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第7話 魔導師協会

 リンとテオは魔導師協会の受付が開くまでの間、街の主要施設を見て回った。


 図書館、病院、銀行、鍛冶屋、雑貨屋、食料品店、各種商店、神殿、競技場などなど。


 いずれもリンからすれば立派な建物に見えた。特に広大な敷地を利用して建設された競技場は息をのむ壮麗さだった。ドーム状の観客席から魔導師達が技を競い合うのを観戦するのは想像しただけでもワクワクする光景だった。


 これが塔の中で最もレベルの低い街だとはとても思えなかった。


 やがて9時になりリンは魔導師協会に登録しに行った。


 リンの登録を担当したのはいかにも役所勤めという感じの浮かないおじさんだった。ユインや試験官達同様黒いローブを着ている。


「え〜と、リン君だね。ユイン氏とクノールさんから聞いているよ。まだ学院入学前の見習い魔導師……と。ん?名字は無いのかね」


「ええ。まあ」


 リンは顔を赤らめて俯いた。


 いい加減リンも自分の出自が恥ずかしいものであることを自覚しつつあった。


 故郷ではみんなリンの事情を知っていたのでそこまで意識することはなかったから、名字が無いのがこんなに不便だとは思わなかった。


 登録担当者はジロリと胡散臭そうにリンを睨んだ後、再び書類に目を戻した。


「まあいい。ではこれからこの塔で暮らすにあたっての心構えについて説明するからしっかり聞くように」


 登録担当者はリンに説明し始めた。


 50階層以上の学院エリアには学院の合格者以外立ち入ってはならないこと、学院の試験は12月にあること、塔に住む以上必ず学院生を目指さなければいけないこと、推薦してもらった師匠には月に一度会って修行の経過報告をすること。


 特に師匠への経過報告については念入りに言われた。


「昼食の後にユイン氏には協会に来てもらうよう手はずを整えているから。その時今後のこと、つまり修行の方針や学習計画についてしっかり話し合うように。まずはじめにお礼を言うんだぞ。ここまで連れてきてもらった恩もあるんだ。しっかり感謝の念を示さなくてはいけない。師匠の言いつけをよく聞いて、恩返しするのが弟子としての務めというものだ」


「分かりました」


「うむ。よろしい。貸出金が出ることについては聞いているね?」


「はい」


「見習い魔導師には5万レギカ貸出される。まあ贅沢しなければ1ヶ月は生活に困らないだろう。年内に返済すれば無利子だ。君の住んでいる寮の家賃は月5000レギカ。ところで君、もう仕事は決まってるかね?魔法はどのくらい使える?」


「いえ、まだ何も」


「だろうな。では工場で働きなさい」


「工場ですか?」


「うむ。工場ならどんなに未熟な魔導師でも仕事がある。たぶん君のルームメイトも工場で働いているはずだよ」


「分かりました」


 テオも働いていると聞いてリンは心を決めた。他の仕事よりも働きやすいだろうと思ったからだ。リンはすでにテオのことを頼りになる人間とみなしていた。


「では話を通しておくよ。早速明日から勤めてもらう。明日までに杖を買っておくように。日当は1000レギカだ。ま、もっといい仕事につきたければたくさん勉強して魔法を覚えることだね」


 担当者は引き出しをゴソゴソ探って大きな印鑑を取り出した。


「右手の甲を出しなさい」


 リンは躊躇いがちに右手を机の上に差し出す。


 担当者はリンの手の甲に印鑑を押し付ける。


「……っ」


 リンの手に一瞬火傷したような痛みが走る。


 担当者が印鑑を離すとリンの手の甲には魔法文字の焼け跡ができていた。


「それがこの塔内での身分証明書代わりだ。レンリルのたいていの公共施設はそれを見せることで利用できる」


 担当者はリンに身分証を浮かび上がらせたり、消失させたりする呪文をリンに教えた。


「では手続きはこれで終わりだ。何か質問はあるかね」


「いえ、特にありません。ありがとうございました」


「よろしい。では最後に一つ言っておくがね」


 担当者は急に神妙な顔つきになる。


「この塔には毎年君のような者がやってくる。魔導師になる才能があると言われ、この塔に来さえすれば魔導師になれると甘い期待を抱いてやってくる者達がね。しかし現実はそんなに甘くない。塔に来たはいいものの学院の試験にも受からずしがない低級労働者として一生を終える者も数多くいる。これだけは言っておくがね。魔導師は君のようなどこの馬の骨とも分からない者がなれるほど甘いものでは無いぞ。君では学院の入学試験ですらままならないだろうね」




