良い子である。仕事の飲み込みも早いし、彼女の人当たりのいい性格とあって、部署問わず人脈もかなり広い。私もぜひ見習いたい。自慢の後輩だ。
「今西ちゃんもお疲れ様!もう上がる?もし、まだ何か残ってたら手伝うよ」
今西ちゃんはなにやら書類を抱えていた。自分の仕事は終わったし、帰ろうかなと思っていたけれど、可愛い後輩を残して帰るのは気が引けてしまう。
悠真くんにはもともと、今日は遅くなるかもと伝えてあるので大丈夫だ。
ちなみに先日、迎えに来なくても大丈夫だという旨を悠真くんに伝えた。けれど「もしかして迷惑だった?ごめんね舞さん…」と、耳の垂れ下がった犬のようにしょんぼりしてしまった悠真くんに、再度ノーと言えなかったのだ。ここでノーと言える猛者がいたならば、是非お会いしたいものである。とにかく私には出来なかった。
しかし、先週はたまたま定時に帰れていたから良かったが、この先どうなるか分からない。そこで、『私が悠真くんに連絡を入れて、私の家の最寄り駅で待ち合わせする』ようにする事にした。
だってね…流石に会社の前であーんなイケメンが待っているって目立ってしまうしね…めちゃくちゃ絵になるからね!?
それに会社と我が家は電車で10分かそこらの距離にあるので、そんなに遠くないのである。わざわざ近いところって条件で探したからね〜加えて、家は駅近ということもあり少し家賃はお高めだけどもね。
「夜道は危ないからやはり会社まで行く」と言う悠真くんに、我が社の周りはオフィス街だから人通りも多いし大丈夫だと説明し、なんとか納得してもらったのだ。実際、この近くで何かあった、と言う話は聞いたことがないので安全である。
「私もこれで上がりますよ!この書類も後は仕舞うだけですし。ですから先輩は帰ってください!」
「そっか、それならいいんだけどね」
「そうですよ〜それに、あのかっこいい彼氏さんと待ち合わせしてるんですよね!?
残業なんてしてる場合じゃないですって!」
「まあ、ね…でもこれからは会社出るときに連絡して、うちの最寄りの駅で待ち合わせするようにするから、その辺は気を使わなくて大丈夫だよ」
「そうなんですね。いや〜ラブラブで羨ましいことで!」
そう言って楽しそうに舌を出してウィンクする今西ちゃん。
「ら、ラブラブって…!」
この言葉に、ここ数日初めて好きな人ができてある種の非常事態に陥っているためか、かなり動揺してしまった。
「先輩顔赤くなってますよ〜本当にウブというか、先輩はからかい甲斐がありますね!」
顔も赤くなっているらしい…うぅ、恥ずかしい…仕方ないじゃないか!だって初恋だもん!!勝手がよくわからないし、圧倒的恋愛偏差値不足なのだ。ドキドキして、ふわふわしたこの感情を持て余しているのである。
彼氏(試運転)なのに、こんな状態になるなんて思ってもいなかった!
「あ!そう言えば最近、安藤先輩と日野先輩全然来ませんよね。何かあったんですか?」
あー。確かに、今週に入ってから篤も明もうちの部署に顔出してないな。毎日3人のうち誰かしら1人はやって来るんだけど(暇なのかな?)、篤と明は来てないな。
大概何かにつけて、いちゃもんつけてくるだけだけどね。「お前化粧してんの?まさかすっぴんじゃないよな?女って自覚ある?」とか「舞の料理の腕、悪くはないんだけどね…」などなど一々言ってくるのである。どーせ、化粧しても代わり映えしない地味顔ですよ〜、明の方が料理上手ですもんね〜、と心の中で1人愚痴っているんだけどね。
しかし、2人とも営業だからか、たまーに外回りついでにお菓子を差し入れてくれることもあるのだ。いや〜あれは素直に嬉しい。だって美味しいからね!!食事は生きる楽しみなのだ!
