一緒に
サンザシは高い天井を見つめてため息を吐いた。
アランの部屋でサンザシに与えられたのは長いソファだった。無論、同じベッドで眠るのなど勘弁して欲しいから文句はないが。
ベッドからは寝息が聞こえてくる。アランはサンザシの隠し事に気が付いているようだった。明日になれば追求を受けるかもしれない。困ったことになってしまった。
ソファへ寝転んでから、もうずいぶんと時が経っていた。身体は疲れているのに胸騒ぎがして眠れない。
デイジーの従者になってからというもの、サンザシは熟睡するということが滅多になかった。危なっかしい彼女は、少し目を離すだけでも心配で仕方が無い。
「――サンザシ! アラン様!」
不意に部屋の扉が開け放たれた。反射的に起き上がるとカトレアが息を切らせている。その頭上ではハリィがせわしなく飛び回っていた。
アランも目を覚まし、勢いよく身体を起こす。
「カトレア、何かあったのか?」
「デイジーがいなくなったの! 白龍が行き先を知っているみたいだから、一緒に来て!」
サンザシはすぐに駆けだした。先導するハリィを追いかけて廊下を走る。階段を駆け上がり突き当たりの部屋まで走り続けた。
扉が開いている。サンザシは息を整えながら部屋へ入った。少し遅れてアランがカトレアの手を引いてやってくる。
「……魔術具の保管庫だ。本来王族以外入れないはずなんだが」
ずらりと並ぶ棚の間に、デイジーが倒れていた。
「姫様!」
サンザシはデイジーを抱き起こした。表情は険しいが息はある。デイジーの側には見覚えのあるネックレスが転がっていた。
「それ、私がアラン様に引き取って貰ったネックレスだわ」
カトレアがネックレスを見やって口を開く。アランはそれに首肯した。
「ああ。強い魔力が込められていたから、保管庫にしまったんだ。どんな影響があるかわからなかったから」
サンザシはネックレスを拾い上げて俯いた。デイジーに外傷は見当たらない。恐れていたことが、とうとう起きてしまった。
「呪いが内側からも浸食しはじめたんだ」
これまで、デイジーの身に降りかかる「死の呪い」は外側からの危機だけだった。だからサンザシにも対処が出来ていたのだ。ずっと彼女が病などに襲われる事を恐れていた。
「……ここはいわくつきの物ばかりを保管している場所だ。その魔力に影響されて呪いが強まったのかもしれない」
アランが言うと、サンザシはネックレスのルビーを握りしめた。
目を閉じて意識を集中させる。すると腕の中のデイジーが僅かに身じろぎした。
「サンザシ……」
「姫様!」
デイジーは薄らと目を開けていた。彼女の指先がサンザシの頬へ伸びる。
「サンザシ、もういいの。このままでいい。時間を戻したって、いつかこうなるって私にもわかるの。もういいんだよ」
サンザシは彼女の言葉が飲み込めずに目を瞠る。力なく笑って、デイジーは続けた。
「ねえ、一緒に死のうか」
デイジーの容態は回復の兆しを見せなかった。医者にはまるで病名がわからないと首を横に振られ、ハリィが繰り返し息を吹きかけたがほとんど変化が見られずに朝を迎えた。
本人たっての希望とカトレアの意見によってクローチアへ帰ることとなり、アランが馬車で送ってくれることになった。空からなら、一日でクローチアへ着けるのだという。自分勝手に家出をしておいて、申し訳ないなあとデイジーは自嘲した。
御者台へアランとサンザシが座り、荷台にデイジーを寝かせてその横にカトレアが腰を下ろす。するとデイジーは、姉のドレスの裾を引いた。
「カトレア姉様、ごめんなさい。サンザシと二人きりになりたいの」
「……わかったわ」
長い沈黙の末にカトレアは頷いた。ハリィと共に荷台から下り、代わりにサンザシが入ってくる。カトレアを御者台に追いやるのは心苦しかったが、どうしてもサンザシと話したいことがあった。きっともう、デイジーにはほとんど時間が残されていなかった。
馬車が動き出す。デイジーを思いやってか、静かに進んでいった。
先に開口したのはサンザシだった。
「どうして気が付いたのですか。……時の魔術師は私だって」
デイジーはサンザシの膝に頭を乗せて、瞼を下ろした。
「気を失っていたとき、長い夢を見たの。夢の中でサンザシは瞬間移動の魔術が使えた。そうしたらすぐに今までの不思議だったことが頭に浮かんで、閃いたの。――時間を止めて瞬間移動しているように見せていたいたんでしょう」
一つ理解すると、次々と様々な事が腑に落ちていった。どうしてデイジーはこんなにも呪いを切り抜けて来られたのか。どうして時期を同じくして、世界中で異常な現象が起き始めたのか。
口を閉ざしてしまったサンザシに、デイジーは微笑んだ。
「いつも助けてくれてありがとう。でも、もういいの。サンザシが時間を戻す度に、きっと世界のどこかがその歪みの影響を受けてる。私の呪いはサンザシのせいでも、お姉さんのせいでもないんだよ。クローチアが受けるべきだった罰が、たまたま私に降りかかっただけ。当然の報いだよ」
むしろ他の誰かの方にいかなくて良かった。呟いたデイジーの頬に、暖かいものが降ってきた。
目を開けて寝返りをうつと、サンザシの目から涙がこぼれていた。大好きな蜂蜜色が滲んでよく見えない。
「サンザシの話、聞かせて」
デイジーは指で彼の頬を拭った。真実に辿り着いたとき、デイジーが何よりも感じたのはサンザシの想いの強さだった。サンザシだって、とっくに気が付いていた筈だ。デイジーを救おうとすればするほど、世界がおかしくなってゆく事に。それでも彼はデイジーを守り続けた。時間を止める魔術が使えるのなら、いつだって城から逃げ出せたのに。
サンザシには、もう時間を戻したりして欲しくない。でもデイジーがいる限り彼はそれを止めようとしない。ならば一緒に、死んでしまうのも悪くない。
泣き止んだサンザシは、ぽつぽつと語り始めた。長くて短い、一人の魔術師の話。




