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第65話 リン、ロレアに接近する

「リン。今日は学院の後、お茶会よ。ちゃんと準備できてるんでしょうね」


「ちょっと待って。もう直ぐ作業終わるから」


 リンは学院の廊下をユヴェンと一緒に歩きながら、学院の書でメールを送っていた。


その様子を見てユヴェンは顔をしかめる。


「あんた一体なにやってんのそれ。授業中もその作業をコソコソやってるわよね」


「学院の書を使って作業員に指示を送っているんだ。会社運営の一環だよ」


「そういえばなんか言ってたわね。密輸してるとかなんとか。まだそんな怪しげな商売やってるの?」


「商品を安く買えるよ。ユヴェンもなんか買う?」


「いらないわよそんなの。あんた達の取り扱ってる商品なんて信用ならない。私はラッフルベリー商会で買い物するって決めてるのよ。あそこなら老舗だから安心して買い物できるわ」


(そこ僕らが商品卸してる店なんだけど……)


 リンは心の中で苦笑した。消費者なんて可愛いもんだなと思った。


「最近、キャンペーンとか新商品とかやたら多いのよ。チェックするのも大変だわ」


(ふむ。僕たちの提案しているキャンペーンや新商品の情報をまとめた雑誌のようなものを作れば便利かもしれない。何か新しい商売のきっかけを作れるかも)


 リンは後でテオに相談してみようと思った。


「あんた今日は何の授業受けるの?」


「今日は冶金魔法だね」


「冶金魔法か。リレットも居るわね」


 ユヴェンが苦々しげに言った。


「いい? あんまりリレットと仲良くしちゃダメよ。あの娘は人の持っているモノをやたらと欲しがるのよ。本当にタチが悪いんだから」


 なるほどリレットにはそいういうところがあるかもしれない。しかしリンにはそれは世の中の大概の人が持っている傾向のようにも思えた。




「ったく。面倒くさいわね。ただでさえ立て込んでいるっていうのに」


 ロレアがいつものようにイライラした様子で書類に必要事項を記入する。


「もう学院生なんて形式上の立場だろうに。ったく融通が利かない」


 ロレアは学院に顔を出していた。


彼女はすでに卒業を諦めていて授業にも出なくなっていたが、一応学院魔導師にあたるため、諸々の手続きをするのに学院まで出向かなければならなかった。


 この後も魔導師協会に行かなければならない。


「ったく。面倒くさい」


 ロレアがブツブツ言いながら学院の出口に来るとこれから授業を受けに登校して来た学院生の一団とすれ違う。


 自分と違って未来のある子供達。彼女は苦々しげに彼らを一瞥して行き先へと急ごうとした。


「あ、ロレアさん。こんにちは」


 ロレアは自分に声をかけた人物を見てギョッとした。リンだったからだ。


「あんたは……確かテオのとこの」


「リンと申します。いやぁ、先日はウチのテオが無礼な態度を取ってしまい申し訳ありませんでした。」


 リンはそう言いながらロレアの脇に寄り添い彼女に歩調を合わせて歩き出す。


 ロレアは気さくに話しかけてきたリンの態度を気味悪く感じた。


 先日、交渉は破談になったはず。一体何の用事で自分に話しかけてくるのか。


「これから協会に行くところですよね。良ければ一緒に歩きませんか」


「どうして私があんたなんかと一緒に歩かなければいけないのよ」


「僕はロレアさんのことを尊敬しているんです。以前から常々ロレアさんとお話ししたいと思っていまして。あなたに僕と歩く義理なんてないのは重々承知しているんですが、どうか付き合ってくださいませんか」


 リンはロレアと並走しながら彼女の横顔を盗み見た。


 彼女は尖った唇につり上がった目でしかめっ面をして、いつもピリピリした態度でいるため、人々に近寄りがたい印象を与えているが、よく見ればきつい感じながらもキリッとした顔つきの美人だった。


 特にリンを惹きつけたのは彼女のその燃えるように鮮やかな赤髪だった。


 リンはロレアとお近づきになりたかった。


(テオだとロレアさんと破談になってしまったけれど、僕なら穏便に事を運べるかもしれない)


 最近のリンは、自分が身だしなみさえ整えれば、婦人受けのいい外見をしているのに気付きつつあり、調子に乗っていた。


 ロレアはしばらくリンのことを不気味がって邪険にしていたが、リンの丁寧で謙虚な態度にだんだん警戒を緩めていった。


「テオは口は悪いけれど本当はいい奴なんですよ。ただちょっと短気で意固地なところもありますが……。本当は彼もロレアさんと和解したがっているんです。あの席でも当初はロレアさんの軍門に下るつもりだったんです。ただ引っ込みがつかなくなっちゃってあんな事を言っちゃっただけなんです」


 なおも頑なな態度をとり続けるロレアに対してリンはさらに話し続けた。


「テオもロレアさんを敬わなきゃいけないということは分かっているんですよ。ロレアさんは僕達より先にアルフルドの街でお商売をしている先輩ですからね。あなたがアルフルドの商売をとりしきる誰もが敬意を払うべき支配者だということは僕達もよく分かっています」


