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第45話 訃報

「あら、テオじゃない」


「ん? ユヴェンか」


 リンとテオが物質生成の授業に出ようとしていたところ、ユヴェンと廊下で鉢合わせしてしまった。


「聞いたわよ。あなた最近お金に困っているそうね」


 ユヴェンが愉快そうに言う。


「ダメじゃないの。身の程をわきまえて節約しないと。あなたって本当に甲斐性ないんだから」


 ユヴェンは彼女独特の癪にさわる猫なで声でテオを挑発しようとする。


「聞くところによると借金で首が回らなくなって困っているそうね。あなたはいつかやらかすと思っていたわ。なにせあなたったらプライド高いくせに根っからの不器用、無礼、不愛想、不躾だもの。どこに行っても仕事ができずたとえ万に一つ雇ってもらえても次の日には解雇。一念発起して独立するもあっさり倒産、夜逃げ。路頭に迷い、物乞いまがいのことをするも投げられるのは小銭ではなく石ばかり。挙げ句の果てに犯罪に手を染めるもあえなくお縄。人生の大半を独房で孤独に過ごすんだわ。可哀想に」


 リンはハラハラしながら聞いていた。


 彼女の言葉はどこまで額面通り受け取っていいのだろう。


 ユヴェンの言っていることはいつも通り反論待ちの事実とはかけ離れたものがほとんどだったが、一部当たっているところもあった。


 実際、二人は独立して商売を始めており、密輸という捕まりかねないことをしている。


 最近、後ろめたさで神経過敏気味のリンにはユヴェンが何か知っていて探りを入れるためにふっかけているように思えて仕方がなかった。


 彼女はいったいどういうつもりでこんなことを言っているんだろう。


 リンは彼女と目を合わせないように気をつけた。下手に目を合わせれば全て見抜かれそうな気がした。


「まあでも大丈夫よ。あなたが売り飛ばされても私が買い取ってあげるわ。私も最近新しい奴隷が欲しいと思っていたところなのよ。なにせ奴隷は何人いても足りないわ。仕事はありあまるほどあるの。杖持ちに靴を履かせる役、馬小屋の掃除に、バケツの水汲み。まあせいぜいコキ使ってあげるわ。一つでもミスったら百叩きの刑だけど。いらなくなったら売り飛ばして……そうね、恩情をかけて故郷に骨を埋めるくらいのことはしてあげてもいいわ。同郷のよしみで……」