菫は相変わらず来るんだけどな〜今日もお昼のお誘いを受けたけれど、忙しかったので丁重にお引き取り願った。
「んー。確かに最近来てないね。特に何かあったわけじゃないよ〜
それにさ、うるさいのが2人来なくなってラッキーだよ!」
ストレス貢献に大いに役立っているし、このまま暫く来なくてもいいや!
「先輩はそう言いますけど、私はイケメンが見れて目の保養になってたんですよ!?」
イケメンが足りない…と嘆いている今西ちゃん。しょうがない、今度コンビニで旬のアイドルを特集してる雑誌でも買って、プレゼントしてあげようかな。
イケメンが…!とまだ打ちひしがれている今西ちゃんに「お先」と告げると、ささっと職場を後にした。
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最寄駅の改札を出ると、すぐに悠真くんを見つけることができた。
どうやらこちらに気がついていないようで、手元の端末をいじくっている。大したことはしていないのに、すんごく絵になっているんだけど!?え、イケメンって何しててもかっこいいの!?!?
そう言えば、学生時代にクラスの女子生徒達が「安藤くんが靴を履き替えてる!かっこいい!」だとか「日野くんが書類持って歩いてる!素敵!」だとか言われてたな。
男子生徒達も「松原さんがミルクティー飲んでるぞ!今日も可愛いな」とか言ってたな。
ごく普通の事しかしていないのに、美形は何やっていても美しいらしい。
あ、ちなみに明が持っていた資料は私が印刷して来たものだし、菫が飲んでるペットボトルのミルクティーは私が自販機で買ってきたものだよ。ほんっと人使い荒いんだから…いかんいかん、思い出しただけでイラッとしてしまった。
そんなことは置いといて、悠真くんになんて声をかけようか、と考えたところで私は閃いた。
よし!悠真くんを驚かせよう!
25歳にもなってやる事が幼稚すぎる、と思わなくもないが、この際だからわっと驚かせてみようと思う。
「おまたせ!」と一言言えば良いだけの話だと思ったそこの君!甘い。ミルクチョコレートよりも甘いぞ。だって、待ち合わせしてる、好きな人(多分)に話しかけるのって勇気いるんだよ!!!恋心(maybe)を自覚してからというもの、何というか照れ臭いというか…
そうと決まれば足音を立てないように、そーっとそーっと悠真くんの背後に回り込んで近づく。気分はさながら忍者である。
あと三歩、二歩、一歩……
「わっ!」
小さな声でそう声をかけ、肩に手をポンと置く。
悠真くんは体をビクッと震わせた後、素早く後ろを振り向いた。
「……ッ!」
冷たく、そして鋭い視線が私を射抜く。この人は一体誰?いや、悠真くんなんだけど、全くの別人のようだ。心臓が止まるかと思った。
私に向けられたその視線は、一瞬でいつもの柔らかなものに変わったけれど、私の心臓はまだバクバクと早鐘を打っている。
「あ〜びっくりした!舞さんだったのか。も〜いたずら好きさんなんだから」
少し困ったようにクスクスと笑う悠真くんに、私も
「ごめんなさい!つい出来心で…」
と手を顔の前で、パン!と合わせて謝った。
悠真くんも「いいよいいよ」と快く許してくれた。
今日は食材を買い足して、私の家で一緒に晩御飯を作って食べよう、ということになっていたので早速近くのスーパーへ向かうことにした。
歩き出したものの、先程の『うきうき!好きな人(多分)とお出かけよ☆』テンションには到底なれない。どうしても先程の振り向いた悠真くんの表情が忘れられないのだ。
さっきの何だったんだろう?見間違え??
まるで別人みたいだった。あんな表情の悠真くん、見たことない。そりゃ知り合ってまだ日も浅いけどね。
そう言えば、初めて悠真くんと会った時はちょっとツンケンした感じだったような…でもでも、あれだけ具合が悪ければ誰だって機嫌が悪くなるしね。それに第一、あの時私かなり酔ってたからな〜3人に大嘘ついた直後だったし…自分の記憶がアテにならないよ。完全にダメな大人の見本だよ…やはり暫くお酒は控えよう。
そんなことを考えていると、
「舞さん、舞さんって」
「へ?」
横から私を呼ぶ悠真君の声が聞きこえてきた。どうやら思考がトリップしていたようだ。
「ごめん!もしかして私ずっと黙ってた!?うわ〜本当にごめん!」
かなり失礼だったよね。うわ、本格的にダメな人間になっているぞ、自分。いかんいかん、ここからは気を引き締めないと!
