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第63話 ロレアとの交渉

「ふあーあ。学院は退屈だな」


 教室を出たところでテオがあくびをしながら言った。


「何言ってんだよ。のんびりできていいじゃないか」


 リンとテオは久しぶりに一緒に授業を受けていた。


 今日は会社が休業日なため、最近の目の回るような忙しさから解放されていた。


 二人は帰り道を歩きながら談笑して、うららかな午後の空気を満喫していたが、学院の外に出るといきなり大男が前に立ちふさがった。


「失礼。テオ殿ですね。そしてリン殿」


 大男は神妙な顔で二人の前に立ちはだかる。


(この人……奴隷だ)


 リンは男の姿を見て気づいた。


 彼は魔導師のローブを身につけていなかった。


 アルフルドに見習い魔導師は入ることができないため、魔導師は必ず何色かのローブを着ている。


 魔導師がローブを脱ぐのはその日の活動を終えた後だ。


 彼の格好は活動を終えた魔導師がゆったりした部屋着に着替えたようには見えないし、これからパーティーに行くようにも見えなかった。


 目の前の男は決してみすぼらしい格好というわけではないが、どう見ても仕事中の服装であった。


 仕事中に魔導師のローブを着ないのはここアルフルドでは特別に入場を許可された貴族か商会の経営者か、あるいは連れてこられた奴隷だけだった。


 彼は貴族にも商会の経営者にも見えない。


 リンは彼の身分に対して身構えている自分がいるのに気付き複雑な気分になった。


 自分も一昔前には彼と同じ身分、同じ立場だったというのに。


「私はロレア徴税請負事務所の使用人のものです」


「徴税って……エレベーターのか!」


 テオがハッとしたように身構える。


「主人の命によりお二人を迎えに上がりました。一緒に来ていただきたい」


「イヤだって言ったら?」


 テオが大男を牽制するように睨みつける。


「なるべく事を丸く収めたいのです。来ていただけませんか?」


 男は脅すのではなく懇願するように言った。


 リンは彼の態度からのっぴきならぬ事情を感じた。


 なおも首を縦に振らないテオに対して男は手の甲に刻まれた紋章を見せる。


 リンはそれを見てハッとした。


(これって……ギルドの紋章……)


 彼の手の甲に刻まれている紋章は、リンが以前見たマグリルヘイムの紋章と同じ形式のもので、ギルドメンバーであることを示すものだった。


 彼がしているギルドの紋章は男の顔を歪ませたようなマークだった。


 紋章の顔は怯えているようにも引きつっているようにも見える。


 さすがのテオも真剣な顔つきになる。


(ギルドは100階層以上のダンジョンを攻略するためのもの。ということは100階層以上の魔導師もこいつらの活動に関わってんのか)


「これはギルド『マルシェ・アンシエ』の紋章。いくら学院に入りたての魔導師といえどもギルドの存在くらいは知っておられるでしょう。そして学院魔導師と上階にいる魔導師では天と地ほどの実力差があることも」


 男は袖口でギルドの紋章を隠す。あまり見られたくないものであるかのように。


「『マルシェ・アンシエ』は200階層を主な活動拠点にするギルドです。事はお二方が考えている以上に深刻なのですよ。ついて来ていただけますな?」


 今度は男の言い方が有無を言わせぬ調子になっていた。




 リンとテオは80階層にあるロレアの事務所に連れて来られた。


 二人は事務所内の応接間に通される。


 応接間の内装には立派な調度品の数々が置かれていた。


 それらは高級だが少し趣味が悪いようにもリンは感じた。


 応接間の上座には一人の女性が座っていた。ソファに腰掛けたまま入ってきた二人をギロリと睨んでくる。


 リンはその態度から彼女がこの事務所のボスであるロレアだとわかった。


 眉間にしわを寄せていて神経質な性格であることが一目でわかる。


 彼女は部下の男たちと同様手の甲に『マルシェ・アンシエ』の紋章を刻み込んでいる。


 しかし彼女の格好のうちでリンを最も驚かせたのは彼女の着ているローブの色だった。彼女はリンやテオと同じ紅色のローブを着ていた。


(学院魔導師なのか……)


 彼女は30歳前後に見えた。にもかかわらず学院魔導師のローブを着ているということは、何年も留年や落第を繰り返しているということになる。


 もう卒業を諦めているのかもしれない。


 ロレアもロレアでリンとテオを見て驚いていた。


(学院1年目と聞いていたが……本当にガキじゃないか)


