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第2話 塔の迷宮

「もう行かなきゃ」


 白いローブの少女は時計台を見てそう呟いた。


「私、アトレアっていうの。あなたは…?」


「……リン」


「リンね。よろしく。次は塔で会えるといいわね。それじゃ」


 そう言い残して、アトレアは雑踏の中に消えていく。


 アトレアがいなくなると、入れ違うようにしてリンをこの街に連れて来た魔導師、ユインが彼を迎えに来た。


「リン。待たせたね。馬車を調達してきた。ここからはあれに乗って塔まで行こう」


 リンがユインの指し示すほうを見ると通りの脇に馬車が一両停まっている。


 リンはそれを見てユインと初めて出会った時のことを思い出す。


 あの時も確か彼はこんな風な馬車に乗っていた。




 グィンガルドに来る以前、リンはミルン領のケアレというのどかだが何もない土地で奴隷階級として農作業に従事していた。


 ある日、ケアレを訪れた魔導師ユインによって才能を見出されグィンガルドの学院に入学するよう勧められる。


「君には魔導師の才能がある」


 ユインは会ったばかりのリンに対してそう告げた。


「私と共にグィンガルドに来ないか?塔の学院で魔導師になるための修行が積めるよ」


 リンはこの誘いに二つ返事で乗った。


 ケアレのことが嫌いなわけではなかったが、ここ以外のどこかへ行きたかった。


 話はあっさりと進んだ。ミルンの領主もちょうど口減らしをしたいところだったのだ。リンは二束三文で売り渡された。ケアレにリンとの別れを惜しむものは一人もいなかった。


 リンはユインに連れられて山を越え、海を渡り、数多の街を巡ってグィンガルドにたどり着いた。


 危険なはずの旅だったが、途中で苦難に遭遇することはなかった。


 ユインによると偉大な魔法の加護によって魔導師は世界のどこに行くにしても安全に旅できるのだそうだ。


 そして今、リンはグィンガルドにいる。


 リンは馬車に揺られながら塔までの道を進んでいた。


 リンとユインを乗せた馬車は渋滞に手こずっている他の馬車をよそに大通りを難なく進んでいく。


 これも魔法の力が働いているのかもしれない。


 リンはアトレアも人が押し合いへし合いしている雑踏の中へ、風が通り抜けるようにスルリと入っていったことを思い出した。


 魔導師は皆、渋滞の中にあってもスムーズに進めるようだ。


 大通りの街並みからは常に目新しいものが飛び込んでくる。


 見たことのない品物、得体の知れない店、珍しい生き物……リンはそれらが視界に入ってくるたびに目移りしてしまうものの、頭のどこかでは先ほど出会った少女、アトレアのことを考えていた。


 彼女との会話が頭の中にこびりついて離れなかった。


「リン。あんまりキョロキョロするな。みっともないよ。」


 ユインがたしなめるように言った。


「あ、すみません。……あの、師匠」


「なんだい?」


 リンはユインのことを師匠と呼んでいた。


 塔の学院に入学するにはいくつかのルートがあり、高位魔導師からの推薦による入学がその一つだ。


 推薦入学の場合、推薦者と入学者は師弟関係となる決まりだった。


 そのためユインの推薦によって入学するリンもユインのことを師匠として仰ぐように言われていた。


「これから僕は試験を受けるんですよね」


「ああ、私の推薦だけでは入学できない。試験で資質を証明しなければならないのだ」


「大丈夫なんでしょうか。魔導師の試験って難しいんじゃ……」


 リンは不安だった。


 先ほどのアトレアとの会話以来、街の誰もが知っている常識も備えていないことに気づいた。


 まだこの街に来て1日も経っていないのだから当然だが、そんなことで果たして試験に受かるのだろうか。


 ユインは何も教えてくれなかった。


 魔法についても、試験についても、学院のことについても……。


 師匠とは名ばかりでユインは本当にただリンをこの街に連れてきただけだった。


「大丈夫だよ。君に資質があれば受かるはずだ」


「試験というのはどういうものなんでしょうか」


「実際に受けてみれば分かる」


 ユインは会話を切るように素っ気なく言った。


 ずっとこの調子だった。


「あの、師匠は塔の頂上には行ったことがあるんですか」


「頂上?」


「はい。さっき広場で魔導師らしき女の子と話していて。彼女が言っていたんです。塔の頂点を目指してるって」


「リン。滅多なことを言うもんじゃない」


 ユインは呆れたように溜息をついて言った。


「いいかね。塔には世界中から魔導師が集まり、技を磨いて互いにしのぎを削っている。実力者はより上層に住むことができる一方で、無能者は下層に住むことを強いられる。塔の頂上にたどり着けるのは類い稀な才能に恵まれ、血の滲むような努力をした者だけ。まさしく選ばれし存在なのだよ。雲の上1000階層に住む『天空の住人』になれるのはほんの一握りの者。文字通り雲の上の存在というわけだ。君の才能では100階層、『雛鳥の巣』にさえ辿り着けないかもしれん」


