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第19話 隠者の助言

「なに? 貴族の女が気になるだと」


 シャーディフはしばし作業の手を止めてリンの方を向いた。その表情は呆れ果てているといった感じだ。


「やめとけ。やめとけ。身分を超えた恋愛なんてやるもんじゃねーよ。めんどくさいだけだ」


「はあ」


 リンは気の無い返事をしながら目の前の機械に配線を繋ぐ。


 リンとシャーディフは機巧魔導の授業を一緒に受けているところだ。


「人間には分相応の生き方ってもんがある。俺はそれを超えようとする人間をゴマンと見てきたがな。みんなことごとく不幸になったよ」


「でも魔導師になれば身分は関係ないって、貴族も奴隷も関係ないってテオは言ってましたよ」


 リンはムキになって反論するというほどでもなくあくまで普段通りの調子で言った。


「あのなぁ、リン。それは建前ってもんだ。しかもお前は奴隷階級出身だろ。貴族の娘となんて結婚しようものなら親類縁者全員出張ってきて結婚を阻止してくるだろう。下手すら社会的に抹殺されかねんぞ」


「別に僕も彼女とどうこうなろうというわけではありませんよ」


 リンは肩をすくめてみせる。


「ただ彼女はやたらとテオに絡んでくるんです。僕はいつもテオのそばにいるでしょう。そうなると嫌でも目につくし、時々僕の方にも話を振ってきたり、場合によっては手が触れ合うこともあるんです。彼女が僕のことなんて気にしてないのはわかっているんですが……どうもね」


「なるほど。それは厄介だな」


 シャーディフは腕を組んで考え込む。リンはクスリと笑う。こんなしょうもない相談でも真面目に考えてくれるのがシャーディフのおかしなところだった。


(こういう風に要領が悪いから何度も学院を留年しちゃったんだろうな)


 リンは機巧魔導の授業を通してシャーディフと親しくなっていた。


 機巧魔導の授業は基本的に二人一組で行う作業が多かったが、テオは早々にやめてしまったため、リンは毎回シャーディフと組んで作業していた。


 初めは彼のことを怖がっていたリンだが、話しているうちにさすが齢を取っているだけあって、世間のことに精通しておりためになる話をたくさん聞けた。


 しかも彼はその世捨て人のような身なりの割に朗らかで面白く一緒にいて楽しめる相手だった。


 リンのような年下に気安くされても嫌な顔をせずむしろ対等に接したがる。


 年上の話を聞くのが好きなリンはすぐにシャーディフに懐いた。


「それにしても……」


 リンは目の前の作業を見て溜息をついた。


「気の滅入る作業ですね機巧魔法っていうのは」


 渡された設計書通りに機械を組み上げるのがその内容だが、その作業は煩雑で退屈だった。


 初めは設計書に沿って行われる作業を楽しんでいたリンだったが、延々似たような作業をチマチマ繰り返すことに辟易してきた。


 機巧魔法が近年にわかに脚光を浴びて発達してきた分野であるのは本当のことのようだ。


 しかし機巧魔法初歩の授業は言ってみればブラックバイトだった。


 手当つきで将来に役立つ知識も学べるということだが、その手当は薄く、学べることは無いに等しかった。


 こなした設計書の数だけ歩合制で給料が支払われるのだが、実際にかかった作業時間をもとに年間の給料を換算してみると、その辺のアルバイトよりも割に合わない労働であることが分かった。


 授業時間だけで、あるいは授業時間外に作業したとしても、年間100万レギカ稼ぐのは不可能だった。


 テオはそれが分かるや否や「やってられるか」といって授業を無断欠席するようになった。リンは世の中の仕組みについてほとほと思い知らされた。


「当たり前だろ。これはブラックバイトなんだからな」


 シャーディフがさもありなんとばかりに言う。


「やっぱりそうなんですか」


「機巧魔導士が塔の上層階で知能的かつ高給取りの職業なのは本当だ。ただし身についている技能や知識によって格差の激しい職業でもある。何重にも下請けが存在する重層的な構造をした業界なんだよ。上流工程は高い知識と技能を求められる代わりに高給だ。一方で下流工程は低い知識と技能でも請け負えるが割に合わない薄給。ここは下請けも下請け。ま、最底辺ってところだな。こんな設計書が読めるようになっても大して将来の役に立たん」


「そこまで分かっててシャーディフさんはどうしてこの授業に出るんですか」


「借金で首が回らないからに決まってんだろ。俺は学院に20年近く在籍して、その間ずっと奨学金で学費を払ってるんだぞ。もはや返済は不可能だ。利子を払うことすらままならん。そこで魔導師協会と交渉した結果、奴らが借金返済の代わりに提示してきたのがこの授業を受けることだ。奴らとしても魔法文字を読み書きできてかつこういう低級労働をしてくれる人材は不足しているようでな。かろうじて売り飛ばされずに済んでいるというわけだ」