 彼女は二人が商売を営んでいるということから、てっきりもっと歳をとっているものだと予想していたのだ。


 リンとテオはロレアと机を挟み向かい合って座った。


 二人が座ると屈強な図体の男たちが威圧するように周りを取り囲む。




「手紙にも書いたと思うんだけれどね、あんたたち二人でやってる事業。あれやめてもらうから」


 ロレアは開口一番そう言い放った。


「はあ。そりゃまたどうして」


 テオは気の抜けた声で聞いた。


「どうしてですって? 決まってるでしょう。魔導師の塔にとって迷惑だからよ。魔導師にはね、この塔の発展に寄与する義務もあんのよ。あんたらのせいで魔導師協会の税収額が減っている。塔の発展に差し支えることだわ。だからやめてもらわないと。公共の利益のためにもね」


「ロレアさん。何か勘違いしていませんか? 僕達は魔導師協会から正式な許可を得て事業を営んでいるんですよ。」


 ロレアは眉をピクリと動かす。テオの言葉が不満なようだった。


 テオは構わず続ける。


「それに税収が減ったというだけで公共の利益に反していると断ずるのもいかがなものでしょう。確かに税収が減っているのは僕達のせいかもしれません。しかし経済全体から見ればむしろプラスになっているという考え方もできます。僕達の提供する安価な品物は市場から大変評価されています。特に僕達のサービスは中小零細の事業者の方々に好評でして……」


「公共の利益に反してないですって? 現に税収額は減っているわ。あんたらのせいでどれだけ塔と協会に迷惑がかかっていると思ってんのよ。あんたらに許可を出したのだってどうせ何もわかっていない下役人でしょ。そんな許可無効よ無効。さっさとおやめなさい」


(何でお前に無効にされなきゃならないんだよ)


 テオはそう言いそうになるのを必死に抑えて下手に出続けた。


「無効だなんて。それは横暴ってものですよ。僕達は不当なやり方で事業を営んでいるわけではありません。協会が定める法律の下、正当な手続きと正式な認可を経て事業を営んでいるに過ぎません。

 それに税収額についての話も少々早計すぎるように思えます。僕たちだって脱税しているわけではないんですよ。協会の税法に則って定められた税金をきちんと収めています。なるほど、確かに一時的に税収額は下がるかもしれません。しかしそれも短期的な話です。全体の経済が上向けば社会全体の富は増え、たとえ高額な税率をかけなくとも将来的に税収額は増加し……」


「その一時的にっていうのが問題なのよ。覆水盆に返らずっていうでしょ。あんたの言ってることなんて全部机上の空論じゃない。一度失われた税収が元に戻る保証なんてどこにもないわ。あんたのせいで入り損ねた塔の利益が二度と戻らなくなったらどうすんのよ。責任取れんの?」


「しかし実際、僕達の事業は市場に受け入れられつつあります。商会の方々の売り上げと利益も順調に伸びていますし、……一時的に税収が下がっても長期的に見れば、いずれは僕達のエレベーターからも十分な税収が……」


「だーかーら、一時的にでも下がったら問題なんだっつーの」


 ロレアが机を杖で叩いた。ガァンという音がなって部屋全体に響き渡る。


 テオは彼女の態度に顔をしかめる。


(メンドクサイのに絡まれちまったな)


 テオはこの手の道理が通じない相手が苦手だった。


 結論の出ない議論も嫌いだった。


 そもそも彼からすればロレアの言いがかりに応じる必要はない。


 テオはロレアのカラクリを見抜きつつあった。


(要するにこいつらは協会の使いっ走りだろ。そして協会の管理がずさんなのをいいことにちょっと分け前を多めにくすねて私腹を肥やしているというわけだ)


 テオはジトっとした目でロレアを見る。


「なによその目は」


「いえ別に」


 テオは急いで愛想よく笑う。


(さっきから塔とか協会の利益を言い訳にしてるけど……要は自分の取り分が減ったんだろ)


 テオとしてはさっさと話を切り上げて帰りたいところだったが、彼女の背後には200階層を根城にしているギルドが付いている。これから塔の上階を目指す手前、そのようなギルドとあからさまに敵対するのは賢明ではない。


(どうしたもんかな……)


 テオはこの場をどう処理するか決めかねてロレアとの出口の見えない話し合いを続けるしかなかった。


 一応彼の中で解決策があるにはあるが、それは彼女から申し出るべきことであって、テオから言うわけにはいかなかった。




 次回、第64話「市場原理」

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