「師匠は何階まで到達したんですか」


 そう聞くとユインは不機嫌そうに顔をしかめる。


「……君には関係のないことだよ」


 ユインはいかにも面白くなさそうに言った。


「君が話したという少女。そいつもどうせつまらぬ身分の者に違いない。塔の頂上を目指すなんて……。君はそういう戯言に耳を傾けてはいけないよ」


 そう言うとユインはそっぽを向いて黙り込んでしまった。


 リンはユインに対してちょっとした反感を持った。


 彼にはアトレアがつまらぬ身分の者とは思えなかった。


 彼女は、少なくともユインよりは小綺麗な身なりをしていた。


 ユインの格好もそれなりに立派だったが、履いている靴にはもう随分年季が入っている。




 ユインは馬車を塔の少し手前で停める。そこから二人は塔の入り口まで歩いた。


 塔に着く頃にはすでに夕暮れを迎えていた。


 改めて近くで見て、リンは塔の巨大さに圧倒された。


 遠くから見ると円錐形だったはずの塔だが、目の前で見ると壁が立ち塞がっているようにしか見えない。


 首を限界まで曲げてもその最上階を見ることはできず、左右でさえも地平線まで続いているように見える。


 塔にはその外周に沿ってアーチ状の入り口が無数に設置されている。


 アーチの大きさは様々で人一人がやっと通れるものから馬車や大きな荷物を搬入できるほどのものまである。


 それぞれの入口の人出も様々だった。誰も入らない入口もあれば、順番待ちで長い列を作っている入口もある。


 ユインは塔の外周に沿ってしばらく歩いた後、人気のない一つのアーチの前で止まった。


「ここから入ろう」


 リンはアーチの内部に目を凝らしてみた。


 奥に向かって通路が伸びており、内部は暗くてよく見えない。


 アーチの上部にはプレートが掲げられ文字で何か書かれている。


 しかしリンには読めない文字だった。


「これは『受験者用入口』という意味だ」


 リンが疑問を口にする前にユインが答えた。


「さ、早く入りなさい」


 ユインに背中を押されリンはおずおずと内部の暗闇に足を踏み入れる。




 外からは真っ暗に見えた通路だが実際に入ってみるとそれほど暗くはなかった。明るくもないが暗くもない、不思議な光加減だった。


 通路を真っ直ぐ進むとすぐに行き止まりに突き当たる。


 そこには鉄柵によって囲まれた檻のような空間があるのみだ。


 リンが戸惑っているとユインは鉄柵の扉を開け檻の中に入り込む。


 リンも入るとユインは扉を閉め「99階、試験の間へ」と唱えた。


 するとガクンと地面が揺れて、リンとユインを入れた檻は斜め上に上昇し始めた。


「これは……浮いている?」


「エレベーターというんだ。魔法の力で動いてるんだよ」


 リンは感嘆の声を上げた。


 エレベーターは右に行ったかと思えば左に行き、上昇したかと思えば下降する。たちまちリンは自分がどのくらいの高さにいるのか、どちらの方角を向いているのか分からなくなってしまった。


「まるで迷路だ」


「その通り。この塔の内部にはエレベーターの通路が張り巡らされており、動物の血管のような役割を果たしている。エレベーターは正しい呪文を唱えなければ動かない。塔のより上層に行くためにはさらに高度な魔法が必要になる。この塔が難攻不落と言われる所以だ。魔法を使えない無能な人間では移動すらままならないというわけだ」


 ユインは声に優越感を滲ませながら言った。


「どうかね、リン君」


 ユインは塔の威容を誇示するように腕を広げて見せる。


「これでもまだ塔の頂点を目指すなどという世迷言を並べるのかね。なんの魔法も使えない君が!」


 ユインは嘲るような笑みを浮かべながらリンを見下して言った。


 リンはただ無言で顔を赤くし、俯くことしかできなかった。


(下手なことを言わなければよかったな)


 リンは自分がしがない奴隷階級に過ぎないことを思い出した。


 魔導師になろうとすることさえ大それた考えなのだ。


 初めて魔導師の街を訪れて感じた高揚感は早くも苦いものに変わろうとしていた。


 リンはユインの言う通りアトレアとした会話を頭の中から追い払うことにした。


 二人を乗せた檻は暗く曲がりくねった通路をひたすら進んでいく。




 次回、第3話「奇妙な面接」

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