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姫君は幾度も死ぬ  作者: 雨咲まどか
1.緑色と蜂蜜色
5/18

姫君と大きなたまご


 今まで感じたことの無い身体の痛みにデイジーは目を覚ました。瞼を持ち上げると辺りは明るくなっていて、ぼんやりした脳が少しずつ覚醒する。ああそうだ、家出をしたのだ。

 はっとして勢いよく身体を起こすと、サンザシと目が合った。彼はまるでお城で朝の挨拶をしにデイジーの部屋へやってきた時と同じ様に、微笑んで頭を垂れた。


「おはようございます。姫様」


「おは、よう」


 呆気にとられながらデイジーは髪を手ぐしで整えた。身体の至る所が軋むように痛い。固い地面で寝るとこのような苦しみを味わうのだと、初めて知った。


「よく眠ってましたよ。それはもう驚くほど」


「自分でもびっくりだよ」


 まさか本当に熟睡してしまうとは思わなかった。

 デイジーは伸びをして、欠伸をかみ殺した。


「近くに川がありますから、顔を洗いに行かれますか。喉も渇いているでしょう」


 顔色がよくないのは普段からだが、サンザシは僅かに声を枯らしていた。

 デイジーは頷いて腰を上げる。荷物は毛布以外、ほんの最低限しか持ってきていない。水も重たく邪魔になると思い置いてきた。

 慣れた様子で森の中を進んでゆくサンザシの後を追った。


 小川に着くと並んで顔を洗う。冷たさにデイジーは思わず身体が強ばった。侍女が桶に用意してくれていた水は冬場でもこんなに冷たくなかった。ここは城では無いのだと実感する。

 両手に水を掬って口元へ近づけると、サンザシに止められた。彼はデイジーの手のひらの中にある水に右手を翳したのち、どうぞと飲むように勧める。


「なに?」


「姫様がお腹を下されたら困りますので、水から不純物を取り除いておきました」


「……どうも」


 こくりと喉を鳴らすデイジーをサンザシが満足げに見つめる。どうにも過保護が過ぎるように思えるのだが、これまでに掛けてきた迷惑を考えるとデイジーは彼に何も言えなかった。


「荷物にパンが二つ入ってました。潰れていますが」


「味は一緒。食べよう。一個はサンザシのね」


「恐縮です」


 川の畔に座って潰れたパンを囓る。乾いて固くなっているパンを咀嚼して飲み下し、デイジーは蜂蜜色の双眸を覗き込んだ。


「ねえサンザシ」


「なんです、姫様」


「ちがうよ」


 デイジーが首を横に振るとサンザシは眉を顰めた。


「なにがです」


「デイズ」


 立てた指先で自分の顔を示して、デイジーは悪戯っぽく笑う。サンザシは怪訝そうに首を捻った。


「姫様じゃなくてデイズ。あと、一人称は私じゃなくて僕。ついでに敬語も禁止」


「はあ」


「姫様、なんて呼んだらおかしいと思われるでしょ。まだあんまり顔を知られてないとは言っても、ばれちゃうかもしれないし。――だからたった今から私たちは、ただのデイズとサンザシ」


「そう言われましても」


 珍しく困惑した表情を見せるサンザシに、デイジーは頬が緩む。


「じゃあ姉弟ってことにする? 姉上、って呼んでいいよ。姉弟なら言葉遣いも不自然じゃないだろうし」


「姫様が姉なのですか」


「そりゃあ、私の方が年上だもん」


 むんとデイジーは胸を張った。年下の従者は顎に手を当てて考え込んでしまう。そんなに真剣に悩むようなことだろうか。

 デイジーがパンを食べ終わった頃、やっとサンザシは面を上げた。切れ長の目がデイジーをじっと見据える。


「――デイズ?」


 彼の声が脳内で反芻される。デイジーは顔が熱くなっていくのを感じて両手で覆った。


「どうして言い出した側が照れるんだよ」


「うるさい!」


 形勢が逆転し、暢気にパンを食べ始めたサンザシを睨み付ける。荷物を奪って立ち上がり、腰に手を当てた。


「早く行くよサンザシ!」


「わかったよ、デイズ」


「……やっぱり言葉遣いはいつも通りでいい……」


「わかりました」


 急いでパンを飲み込んだサンザシが、口元を手で隠して肩を震わせる。デイジーは口を膨らまして歩き出した。すぐにサンザシが追いかけてきて、荷物を代わりに持ってくれる。


「迷子になりますよ」


 サンザシの声は普段よりも弾んでいて、デイジーは恥ずかしさがこみ上げてきた。


 からかうつもりがからかわれるとは、一生の不覚。


 結局サンザシが道案内をしてくれ、二人は森を抜けた。整備された道に出ると、「白龍草の村ティリトルフ」と書かれた立て札が転がっていた。


「もうすぐ、ってことかなあ」


 ボロボロになってしまっている立て札の前で立ち止まって、デイジーが呟いた。

 ティリトルフはデイジーたちが向かっている農村の名前だった。もう少し歩いた先だとサンザシが言っていたのだが、立て札が落ちているということは近いのかもしれない。


 風が吹き出して、サンザシがデイジーを抱き寄せた。それと同時に風は一瞬にして強まり、立て札が飛んでゆく。遠くに消えるそれを見送れたのを最後に、デイジーは目も開けていられなくなる。吹き荒れる嵐に木々が悲鳴を上げていた。あまりの強風に身体が切り裂かれる恐怖に襲われる。


 嵐が過ぎ去り、デイジーは恐る恐る目を開けた。顔に掛かる髪を払って顔を上げると、鼻先に大きな白い塊があった。


「――たまご?」


 デイジーの頭ほどの大きさがあるそれは、宙に浮いていた。すぐ横からサンザシの腕が伸びている。

 サンザシは卵を手元に引き寄せた。


「飛んできたみたいです。姫様……デイズの頭にぶつかりそうだったので魔術で止めました」


「なんの卵だろう」


 デイジーはサンザシが抱えている巨大な卵をしげしげと観察した。純白の殻は艶やかで、薄らとヒビが入っている。


「見たことがありませんね。どうしますか?」


 置いていきますか、というサンザシの問いかけにデイジーは瞬きした。卵に手を伸ばして指先で撫でる。殻の向こうで何かが動く気配がした。


「連れて行って良い? 私が抱っこするから」


 サンザシから受け取って、デイジーは卵を胸の前に抱きかかえた。ほんのりと温かく、小さな鼓動が自分の心臓の音と重なる。


「駄目? お願い、私が面倒見るから」


 複雑そうにデイジーの様子を見ていたサンザシだったが、デイジーの幼い子どものような頼み方にため息を吐いた。


「わかりましたよ」


「ありがとう! ちゃんと巣に帰してあげられたらいいなあ」


 あの嵐に運ばれてきたのなら、巣はそう遠くないだろう。

 かくして、旅の目的とメンバーを増やした二人は再びティリトルフに向けて歩き出した。ダムバリーはまだ遠い。


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