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第27話 コネクションの大切さ

 午後のうららかな昼下がり。授業と授業の合間。例によってユヴェンが図書室で自習するリンに対してちょっかいをかけていた。


「リン、私は重要な事実を見落としていたわ。学業で優秀な成績を収めても意味がないのよ」


「ふーん」


 リンは適当に相槌を打ちながら教科書のページをめくる。


「何よその態度」


「別に」


 テオからユヴェンの背景を聞いた後、リンの中で彼女に対する心情には微妙な変化が起こっていた。


リンが彼女に対して抱いた新しい感情、それは憐れみだった。


今までリンは彼女に対して憧れにも似た感情を持っていた。


彼女はどれだけ望んでも手の届かない存在、自分には関わりのない別世界の住人。


それゆえに彼女がその境界線を超えて関わってくることに、リンはうろたえ動揺していたのだ。


 しかし彼女の事情を知って、貴族もいろいろ大変なのだと知ると、一種の同情と親しみのようなものが湧いてきた。リンの中でユヴェンを冷静に見る余裕のようなものが生まれつつあった。


「まあいいわ。リン、人生を成功させるために必要なもの。あなたは何だと思う?」


「さあ、分からないね」


「それはコネクション、つまり人間関係よ」


(ほう)


 リンはユヴェンの話に興味を持った。


 実際、今までユヴェンが話してきたことの中では一番ためになりそうな話だった。


「ふむ」


 リンは本を閉じて彼女の方に向き直る。


「続けたまえ」


 ユヴェンはリンの鷹揚な態度に引っかかるものを感じながらも話を続ける。


「人間は一人では何もできないわ。他人と助け合うことで初めて大きな仕事ができるの。それはどれだけ偉大な魔導師でも変わらないわ」


「ふむふむ」


 リンは頷いて熱心に耳を傾ける。ユヴェンはリンの注意を引けていることに満足して話を続ける。


「そして人間社会には上下関係があるわ。貴族と奴隷、上司と部下、政府と国民」


「そうだね」


「悲しいけれど上下関係がある方が大人数を動員できて効率よく社会を動かせるの。さらに人間社会は上下関係によって就ける職業が決まっているわ。一般的に社会のより上層部に位置した方がより高度で多くの人に対して影響力を持つ職業につけるの。逆に言えば社会の下層部に位置する人でも上層部の人と仲良くなれば、その影響力を利用することができるわ。

 ゆえに上流の人とコネクションを持つことが大事ってこと。そこで重要なのが学院よ。学校をただお勉強するだけの場所とみなすのは浅はかな考えだわ。大事なのは同年代の子供達と一緒に勉強して交流できるということ。実社会に出る前に社交の訓練をするための絶好の場所になるというわけね。学院なら世界各国から魔導師の才能を持った同年代の子供達がたくさん集まってくる。さらに私達は世界共通言語である魔法語を話せるわ。外国の貴族の子達と親睦を深めることも可能。

 学院は熱心に先生の話を聞いて授業の単位を取る場所というだけでなく、将来のキャリアのために有望なお友達と繋がる場所でもあるというわけ。学院での交友関係が将来の魔導師としての功績に著しい差をつけるの。

 お分かりかしら?」


「なるほど。だから君は上流階級の子たちに積極的に話しかけたり、たくさんお茶会に出席してるというわけだね」


「まあ、そういうことね」


 ユヴェンは誇らしげに胸を張る。


 リンは彼女の持論に素直に感心した。ただの俗物だと思っていたが、彼女なりに立派な魔導師になるため色々考えているんだな、と。


「君の話を聞いてコネクションが大事ってことはよく分かったよ。その上で聞くけれど、僕のような身分の低い人間が上流階級の人とコネクションを作るためにはどうすればいいと思う?」


 リンがそう聞くとユヴェンはニヤリと意地悪な笑みを浮かべた。


「コネクションを作るために必要なもの。それは身分よ。だから奴隷のあなたにチャンスはありません。残念でした〜」


「君に期待した僕が馬鹿だったよ」


 リンは机に向き直って再び本のページをめくり出した。


「あん? 何よその言い草は。ちょっと。こっち向きなさいよ」


(役に立つ話が聞けると思ったのに)


 リンはがっかりしてまた深いため息をついた。


「こっち向けって言ってるでしょ。おい、コラ」


 ユヴェンは杖でリンの椅子を突つく。さほど力を入れていないにもかかわらず魔法の力でリンの椅子はガタガタと揺れた。


「ちょっ、何すんだよ、おい」


 リンはとっさに机にしがみつくことで、かろうじて椅子から転げ落ちるのを防いだ。椅子はバタンと音を立てて倒れる。


「ちょっとここに座りなさい」


 ユヴェンは杖で床をガンガン叩いて見せた。リンは彼女の言う通り床に正座する。


「あんた私にバカにされて悔しくないの? いっつもいっつもそうやってヘラヘラして、自分には関係ありませんって顔をして。ちょっとは言い返してみなさいよ。だいたいあんたはね……」


 ユヴェンは腕を組みながら叱り飛ばすように怒鳴り声をあげたかと思えば、くどくどと説教を始める。


(なんだこれ。僕が悪いのか?)


