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第31話 理不尽な徴税

 リンは数日後に迫った『ヘディンの森』の探索に備えて必要なものを買い集めていた。


「非常食7日分、対魔獣用の狩衣、緊急時の医薬品、遭難時のために魔力で特殊加工された発煙筒、対魔獣用の指輪……。食糧品店、服屋、薬局と道具屋に寄ってと……、指輪はアルフルドでないと買えねーな。明日学院から帰る際に寄っていくか」


 テオが買い物リストを読み上げながらこの後寄る店を確認していく。


 彼はリンの買い物を手伝いに来ていた。


「悪いね。手伝わせちゃって」


「いいよ。ついでだし。しかしあちこちの店回らなきゃなんねーな。アルフルドなら百貨店で全部揃うっていうのに」


 レンリルには百貨店のようなものが無いため一つ一つ店を回らなければならなかった。


 リンとテオは買い物を済ませるのに終日費やすことになった。




「なあ、もういい加減引っ越さねぇ?」


 ドブネズミの巣への帰り道を歩いていると、おもむろにテオが言った。


「引っ越す?」


「だってさ。学院と仕事場、部屋って移動する度にエレベーター乗らなきゃいけないじゃん。アルフルドに引っ越してさ。仕事も向こうで見つけて、そうすれば全部アルフルド内で完結するじゃん。もう毎日、長時間エレベーターに乗るのだりーよ」


 テオには移動距離に対して異常なこだわりがあった。


 基本的に移動はエネルギーと時間の浪費なのでなるべく削るべきというのが彼のポリシーだった。


 彼がレンリルから離れたがっているのはそれだけでは無い。今の仕事を辞めたがっているのだ。


 例の上級貴族が工場内で暴れた一件以来テオと工場責任者の仲は険悪になっていた。


 工場責任者はテオの処置が気に入らなかったようだ。


 彼は事ある毎にテオのやる事なす事に口出しするようになり、テオはテオでいちいち反発して二人は毎日のように喧嘩していた。


 テオは職場においても露骨に不平不満を漏らすようになっていた。


「あーあ。なんで俺らこんなところで働いてんだろうなあ。給与はクソ。仕事内容はクソ。おまけに上司もクソ。早く転職したいなぁー。転職先さえあればこんなクソな職場一刻も早く辞められるのになぁー」


 リンは責任者が目と鼻の先にいる前でテオが暴言を吐きまくるのにやきもきしながら仕事をしなければいけない日々を送っていた。


「な。この際思い切って引っ越そーぜ。レンリルは買い物するにも不便だし、移動時間ももったいねーよ。その時間で何か他の仕事したり勉強したりしたほうがいいって」


「でもさ。アルフルドの物価はものすごく高いよ。僕らの給料ではとてもじゃないけれど食べていけないよ。家賃を払うのもままならないって」


 リンはアルフルドの瀟洒な街並みに始めは心奪われたが、その物価の高さを見て顔を真っ青にした。


 アルフルドの物価はレンリルの2倍から3倍だった。


 アルフルドでしか売っていない魔導具だけそんな値段かと思いきや、レンリルでも売っている何の変哲もない日用品でもはるかに高い値段になっていた。


 リンはどうして置いている場所が違うだけでこんなにも値段が変わるのか理解できず混乱した。


 そして肝心の給与水準はというとレンリルと大して変わりはなかった。


「家賃についてはシェアハウスできるところ見つけたんだ。学院で4人部屋で住んでもいいって奴らもいてさ。4人で分割できりゃレンリルでの家賃とそう変わらない。物価についても俺に考えがある。なあ引っ越ししよーぜ」


「うーん」


 リンとテオが自室の前で立ち話しているといきなり隣から戸を叩く音と共にクノールの叫び声が聞こえてきた。


「モリス!モリス!あんた借金の督促状が来てるわよ。家賃もかれこれ3ヶ月滞納してるでしょ。いい加減にしないとあんたマジでヤバイわよ。いるんでしょモリス。モリス! 出て来いよぉぉぉ、モリーース!」