「ふふ、ぼーっとしてる顔も可愛かったよ。だけど危ないから、1人の時は気をつけてね。はい、着いたよ」
ひぇ〜!さらっと可愛い、とかそういうこと言えちゃうの心臓に悪いからやめておくれ〜!
『可愛い』の単語は耳にタコが出来るほど聞いてきた。私に、ではなく私の隣にいる菫に、だけどね。だからかな、自分に対してそういうこと言われると、何だかすっごく不思議な感覚に陥るんだよね。私が受け取っても良い言葉なの?ってな感じでね。
あー、もう!ただでさえ失態を犯したところなのに、頑張れ心臓!負けるな心臓!
あれ?でも
「着いたって、ここ私の家だよ。スーパーに行くって言ってなかったっけ?」
何故私の家に??もしかしてぼーっとしてる間に買い物まで済ませてた、とか??もしそうなら、流石にまずいぞ自分。
すぐさま悠真君の手を見てみたけど、そこに買い物袋は下がっていない。
はて、どうしたものか。
「そうだったんだけど、今日は送るだけにしようかなって思ってここに来たんだ。舞さん疲れてるみたいだから、夕飯はまた今度にしようよ。
ね?今はゆっくり休んで欲しいな。だめ?」
首をコテンと横に倒してそう言う悠真くん。
あざとい。あざといぞ!
こういう時の悠真くんにはノーと言わせない無言の圧力を発するよね。当然私が勝てるわけもなく、
「うん、わかった。気を遣わせてごめんなさい」
一緒に歩いてるのに、上の空なんてあり得ないよね…その上気を遣わせてしまった。
ああ、時を巻き戻せるなら改札を出たところからやり直したい!
「謝らないで!俺が、舞さんには元気でいて欲しいんだ」
真っ直ぐに向けられたその言葉は、なんだかとても暖かい。
「ありがとう」
「うん。じゃあ、俺は帰るね。またね!」
そう言ってくるりと後ろを向くと、悠真くんは彼の家のある方向へと歩き出した。
だんだんと闇に溶けて、小さくなっていく彼の背中が完全に見えなくなるまで見届けた後、自分の部屋へと帰っていった。
適当に冷蔵庫にあるもので夕食をもぐもぐと噛み砕きながら、今日の悠真くんについて考える。
アレは一体なんだったのだろうか?
知らない人から声をかけられ、肩に手を置かれたら誰だって警戒するだろう。
しかし、先程悠真くんから感じたものはそんな不確定で生温いものではなく、もっと鋭く研ぎ澄まされたものだった。研ぎ澄まされた敵意、殺気、そんな言葉で表される類のものだ。
篤と明の行き過ぎた信者(?)に、似たようなものをぶつけられた事があるけれど、それよりもはるかに純度が高かった、と思う。
でもたった一瞬の事だったし、次の瞬間にはいつもの悠真くんに戻ってたんだよね。その後も、いつも通りだったし…
うーん。勘違いってわけじゃ無いんだろうけど、そう錯覚してしまうほどその後は自然だったんだよね。
「あー!もうやめやめ!」
これ以上考えても埒があかないしね!はい、考えるの終わり〜
心の何処かに引っ掛かりを覚えたものの、身の回りのあれこれを済ませた後布団の中に潜り込んで、さっさと眠りに落ちたのであった。
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すっかり暗くなった小道に、ザッザッと足音が響く
「あ〜やっちゃったな。舞さん、怖がってたよね。今度からもっと気をつけないと。
夕食、楽しみにしてたんだけどな…」
小さく吐き出されたその言葉は夜の闇に溶け、はぁ、と大きなため息が空に消えていった。
アルファポリスにもこちらの作品を少しずつ転載しています。宜しければそちらも是非!