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第25話 募るイライラ

 リンが自習室に入るとまたユヴェンが現れてこっちに向かってくる。


 こんな風に毎日ユヴェンに絡まれるなんて。


 以前無視されていた頃を思えば隔世の感があるな、とリンは思った。


 しかも妙に顔が明るい。リンは嫌な予感がした。


「リン。聞いたわよ。あなた奴隷階級なんですってね」


(あーあ、バレちゃったか)


 リンはうんざりした。


(誰だよ。言いふらしてるやつ)


「それで名字を言わなかったのね。いいえ。言わないんじゃなく言えなかったというわけね。だってないんですもの」


 リンはため息をつきながら静かにユヴェンの方を見た。


「そうだよ。僕はケアレを治めるミルン様の元で奴隷として農作業に従事していたんだ。でも身分のことはあまり気にしないようにしてるんだ。ここでは貴族や平民の子達と同じように授業が受けられるしね」


「あなたが気にしなくても周りはどう思うかしら? 今までと同じように接してくれるかしらね」


(なるほど。それが言いたかったのか)


 ユヴェンはリンを脅すネタができたと思っているようだった。


「もう普段から付き合ってる子は大体知ってるけれどね。まあでも言いふらしたいならどうぞ。それでみんながどう接するか、どれだけ態度が変わるのか見てみればいいよ」


 リンはそれだけ言うと本に向き直った。


 ユヴェンはイライラしてきた。テオは突つけばすぐ挑発に乗ってくるけれど、このリンとかいうやつは押しても引いても食いついて来ない。


 ユヴェンはリンの本をめくるスピードが相変わらず速いことにもイライラした。もう次の授業の予習が終わりそうではないか。


「ちょっと。もう本を読むの止めなさいよ。」


「えっ? なんで?」


「あなたはもう十分勉強したわよ。これ以上頑張る必要ないわ。」


「いや……でも……僕、土日は工場で一日中働いてるんだ。帰ったらクタクタになって勉強どころじゃなくなってる。こういう時間にでもやっとかないと」


「そんなに本を読んだら頭悪くなっちゃうわよ」


 リンはポカンとした。ユヴェンの言ったことの意味がわからなかったからだ。


「ほら。分かったらさっさと本を閉じる。あんたはもっと遊びなさい」


「いやいやいや。ちょっと待って。わかんないよ。なんで本を読みすぎたら頭悪くなるの?」


「過ぎたるは及ばざるがごとしっていうでしょ? なんでもやりすぎは禁物よ。」


「いや、それはなんか違うような」


「うるさい。つべこべ言わずさっさと本を閉じなさい」


 その日、リンはユヴェンの執拗な妨害にあったため授業の予習を満足にすることはできなかった。




「よいしょっと」


 授業前の教室。リンはテオの隣に座った。


「? なんだよ。妙に近いな」テオが訝しがる。


「そんなことないよ」


(このままじゃオチオチ勉強もできないしね)


 リンはユヴェンの妨害を免れるため、いつもの方法を使った。


 つまりテオの陰に隠れるという方法である。


 リンが奴隷階級であるにもかかわらず、クラスメイトに軽んじられないのはテオの友達だからである。


 誰もが一目置いているテオの友達ということであればみんな迂闊にリンにちょっかいをかけることはできなかった。


(これでゆっくり予習ができる。テオは僕を守ってくれるはずだ。なんたって友達だもんね)


 しかしユヴェンにこの手は通用しなかった。


 リンが安心して本のページを開こうとした時、ユヴェンがやってきた。


「あんた、また予習してるの?」


(げっ)


「そんなに勉強したら頭悪くなるって言ったでしょ。ちょっとこっちに来なさい」


「て、テオ……」リンはテオに助けを求めた。


「おい、ユヴェン。いい加減にしろよ」


「あら、テオ。あなたも私に監視されたいの?」


「さて、僕はあっちに行くか」テオは立ち上がってリンから離れる。


「ちょっ、おいっ」


「リン。あんたはこっち」


 テオに追い縋ろうとしたリンだが、ユヴェンにがっちり腕を掴まれてしまう。


 彼は引っ張られるようにして彼女の席まで連れて行かれた。


 連れて行かれた先にはユヴェンがいつもつるんでいる派手気味な女の子達がいた。リンの心臓が高鳴る。


「リン、抜け駆けは許さないわ。罰としてあなたには今日から私が友達とお話してる間、一緒にお話しに加わってもらいます」


(えっ?ユヴェンの友達とおしゃべりできんの?そんなの罰どころかご褒美じゃないか。イエス!)