 クノールがリン達の部屋の隣にある部屋の扉をガンガン叩きながら喚き散らしていた。


「ババアはうるせーしよー」


 テオが忌々しげにクノールを親指で指し示す。


「……うん」


 リン達のお隣であるモリスはギャンブルで負けが込んで首が回らなくなっているようだった。


 しばらく前から部屋に引きこもっていて出てくるところを見ていない。


 そのため毎日のようにクノールに戸を叩かれていた。


 困るのはリン達の部屋にも戸を叩く音とクノールの叫び声が響いてくることだった。


 ドブネズミの巣は壁が薄いし、クノールは昼夜問わずガンガン部屋の戸を叩くしでリンとテオは夜中に突然起こされることもしばしばあった。


「分かったよ。僕もアルフルドに住んでみたいと思ってたところなんだ。一度引っ越してみよう」


 リンは迷ったものの、結局いつも通りテオの提案に従うことにした。




 翌日、リンとテオはドブネズミの巣の契約を解除してアルフルドの新しい部屋に向かうべく荷物を荷台に積み込んでアルフルド行きのエレベーターに乗り込んでいた。


 幸い魔法語の読み書きができれば勤められる事務職の仕事がアルフルドで見つかった。


 工場の仕事は今月いっぱいで辞めて来月からはアルフルドで働くことになる。


 荷台にはドブネズミの巣にあった服や本、備品のほかレンリルで買い込んだ1ヶ月分の日用雑貨及び食料も積み込まれていた。


「これならレンリルの物価でアルフルドに住めるだろ? 1ヶ月に一回、まとめ買いするだけなら時間もそんなに取られねーし」


「なるほど」


 二人はエレベーターのあまり混み合わない時間帯を狙って荷台ごとエレベーターに乗り込む。


 荷物をすべて袋で包んでぐるぐる巻きにしたものはゆうに二人の身長と同じ位の高さと幅になったが質量の杖を使えばエレベーターの中までたやすく運搬することができた。


「よし。行くぜ。67階、学院都市アルフルド28番街へ」


 テオが呪文を唱えるとエレベーターは勢いよく発車し始める。


 リンはこれから始まる新生活に胸躍らせながらエレベーターがアルフルドの街に到着するのを待った。




「もうすぐだね」


 リンがエレベーターの通る通路の色が変わっていくのを見ながらつぶやいた。


 今リンたちが通っている通路は灰色から赤に変わりつつある。


 50階以上の高さに到達した証だった。


「ああ、ようやくレンリルとおさらばできるぜ。ん? なんだこいつ。あっち行け」


 一緒に乗っている荷物に妖精がまとわりついているのを見てテオが杖で追い払う。


 妖精はテオの乱暴な言い方に怯えて何処かへ行ってしまった。


 リンは首を傾げた。こういう風にどこからともなく妖精が現れるのはこの魔導師の塔ではよくあることだった。


 しかしこんな風に向こうから荷物にまとわりついたりしてくるというのは今までなかったことだ。


 リンには妖精が何かを警告しているように見えた。


「お、着いたぜ」


 そうこうしているうちにエレベーターの通路に67の文字が見えてくる。67階、アルフルド28番街に到着した証拠だ。


 エレベーターがストップするとビーッという耳障りな音がして扉に二重の鍵がかかる。試しにドアを押してみても開かなかった。


「あれ? なんだろう」


「故障かな? ったくちゃんと整備しろよ。こっちは急いでるってのに」


 テオが悪態をついた。


「はーい。ちょっと君達そこで止まっててね」


 黒いローブの人達がやって来る。協会の人達だ。リンはすぐに降りれそうだと思ってホッとする。


 しかし協会の人達はリンとテオをエレベーターから降ろすや否や拘束した。さらにテオとリンの荷物を物色し始める。


「おい、何すんだよ」


「あちゃー、これは完全にアウトだね」


「は?」


「君達、一人2万レギカ徴収ね」


「はっ!?  はあああぁぁぁぁぁ?」


 テオが素っ頓狂な声をあげた。


「そんな。なんでお金を払わなきゃいけないんですか」


 リンが抗議する。


「旅客用のエレベーターで一定以上の貨物を運ぶと徴税されるんだよ」


「徴……税……だと?」


「うん。というわけで2万レギカ」


 テオは必死で抗議した。


「なんでだよ。エレベーターは俺たちの魔力で動かしてんだろ。何を根拠に税金なんて取ってんだよ」


「あのねぇ。エレベーターにも管理費用とか維持費とか色々かかるんだよ。無料で乗ってるんだから貨物代くらい払ってもらわないとやっていけないの」


「いやっ、でも……2万レギカって……商品の値段の5割以上じゃん。いくらなんでもボリすぎだろ!」


 テオの声は震えていた。


「あのさぁ。あんまガタガタ言ってると。出るとこ出てもらうよ」


「君ら学院生だよね。徴収拒否とかもう立派な法律違反だよ。学位取り消しだってあるよ。分かってる?」


「高い学費払ってるよねぇ。こんなことでパァになったらご両親の負担が増えることになるよ。申し訳ないと思わないの?」


 リンは諦めのため息をついた。


(なるほど。徴税があるからアルフルドの物価はこんなに高いのね)


「テオ、諦めよう。ここは払うしかないよ」


「クソが!」


 リンとテオはアルフルドの物価で暮らすため新しいバイトと工場での仕事を掛け持ちせざるをえなくなった。




 次回、第32話「魔獣の森とお姫様」

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