「はあ」


 リンは少し呆れた。


 そこまでして学院在籍にこだわる意義はあるのだろうか。


 借金で首が回らなくなる前にほどほどのところで諦めていればもっとマシな人生を送れただろうに。


「ま、とにかく手当の出る授業はほとんど授業の名を冠したブラックバイトだ。でない方が賢明だぜ」


「はい。僕とテオも後期はこの授業に出ないつもりです。代わりに有料の授業を何か受けようと思っています」


「賢明な選択だ、と言いたいところだが実はそこにも罠がある。高額の授業ばかりとっていると奨学金の借金が膨れあがって地方での仕事じゃ食っていけねぇ。さらに塔の各階層に出入りするためには学院での学費のように実質的な在籍費がかかる。それは階層が上がるごとにどんどんカサ増しされていく。そこで高い給料をゲットするために命懸けで塔の頂上を目指す必要があるわけだ。そうして魔導師達は否応なく才能によって選別される。才能のある奴はどこまでも登り詰め高給の仕官先と名誉、さらには権力を手に入れる。一方で才能のない奴は借金でにっちもさっちもいかなくなり、やがて奴隷として売り飛ばされるか、あるいは俺のようにダラダラ塔の隅っこに居座るかだ。貴族や資産家であれば実家に金を肩代わりしてもらえるがな。しかし深入りすれば奴らとて人生が狂うだろう」


「……となると、やっぱり無課金の授業だけで、なるべく授業料を節約して卒業した方がいいんですかね」


 そう言うとシャーディフはまた腕を組んで難しい顔をする。


「そうだな。確かに無課金の授業だけで卒業すれば奨学金返済の圧力は幾分弱まるだろう。しかしそこにもまた罠があってだな……。まあそれはここで暮らしていればおいおい分かるだろう。とにかくこの塔で暮らしていきたいなら身の振り方についてきちんと考えなくちゃならん。特にお前のように身寄りのない奴はな」


 そこまで言い終わるとシャーディフは急に顔をしかめる。


「っ、今日は調子が悪いな」


 シャーディフは配線を繋げる作業をしていた。魔力を注ぐことで接合部が変形してつながる仕組みになっているがシャーディフはうまく魔力を出せないようだった。リンはシャーディフの代わりに配線に魔力を注ぐ。


「すまんな」


「……いえ」


「この齢になってくるとちょっと魔力を出すのにも難儀する。こんな簡単な作業にも手こずっちまう始末だ。まあろくに修行せずにダラダラ過ごしていたのが悪いんだろうがな」


 さすがにシャーディフは疲れたような表情を見せる。


 どれだけ強がっていても彼の浪費した年月と体力の衰えは隠しようもなかった。


「あなたももっと真面目に勉強していればこんなことにはならなかったでしょうに」


「確かに俺にも不真面目な部分はあったかもしれん。だが、そういう問題でも無いんだよ。そもそも俺には才能が無かった」


 シャーディフはため息をつきながら遠くを見るような目になる。


「俺も一時は高等クラスまで上り詰めたんだがな。そこで何をやっても勝てない奴に会っちまった。同期だったが、俺はそいつが天才だと思ったよ。しかし奴でさえ、200階が限界の凡人だった。塔上層にいる真の天才からすれば俺とあいつなんてミジンコとアリンコくらいの違いでしかねえ。それが分かってからは何をやるにもやる気が出なくてな。落第と留年を繰り返し、今では必死にアルフルドにしがみつくだけの人生だ」


「どうしてそこまでしてアルフルドにこだわるんですか? レンリルなら多額の借金を背負わなくても暮らしていけたはずなのに」


「見てみたいんだよ。俺や同期がどれだけ足掻いて手を伸ばしても届かなかった、この塔の頂点、天空の住人になる奴のツラをな。そのためにはレンリルではダメだ。アルフルドならわずかとはいえ上階層の情報が伝わってくる。アルフルドで踏ん張る必要があるんだよ」


 リンは苦笑した。


「あなたも酔狂な人ですね。」


 リンは呆れはしたもののその人生を棒に振る潔い生き様には感じるところがないでもなかった。


「それで、1000階層に到達しそうな人は見つかったんですか?」


「ああ、見つかった」


「見つかったんですか?」


「ドリアスってやつだ。まだ学院生のひよっこ魔導師だが、やつは間違い無くここ二十年で最高の逸材。覚えておいて損はないぜ」


「学院生の時点で才能があるかどうかなんて……そんなことどうやって分かるんですか」


「ふっ。リン、俺をなめんじゃねーよ。これでも人間だけはたくさん見てきた。そいつらのたどった運命もな。今となっては顔を見ただけでそいつの才能が大体わかるようになったぜ。こいつは200階までが限界、こいつは300階までが限界、といった感じにな」


(ふむ)


 リンはこの話題に興味を持った。シャーディフの言い方はいかにも自信あり気だ。彼には魔導師の才能を見抜く眼力が本当にあるのかもしれない。リンは以前から気になっていた疑問をシャーディフにぶつけてみることにした。


「では僕はどうですか。僕にはどのくらいの才能がありますかね。天才になる可能性とかあります?」


 シャーディフはチラリとリンの顔を見ただけですぐに作業に戻る。


「ないな。お前からは何の才能も感じられん。たゆまず努力を積んだとしても100階まで、さらに運に恵まれたとしても200階が限界だ」


 それだけ言うとピタリと作業を止めて、今度は哀れみの目でリンの方を見てくる。


「悪いことは言わん。さっさとこの塔から離れろ。俺のようになる前にな」


 リンは話半分に聞いておくことにした。




 次回、第20話「マグリルヘイムのスカウト」

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