 リンはユヴェンに引っ張られてグループの前に連れてこられた。


「みんな紹介するわ。この子はリン。テオに苛められてて、友達がいないの。仲良くしてあげてね」


「あ、どうも」


 リンは女子達の好奇の視線に晒されて、恥ずかしそうに俯いた。その可愛げのある仕草で彼女らはリンに好感を持った。




 ユヴェンの友達とおしゃべりするのは何とも言えず甘ったるい時間だった。


 初めは緊張していたリンだが、だんだん辛くなってきた。


 彼女達のお話はあんまりにも退屈だった。


 ファッション、アルフルドのお店、恋愛関係、貴族同士の醜聞、お茶会、誰が誰の主催するパーティーに呼ばれたかなどなど、リンにとってあんまり興味のないものだった。


 彼女らにとってアルフルドの街で高位貴族からお茶会に招待されるのは自慢の種のようだったが、リンには縁の無い話だった。


 自分にとって関係のない話題ほど退屈なものはない。


 リンは早く彼女たちの輪から抜けて授業の予習がしたかった。


 一方でユヴェンはリンの学習を妨害できて満足げだった。




 かくもユヴェンはリンの学習を妨害し続けたがリンの成績が落ちることはなかった。


 またテオの方はというとさらに絶好調だった。


 テオが才能を発揮したのは冶金魔法の授業だった。


「通常の冶金技術では鉱石からの金属採取、合金の生成、金属によるコーティングが関の山ですが、冶金魔法を使えばこれらが魔法陣と呪文で簡単にできるだけではなく、一つの金属そのものを他の金属に自在に変化させることすらできます。もちろん万能というわけではありません。魔法による冶金は一時的なものです。一定の打撃が加えられれば魔法が解けて元の物質に戻ってしまいます。鉄くずなどを金塊に変えて市場に流通させた場合詐欺の罪に問われますので注意してくださいね。この授業においてはみなさんが鉄鉱石を金に変えることを最終目標とします。まあ習いたての皆さんがいきなり金を作るのは難しいと思うのでまずは比較的簡単な銅や銀あたりから始めましょう」


 冶金魔法のスリヤ先生が黒板に鉄鉱石から望みの金属を生成する理論や術式について書いて解説していく。


 ユヴェンは黒板に描かれた魔法陣や数式を憂鬱そうに眺めた。


(冶金は図形や数学が必要だから苦手なのよね)


 彼女は去年もこの授業を受講したが未だに教科書の前半を読むのにも苦労する有様だった。


(まあでもやるしかないわね。努力あるのみよ)


「おい見ろリン」テオの声がした。


 ユヴェンがテオの方を見ると彼に支給された練習用の鉱石は鈍い黄金色を放っている。冶金石の下に敷かれた紙には数式や紋様が複雑に描きこまれた魔法陣が見える。


 それはテオがまだ授業で習っていないはずの魔法陣だった。


「スゲー。テオ。それどうやったの?」


「なんか教科書の後ろの方に書かれてることそのままやったらできた。リンお前も教科書後ろから読め」


 ゴホン、とスリヤ先生が咳払いをする。


「ガルフィルド。君に冶金魔法の単位を授けましょう。ただあとで職員室に来い。リン、お前もだ」


「えっ?なんで僕まで……」


 ユヴェンのイライラは募った。


(あー、もうっ)


 ユヴェンは苛立ちまぎれに持っていたペンをノートに向かって叩きつける。




 次回、第26話「貴族の事情」

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