弟子はすでに師匠を越えている
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「ということがあったんだけど、優香はどう思う?」
帰宅後、ありさは優香に電話をしていた。基本カラーは白で統一されて、ぬいぐるみがベッドの上に置かれている可愛らしい部屋だ。
ぬいぐるみを抱きしめ、不機嫌そうに優香に今日の謎を報告していた。
「んーー。その栗色の女の子は、うちの制服なんだよね?学年は分かる?」
「多分1年だと思う。腕のラインが赤だったし。」
佑都やありさが通う城南高校は、学年毎に腕のライン色が違う。今年度は赤が1年生、緑が2年生、青が3年生になっている。
3年生が卒業したら、腕のライン色は新入生に引き継がれるシステムだ。
「その子さ、多分だけど隣のクラスの秋野絢香さんじゃないかな。」
「秋野絢香さん?優香知り合いなの?」
「同じ中学だったんだよね。同じクラスになったことはないけど、めちゃめちゃ可愛くて知らない人はいなかったんじゃないかな。ついでに言うと、私は宮沢くんと同じクラスだったのよ。」
なんと、ありさは優香が宮沢くんと栗色の女と実は同じ中学だったことに驚きを隠せない。やはり知り合って間もないので、優香のことも細かい情報までは話せていないのだ。
「…二人は付き合ってるの?」
もし付き合っていたら、この謎解きは終わりをむかえる。
単純に特別な女子だから、気遣いもして、笑顔を見せていただけになる。
声のトーンが自然と低くなる。
「それはないよ。間違いないね。」
そんなありさの様子を気にする素振りはなく、優香はあっさりと否定する。
「あんなに仲良さそうだったのに。」
「うん。間違いないよ。昔ね、同じように噂になったことがあったのよ。あの二人。」
過去のことを思い出しつつ、絢香のことについて話をしていく。
「その時に、絢香さん本人から宮沢くんとの関係を否定することを言ったらしいのよ。確か、『他に好きな人がいるから付き合ってない』だったと思うな。」
ありさは今日の出来事が頭の中でフラッシュバックしていた。
肩を抱き寄せられた時の、あの表情と佑都に向けた温度を宿した目を思い出す。
(本当にそうなの?あれは恋する乙女にしか見えなかったけど。)
ありさは本当の恋をしたことがなかった。中学時代は、それなりに気になる男子はいたが、他の人と付き合ったと聞いても感情が動かなかった。
ありさは、身を焦がすほどの情熱的な恋を"まだ"したことがなかった。
優香の見解を聞いて、とりあえずは納得してみた。
「宮沢くんといえば、よく体育祭実行委員引き受けたね。中学で1度も出なかったのに」
「え!?そうなの?」
「そうよ。なぜかは分からないけど、必ず当日休むのよ。だから、運動音痴だと噂も流れたわ。本人は気にしていなかったけどね。」
ほどなく、電話を終えたが、ありさは悶々としていた。
体育祭を不参加で通したことも気になるが、今はあの定食屋だ。
(…明日、あの定食屋に行ってみよう。なにか分かるかもしれないわ。)
ありさはなんでここまで気になるのか、自分自身に問いかけをしていない。
本人的には、謎解きをしている感覚だが、客観的には"宮沢佑都"と"栗色の女"に執着する女にか見えなかった。
同じ頃、佑都は張り切って働いていた。
絢香が言ったように"今日の定食"は、サバの味噌煮だった。デカイ鍋にサバの切り身を大量に入れ、一気に下準備をしていたので、注文から提供まで早く済んでいる。
「いらっしゃいませぇ~!」
看板娘の絢香が元気よくお客様を迎える。絢香は実家のお手伝いをよくやっていた。
常連客のサラリーマンからは、
「嫁にきてくれ!」
「俺の子を産んでくれ!」
「君の瞳に乾杯!」
など、古き時代を感じさせる口説き文句が飛び交うが、いかつい雄三氏の「離婚してから来い!」の一言で毎回終息をむかえる。
それはお約束の展開となっているのだ。
なので、絢香は気にしないで看板娘をやり続けている。
絢香の甘ったるい言葉使いは、対お客様用の接客で癖になったものだ。元々のスタイルと性格、そして接客術を身につけ、実家の売上に貢献している。
両親からは、『そんなことしなくていい』と言われているが、娘も両親の役に立ちたいのだ。美味しい料理だけで店を続けていけるほど、世の中は甘くないことを絢香は理解している。
幸いなことに、容姿も悪くなく、人見知りはしない性格である。おじちゃん受けの良い話し方を研究した結果、今の言葉使いに落ち着いた。
(この味噌煮が今日まかないですぅ~楽しみぃ!)
今日の味噌煮は、佑都が調理したものだ。佑都は中学校1年生から厨房に立っている。
最初こそ皿洗いなどお手伝いだったが、本人のやる気と成果により厨房での調理を任されていた。
佑都の料理は、すでに絢香の腕を越えていた。絢香が佑都の研究に付き合う理由は、『花嫁修業』だ。
嫁より夫のほうが料理が美味いなんて、ダメだと絢香は思っていた。
そう、絢香は佑都より料理の腕を磨いて、『佑都のお嫁さん』になりたいのだ。