 傍目にはリンが悪いことをして叱られているように見える。


(なんで僕がユヴェンに説教されなきゃいけないんだ……)


「あんたはどう思ってるのよ。あんたの考えを聞かせてみなさい」


 リンは仕方なく自分の考えを話すことにした。


「ねぇユヴェン。君は何か勘違いしてるようだけれどね。僕は今の待遇に結構満足してるんだ」


 ユヴェンの顔が引き攣った。リンはまた何か彼女の中にある地雷を踏んでしまったのだとわかった。けれども気にせず続けた。


「僕の故郷は本当に貧しい場所だったんだ」


 リンは故郷での暮らしを思い出す。


リンの故郷ミルン領は決して豊かではないが、おおらかな場所だった。


もちろんリンは奴隷として労働に励まなければならなかったし、家族がいないのを寂しく感じなくもなかった。


しかし隣人達は皆リンの境遇を憐れんでくれて優しかった。


同じ奴隷仲間や平民階級の人々もみんなリンを家族のように扱って接してくれた。


 ところが戦争が起きて全てがおかしくなった。


隣国の兵隊達がミルン領に押し寄せてきて、橋や道路を破壊し作物を刈り取って家々に火をつけた。


 幸い兵隊達は畑を荒らしただけで死人が出ることはなかった。


しかしそれが裏目に出た。


土地が荒廃し収穫できる作物が減る一方で人間の数は変わらないまま。


ミルン領では人々を養うために必要な食料が不足した。


リンは、自分の元に届く食べ物が日に日に少なくなってひもじい思いをしたが、それよりも辛かったのは今まで優しかった人々が冷たくなっていくことだった。


 ミルン領では諍いが絶えなくなり食料の盗難が頻発した。


 みんな家の鍵を固く閉ざし、互いに疑心暗鬼が広がって一気によそよそしくなっていった。


 戦争が起こるまでは例えば子供が果樹園に入って果物をくすねてもゲンコツ一つで許された。


それがすぐに鞭打ちに変わり、やがて投獄に変わり、ついには死刑にされる子供まで出てきた。


「そりゃあここよりも高い場所に行けたらと思わないこともないけれど。それでも故郷の暮らしに比べたら今は豊かだし教育も受けられる。希望があるよ。僕は満足なんだ。僕には君と違って無理して上を目指す理由もないからね」


「満足? 満足ですって?」


 ユヴェンは怒りに身を震わせた。


「あんた分かってんの? 身分が低いと身分が高い奴らに馬鹿にされるのよ」


「身分が高くても馬鹿にされると思うけどね」


 リンはこの塔に来て初めて知ったが、平民階級の間の雑談で最も盛り上がるのは貴族の醜聞に関する話題だった。


「ハハッ。じゃあいつまでもそうやって飄々としてろよ。今にあなたもこの塔の本当の恐ろしさを知ることになるわ」


 ユヴェンはそれだけ言うとさっさと立ち去って行ってしまう。


 リンはポカンとして彼女が去っていくのを見送った。




 その夜、リンはユヴェンの言ったことがいつまでも頭にこびりついてなかなか眠れなかった。


 言われたその場では大して気に留めなかったが、後から考えると何やら重大なことのように思えてきた。彼女の言い方には尋常ではないところがあった。


 リンはユヴェンの言っていたことについてテオに相談してみた。


「ほっとけ。あいつは俺たちを怖がらせたくて必死なんだよ。そもそもあいつがここにいる期間は俺達とたいして変わらねーだろ。あいつがこの塔の何を知ってるんだっつーの」


 テオはそう言ってくれたがそれでもリンは不安を拭い去ることができなかった。


 ここのところ平和でリンは忘れていたが、この塔の住人は子供に猛獣と戦わせるようなことを平気でさせる連中だ。このままで済むとはとても思えなかった。本当に今のままで大丈夫なのだろうか。


 リンはその日もまた考え事で眠れぬ夜を過ごすことになった。




 次回、第28話「上級貴族、工場に現る」

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