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第74話 200階の魔女

 魔導師の塔の一角にもかかわらず太陽石の光が届かない薄暗い場所。


 ただろうそくの日による微かな明かりが揺れるのみで足元すら覚束ない。


 ここは塔内で罪を犯した魔導師達が収監される牢獄。


 堅固な岩石で囲まれ鉄柵で仕切られたそれぞれの部屋には手足に枷をはめられた囚人達が座り込んで俯いている。


 いくつもの牢屋が並べられ捕まった囚人達にできるのはただただ時が経つのを待つことだけだ。


 そこにある牢屋の一つでロレアは手首を鎖でつながれたまま、すべてに絶望したようにうなだれていた。


 彼女の鎖には魔法文字が施され、つながれた者から常時魔力を吸い取って何一つ魔法が使えないようにしている。


 室内からは時折つぶやき声やうめき声が聞こえてくるのみで、それ以外五感を刺激するものは一切なかった。


 ふと牢屋の入り口の扉が開く音がしたかと思うと、低く冷たい足音が響き渡ってきた。


 ロレアは不審に思った。


 看守が見回りに来る時間にはまだ早い。


 普段来ない人物が来たに違いなかった。


 足音の主はロレアの牢屋の方に向かって歩いてきて、彼女の前で止まった。


「だぁれ? こんなところに。一体私に何の用があるっていうの?」


「まったく困った妹ね。せっかくケルベロスまで与えてやったというのに。アルフルドの利権も満足に守れないのかしら」


 しょげていたロレアは久しぶりに聞いたその声に全身が粟立つのを感じた。


 急いで顔を上げる。


 そこには200階以上の魔導師のみ身につけることができる薄紫色のローブを着た女魔導師が立っていた。


 手の甲にはギルド『マルシェ・アンシエ』の紋章が刻まれている。


 彼女の顔立ちはロレアに瓜二つだったが、その表情に神経質な様子はなくむしろ余裕が漂っていた。


「ル、ルシエラお姉さま」


「久しぶりねロレア」


「ヒッ」


 ロレアはルシエラの柔らかい笑顔を見て震え上がった。


 姉にいじめられていた日々を思い出したからだ。


 何度この笑顔に騙されたことか。


 彼女がこの笑顔を向ける時は決まって人を陥れる時だった。


 ロレアは幼い頃から自分より強く賢い、しかも残忍な姉によって常に虐げられていた。


「さあ、話してちょうだいロレア。誰があなたをこんな目に合わせたの? お姉ちゃんが敵討ちしてあげるわ」


 ロレアは恐る恐ることの顛末を話し始める。


 ルシエラの前では嘘なんて恐ろしくてつけなかった。


 ロレアは彼女の前で絶対服従だった。


 彼女に逆らうなんて考えられなかった。



「なるほど。そのテオとリンっていうやつがあなたをこんな目に合わせたのね。大体の事情はわかったわ」


「あ、あの、お姉様」


「ん? なあに?」


「テオの方は別にどうなってもいいんですけれどね。リンの方は手加減してあげてくれませんか」


 ロレアは懇願するように言った。


 かつてはリンに対して激昂して殺意まで抱いた彼女だったが、牢獄に入り一人になって落ち着いていく内に気持ちが変わっていった。


 リンが自分を裏切ったのには何か理由があるんじゃないか。


 テオのせいで仕方なくあんな言動を取っただけなんじゃないか。


 もしかしたらリンはいつか自分の元に戻って来てくれるのではないか。


 そんな都合のいい考えまで浮かぶようになっていた。


「テオは本当に極悪非道の冷血なクソガキなんですけれどね。リンっていう子はそうでもないんです。リンは多分テオにいいように使われているだけで。だから仕返しするにしてもリンの方には手心を加えて欲しいというかなんというか……」


「なるほど。わかったわ。そのリンっていう子をぶっ殺せばいいのね」


(し、しまった)


 ロレアはルシエラに久しく会っていなかったため、彼女が天邪鬼な性格なのを忘れていた。


 ルシエラは自分の聞きたいことを聞くとさっさと立ち去っていく。


「お姉様! 待ってください。お姉様ぁ」


 ロレアは必死に声を張り上げて呼びかけるが、ルシエラがその声に振り返ることはなかった。


(リンにテオか……。妹はどうでもいいけれど、私の利権に手を出した落とし前はつけてもらうわよ)