 リンはロレアの一連の言動や振る舞いから、彼女が自分のことを権力や影響力がある人物とみなされたがっているのを見抜いていた。


 案の定、リンの『支配者』という言葉に彼女は琴線が触れたようでぴくりと反応する。


「支配者なんて大げさよ。私はエレベーターの徴税を取り仕切る協会とギルドの雇われ者に過ぎないわ」


「それでも僕達からすれば憧れの存在です。僕達もロレアさんのような存在に近づけるよう日々努力しているんですが、なかなか上手くいかなくって」


 リンの絶え間ない敬愛の言葉にロレアもついつい微笑してしまう。


「あなたはちゃんと年上に対して敬意を払える子のようね。あの礼儀知らずなテオとかいう奴と違って」


 リンは顔を赤らめて照れる。その仕草にもロレアは好感を持った。


「テオは決して悪い奴じゃないんです。誤解されやすいだけで」


 友人の事を何とか擁護しようとするリンからはいじらしさすら感じさせる。


(この子もテオに振り回されて大変なのね)


 ロレアはリンのことが可哀想になってきた。


「まあいいわ。テオが頭を下げると言うなら先日の無礼は許してあげる。あんたの謙虚さに免じてね。そうテオに言っときなさい」


「ありがとうございます。ロレアさんの寛大な処置に感謝します」


「あなたはなかなか見所があるわね。どう? あなただけでも私の事務所に来ない? 社員として雇ってあげてもいいわよ」


 ロレアは試みにリンを引き抜こうとしてみた。彼をテオから引き離すことができれば今後の暗殺計画も有利に進めることができるかもしれない。


「ありがとうございます。ただ折角のお申し出なんですが……、僕はテオと離れることなんてできません。テオは僕がいなくても平気かもしれませんが……、でも僕はテオがいないとダメなんです」


 リンはしょんぼりしながら言った。


(なんていじらしい生き物なの)


 流石のロレアもリンの友人を思う健気さといじらしさに心打たれた。不覚にもこんな可愛い生き物に慕われているテオがうらやましいとさえ思った。


 彼女は本来情感豊かな人間なのだ。


 学院から各階層へのエレベーターに分かれるターミナルに来たところで二つの高い声が聞こえてくる。


「おい、リン。何してんの。早くお茶会に行かないと」


「リン、あなたまたユヴェンと一緒にどこかに行くの?」


 ロレアが声の方を向くと二人の少女がこちらにやってくるのが見える。


 ユヴェンとリレットだった。


 どうやらリンに用事があるらしい。


「ユヴェン。リレット。ちょっと待ってて。今、ロレアさんと仕事のお話し中なんだ」


 リンがそう言うと二人の少女は不承不承という感じながらもリンの言う通り大人しく引き下がる。


「リン、あなたは女の子にモテるのね」


 ロレアがそう言うと、リンはまた俯いて顔を赤らめる。


「そんなことありません。いいように使われているだけですよ」


 リンはそう言うものの、ロレアには彼女らの気持ちがわかるような気がした。


 彼にはなんとなく自分の手元に置いておきたくなるようなところがあった。まるで高価で珍しい宝石のような、そんな少年だった。


 リンとロレアは談笑しながら歩いていたが、やがて魔導師協会までたどり着いた。


「ではロレアさん。ここでお別れですね」


「ええ、そうみたいね」


 ロレアはリンとこのまま別れるのを名残惜しく感じた。


「今日は一緒に歩いてくださりありがとうございます。ロレアさん。もしよければなんですが、今度またお食事でもしながらゆっくりお話ししませんか」


 ロレアは少し考え込んだ。これから殺そうとしている相手とそこまで仲良くするのはいかがなものだろうか。


「僕達は決して争い合う必要なんてないと思うんです。きっとお互いに納得できるいい方法が見つかるはず。また心が決まったら事務所に連絡してください。待っています」




 ロレアが自分の事務所に帰ると部下達がせっせと襲撃計画を立てていた。


 彼女が入ってくると進捗状況について報告する。


「ロレア様。ケルベロスは数日中にも上から届くとのことです」


「テオとリンの予定も捕捉しました。彼らは二人共今週末、80階層で大手商会の者と商談を行うようです。帰り道を襲えば造作もなく消すことができるでしょう」


「思ったより早くカタがつきそうですな」


 部下達はいつになくリラックスした雰囲気だった。


 問題がスムーズに片付きそうなため、主人の機嫌を損ねる心配が無いと思ったからだ。


 そのためロレアが次に放った言葉は彼らを驚かせた。


「ああ、そのことなんだけれどね。襲撃の日時はもう少し先に延期しましょう」


「えっ? なんですって?」


「だから延期よ。延期。ケルベロスの輸送はそのまま進めて襲撃はもう少し様子を見てからにしましょう」


「では一体いつにするんです」


「それは後で決めるわ」


 部下達は突然のロレアの変節ぶりにただただ困惑するばかりだった。


「あと襲撃対象だけれどもね。テオ一人に変更できないかしら。別にリンまで巻き込む必要はないと思うの。テオだけ消せば済む話だわ」




 次回、第66話「テオ、スパイを放つ」

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