「聞いてねーよな。筆記試験があるなんて。おまけに学費も必要で現地で稼げなんてさ。詐欺みたいなもんだぜ」


 テオは憤懣やるかたないといった感じで食卓をドンと叩いた。


 登録を済ませた後、リンとテオは協会から少し歩いたところにある食堂”キッチン・グモリエ”で早めの昼食をとっていた。テオによるとこの街で一番安い食堂だそうだ。


 テオはここぞとばかりにリンに対して塔と魔導師に対する不満をブチまけた。


「しかも俺らを連れてくることで師匠達は協会から金受け取ってんだぜ。人身売買もいいところだよな」


 リンはどう反応すればいいのか困った。


 元々奴隷だったリンからすれば以前と大して扱いは変わらない。


 だがテオの話を聞いてユインや試験官達の不可解な態度に合点がいった。


 彼らのリンに対する態度、丁重なようでいてどこか冷たいあの態度は商品に対するそれと同じだったのだ。


「しかも貴族の奴ら、あいつらは事前に魔導師の家庭教師を雇って試験対策してるんだぜ。俺の師匠なんて塔に来てからも放置だっていうのによ」


「テオは筆記試験を受けたんだね」


「ああ、落ちたけどな。なんの対策もなしに通るわけねーよあんなもん。だからさ、俺は師匠に文句言いに行ったわけ。試験あるなら先に言えよって。そんでもって魔法文字教えろよってさ。そしたらあいつなんて言ったと思う? 『なんで俺がお前の勉強のために時間を取らなきゃならねーんだ』だってよ。お前俺の師匠だろっての。どう思うよこれ」


 テオは器用にご飯を食べながらまくし立てるように喋った。


「酷い話だね」


「だろ? おかげで独学で勉強だよ。ただでさえ厄介な試験だっていうのによ」


「そんなに難しいの?」


「とにかく暗記の量が多いな。魔法語は文字だけで何百種類もあるんだよ。文法も複雑だしさ。オマケに俺らは仕事もこなさなきゃいけないしよ」


「何で師匠は勉強教えてくれないんだろうね」


「忙しいんだってよ。なにやってるか知らねーけどさ。リン、お前も覚悟しとけよ。多分ほったらかしにされるぜ。あいつらからまともな教育受けんのは期待できねー。自分で勉強するほかないよ」


「勉強の他にも、仕事もしなきゃいけないんだよね」


「そうそう。大変なんだよ。仕事もまともなのねーしさ。来る日も来る日も単純作業。まるで奴隷の仕事だぜ。なあそう思わねぇ?」


「えっと、その、言い忘れてたけど実は僕奴隷階級なんだ」


 リンは顔を赤くしながら言った。


「え?そうなのか」


 テオは少し難しい顔をした後


「まあ、魔導師になりさえすれば階級なんて関係ないさ。気にしなくていいんじゃね」


「うん。ありがとう」


 リンはテオの反応を見てホッとした。少なくとも彼は階級を理由に態度を変えるようなことはないようだ。


「とにかく俺達はまず学院に入学することからだな。そうしないと何も始まりやしない」


「仕事といえば…そういえば杖を買ってくるように言われたよ」


「あっそうか。後で商会に寄ろうぜ」


「君、ちょっといいかな。通して欲しいんだけれど」


 リンは背後から声をかけられる。そこには真紅のローブを着た三人組がいた。リンの座る椅子のせいで通れないようだ。


「あっ、はい、どうぞ」


 リンは椅子を引いて通りやすいようにした。


「ありがとう」


 赤いローブの一団はリンから少し離れた、しかし話し声が聞こえる程度には近い席に座る。


 リンは彼らを盗み見た。彼らは皆一様に赤いローブに金色の留め金を付けている。


「やれやれここの食堂はいつもゴミゴミしてるな。安いのはいいんだけれど」


「我々は庶民だからね。貴族と違って。慎ましやかな生活をしなければ」


 赤いローブの男達は文句を言いながら食事に手をつける。


「あいつらは学院の連中だよ。学院に通ってる奴はみんなあの赤いローブ着てるんだ。制服みたいなもんだよ」テオがリンに耳打ちした。


「みんな立場や役職によってローブの色が違うんだね」


「ああ、黒いローブの奴らは協会のメンバーかあるいは協会に雇われてる奴らだな。この塔の管理運用に関わってる連中だよ。レンリルで見るのはだいたい赤か黒のローブの奴だけだな」


 リンは引き続き彼らの話し声に耳を傾けた。


「魔法都市だってのに食堂はどうしてこう原始的なんだか」


「そう言うなアグル。格言にもあるだろ。『魔導師たるものみだりに魔法を使うな』だ。給仕くらいは自分でしないとね」


「へいへい」


「無駄口叩いてないで打ち合わせ始めるわよ。昼の間に終わらせなきゃいけないんだから」


 赤ローブの一団は授業の内容だろうか、なにやら難しい話を始める。


 テーブルに図面を広げながらああでもないこうでもないと話し始めた。


「ここに魔法石を埋め込んではどうだろうか。質量の問題はクリアできるはず」


「いやしかしそれでは加速度が……」


 リンは彼らが何か高度なことをしているように見えて素直に感心した。


「すごいね。学院の人達って」


「フン。大したことないさあんな奴ら」


 テオは歯牙にもかけない様子だった。


 しかし純朴なリンは自分より背の高いお兄さんやお姉さんが学院の制服を着て何か難しそうなことを話しているだけでカッコよく見えた。


 いずれ自分も彼らのようになれるのだろうかと思うと期待と不安で胸が一杯になる。


 リンはふと白いローブを着ていた少女、アトレアのことを思い出した。


 紅いローブは学院生、黒いローブは協会関係者。では彼女の白いローブははたしてどういう意味を持つのだろう。彼女はてっきり学院生かと思っていたが違うのだろうか。白いローブは何を意味しているのだろう。




 次回、第8話「魔法の工場」

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