 新学期。


 学院では始業式と入学式が行われていた。


 すでに在校している生徒は始業式に、新しく入学してきた者は入学式に参加していた。


 この日は貴族、平民の区別なく学院に所属している者は皆一様に学院を訪れなければならない。


 始業式が終わると大勢の魔導師が雪崩を打ったように学院から出て行く。


 ある者は帰宅し、ある者はどこかの店に寄り、ある者は学院に残って手続きを済ませる。


 学院に残っている者の中にはリンとテオの姿もあった。


 二人はいつも通り肩を並べて歩いていた。


「ふあーあ。それにしても退屈だったな始業式」


 テオがあくびをしながら伸びをする。


「まあまあそう言わずに」


 リンが宥めるように言った。


「入学式まだ終わらないみたいだねどうする?」


「待合室でも行ってくつろぐか」


 テオとリンは待合室に向かって歩いて行った。


「あら、テオとリンだわ」


「本当だ。どうしたのかしら。誰か待ってるのかな」


 廊下の向こう側から来る女子生徒が二人に好奇の視線を向けて来る。


 リンとテオはすれ違いに愛想よく笑いかけて通り過ぎる。


「おい見ろ。テオとリンだぜ」


「チッ。裏切り者め」


 今度は廊下の向こうから男子生徒が二人に向かって非難の視線を向けて来る。


 リンはサッと顔を赤くしてうつむき、テオは素知らぬ顔で歩く。


 晴れて学院の中等クラスに進学したリンとテオだが、周囲からの視線は一変していた。


 二人が起業と利権争いを経て莫大な利益を得たことは周知の事実となっていた。


 ロレアが失脚した後、彼女の握っていたエレベーターに関する利権は魔導師協会によって整理され、商人達の間で管理権の買取と配分に関する話し合いの場が持たれた。


 無論、リンとテオもその会合に参加した。


『リンとテオの会社』はレンリル・アルフルド間を行き来する貨物用エレベーターの十分の一を担うことで合意した。


 それ以降二人の会社は以前の勢いそのままにさらに事業は拡大し、今では社員まで雇うちょっとしたアルフルドを代表する商会にまで成長した。


 テオの手腕は瞬く間に噂となり広がって様々な反響を呼んだ。


 初めは誰もが喜ばしいニュースと捉え、テオと親しい者は一様に彼を祝福した。


 ところが彼の得た利益が膨大なものとわかるとある者は愕然とし、ある者は嫉妬し、ある者は下心を持って彼に近づいた。


 そしてテオが事業拡大に伴い新しい社員を雇い入れる段になって彼への非難は最高潮に達した。


 テオは自分と親しい人すべてに分け前を与えるようなことはせず、彼自身の人物眼を元に社員に勧誘する者しない者をはっきりと区別した。


 テオとそれなりに親しかったにもかかわらず社員枠からあぶれた平民階級の者は友人から一転批判者となり、一方で野心ある下級貴族の中にはテオに接近する者もいた。


「君の躍進はかねがね聞いているよ。もし同じような話があれば次はぜひ声をかけてくれたまえ。きっと何かの役に立てると思う」


 テオは恨み言を言ってくる友人との関係をあっさりと切って、新たに自分に近寄ってくる者、主に出資してくれる見込みのある貴族とさっさと結びついた。


 これまで貴族の悪口を言うことで平民階級から人気だっただけに、テオのこの変節ぶりは非難の的となった。


 中には『裏切り者』呼ばわりする者まで現れる始末だったが、テオは素知らぬ顔で平然としていた。


「いやぁー変だと思っていたんだよね。貴族と平民で別々にグループ作るなんてさ。学院は平等の理念を掲げているのに。はっはっはっ」


 テオはそう言って一笑に付すだけだった。


 リンはテオのメンタルの強さにただただ呆れ、感心するばかりだった。


 一方でリンの方はというともっと酷い中傷が行われた。


 リンに否定的なクラスメイト達が新しく彼につけたあだ名は『おべっか野郎』であった。


 実際、彼らからすればリンは実力者に取り入って運よく勝ち馬に乗ったようにしか思えない。


 彼の庇護者に対する恐れから直接危害を加えられることはなかったが、それでも影では無茶苦茶に言われ、リン本人にもそれとなく聞こえるように直接間接あらゆる方向から伝えられた。


 リンは今まで以上に学院で人目を避けて行動するようになり、自分と仲良くしてくれる人間、主にテオと彼の支持者の影に隠れて行動するようになった。


 いずれにせよ一学院生に過ぎなかった二人は各方面から注目される将来有望な魔導師とみなされるようになった。



 次回、第75話「移ろいゆくもの」

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