「アッハッハッハッハ」


 テオが突然笑い出す。


「いいね〜。杖持ちに靴を履かせる役。一回でいいからそういう気楽な仕事もしてみたいよ」


 テオはそう言うと鼻歌を歌いながら教室に入っていく。


 リンもなるべくユヴェンと目を合わせないようにしながら後についていった。


 ユヴェンは訝しそうに二人を見送る。


「ユヴェン。またあの二人に絡んでるの?」


 いつもユヴェンと一緒のグループにいるリレットが話しかけた。


「怪しい……」


「えっ?」


「怪しいわ。あのテオが挑発に乗ってこないなんて」


「どういうこと?」


「あいつが余裕を気取るのは何かいいことがあった証拠よ。おそらく仕事か金のことね」


「でもテオ君最近、仕事もサボりがちでお金に困ってるって噂だけど……」


「噂に登らないということは……、さてはあいつ何か人に言えないような悪どい金稼ぎしてるわね」


「そうかな。考えすぎじゃあ」


「いいえ間違いないわ。私にはわかる。そういえばリンもさっき私から目をそらしてたわね。あいつも何か知ってるに違いないわ。探りを入れてみるか」


「リンって奴隷階級なんでしょう? いいの話しかけても。怖くない?」


 リレットは心配そうに尋ねる。


「構いやしないわ。それよりテオの秘密の方が先決よ。絶対突き止めてやるんだから」


 ユヴェンは瞳の奥をキラリと光らせながら教室の中に入っていく。


 リレットはため息をついた。


 箱入り娘の彼女はユヴェンがいつも気軽に男の子に話しかけるのを見て、眉をひそめつつも、内心羨ましく思っていた。




「あらっ? リンじゃない」


「あ、シーラさん」リンが学院の授業を終えて90階層行きののエレベーターに乗り込もうとするとシーラに声をかけられた。


「なんか久しぶりね」


「ど、どうも」


 リンはついギクシャクした感じで話してしまう。


「こんなところで会うなんて奇遇ね。昨日の新聞見た?」


「えっ? いやーちょっと見てないですね」


 リンが新聞を見るのはエリオスに関する情報を知るためだが、彼に関する情報は滅多に記載されることがない。


 100階に到達した当初以来は大きく取り上げられることもなく鳴りを潜めている。


 もっぱら新聞記事をチェックするのは誰が何階に住んでいるかを記載した欄だけになっている。


 100階層以上では居住地域自体が魔導師のランクになっているため、新聞記事に掲載されるのだ。


 しかしそれもエリオスが110階に到達して以来、毎日変動がなかった。リンはそのうち新聞をチェックしないようになる。


 テオと秘密のエレベーターを運用するようになってからは忙しくなり、さらに新聞から遠ざかっていた。


「昨日の新聞によるとね。エリオス100階層にランクダウンしたのよ。ずっと110階にいたのに」


「えっ? そうなんですか」


「手紙のやり取りも110階に到達して以来滞ってるし。リンの方には何か連絡来てない?」


「いえ、特に何もないですね」


「そう、まあ、エリオスのことだから大丈夫だとは思うけれど……。心配だわ」


「そうですか。それは心配ですね。あっ、僕は用事があるのでこの辺で」


 エリオスのことも心配だったが、リンはそれよりも秘密のエレベーター到着に備えなければならなかった。


 テオがレンリルから輸送してくる荷物が届くまであと少しのはずで、先ほどから心がそわそわしていたのだ。


「まあ待ちなさいよ」


 シーラがリンの肩をガシッと掴む。


「ちょうど良かったわ。今、アグルと一緒にみんなでレンリルで夕食でもしようかって話ししてたの。あなたも来なさい。おごってあげるわよ。最近生活苦しいんでしょ?」


「い、いやー僕はちょっと用事があってですね」


「用事って。あんたそっちは90階層行きのエレベーターよ。あんたが一体90階層に何の用事があるのよ」


「えーと、ちょっと仕事で届け物があって……」


 リンははぐらかそうとしたがシーラは目を細めて怪しむ。


「怪しい」


「えっ? な、何がですか」


「あんた最近全然レンリルの食堂に下りてこないじゃないの」


「それは僕、最近アルフルドに引っ越してですね」


「アルフルドに引っ越したくらいでそう簡単に生活水準上がんないでしょ。何か特別な魔法を使えるわけでもないのに」


「……」


 リンは黙り込む。


 シーラは妙に勘が鋭いところがあった。


 下手なことを言えば余計に勘繰られそうだった。


「それどころかアルフルドになんか引っ越したら物価が高くて大変でしょうに。工場やアルバイトの収入だけではやっていけないでしょ。あんたどうやって生活してんのよ」


「えーっと。それはですね」


「ん? 待てよ。最近レンリルの食堂に寄らないってことはあんたまさか工場で働くのやめちゃったの? ますますどうやって生活してんのよ」


「それは……頑張って節約して、アルフルドでバイトを掛け持ちして……」


「そういえばテオも最近仕事をサボってるって聞いたわね。まさか! あんた達なんか悪いことやってるんじゃないでしょうね。テオに悪事の片棒担がされて引くに引けなくなっているんじゃないの?」


(う、うおおおおおお)


 リンは焦った。完全にシーラの言う通りだった。


「ったく、あの悪ガキ。ちょっときつく言ってやらないと。あんたもダメよ。あんな奴の言うこと聞いてちゃ」


「いっ、いや、あのですね」


 リンは慌てて誤魔化そうとしたが上手い言葉が思いつかない。


 そこにタイミング悪くテオがやってきた。


「おーいリン。何こんなところで油売ってんだよ」


 テオが間の抜けた声でリンに話しかけてくる。


「ちゃんと手筈通りにしてくれないと……」


「あっ、テオ。あんたリンを使って何やってんのよ」


「ん? シーラ」


 テオはシーラがいることに気づくと踵を返して元来た道を戻り始めた。


「おい待て! 人が話しかけてんのにどこに行くのよ」


「すみません。僕忙しいんで」


 テオは苦手なシーラを見るや否やそそくさと駆け出していった。


「あのクソガキ。一体何なのよ」


「あっ、シーラさん。僕もこの辺で失礼します」


「待ちなさい」


 シーラは再びリンの肩をがっしりと掴んだ。


「あんたたち一体何やってんのよ。あからさまに怪しいわよ」


「何もやってませんよ。ただちょっと雇い主の意向で秘密保持義務があるから詳しいことは言えないというか……」


「何よそれ。まあそれはもういいわ。それよりも!」


 シーラは顔を近づけて迫ってきた。


「あんた本当に最近ヨソヨソしいわよ。前はもっと自分から私達のところに来てたじゃない。最近はめっきり顔を見せなくなっちゃって……。テオと一緒で私のこと嫌いになったの?」


「いえ、そんなことは……」


「じゃあ、明日。明日も学院に来るわよね。学院内の食堂でお昼食べましょう。学院内なら忙しくても大丈夫でしょう。アグルも来るから。そこで旧交を温めましょう。それで最近の無沙汰については水に流してあげるわ。いいわね」


「うっ、はい」


 本当の所、明日もリンは忙しかったからできれば行きたくなかったが、これ以上は逃げられそうになかった。


 シーラも別にリンのやることなすことに口出ししたいわけではない。ただ単に彼が自分のところに来ないのが寂しいだけなのだ。最近、エリオスが100階層に行ってしまって彼女の寂しさはますます募るばかりだった。リンもそのことが分かっているだけに断りにくかった。




 翌日、リンは寝ぼけ眼でシーラに指定された休憩室まで行った。


 昨日も結局夜遅くまで輸送作業を行ってしまい寝不足だった。


 待ち合わせ場所である休憩室を見回してみるとアグルとシーラが既に休憩用のテーブルに腰掛けている。


 リンは声をかけた。


「シーラさん。アグルさん。こんにちは」


 リンが気さくに声をかけたが二人共机に向かって俯いたままだった。


 リンは不可解に思った。


(時間に遅れちゃったかな)


 腕の紋様時計をチラリと見るが時間通りだ。


 リンは首を傾げた。


「すみません。遅くなっちゃって。待たせちゃいましたか?」


 リンは時間に遅れていなかったがあえてそう声をかけた。


 するとアグルが振り向いてくる。


 リンはアグルの真っ青な顔を見てギクリとした。


 何か恐ろしいものを見たかのように尋常ではなかった。


 シーラは相変わらず俯いたままだ。


「どうかしたんですか? 顔色悪いですよ」


 リンは恐る恐る聞いてみた。


(まさかテオと一緒にやっている秘密のエレベーターの件が露見したんじゃ)


 リンは緊張で心臓がドキドキしてきた。


 アグルがその真っ青になった唇を震わせながら動かす。


「エリオスが死んだ」




 次回、第46話「冷たくも甘い声」

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