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アンデッド・リプレイ  作者: tukimi
第一章 転生
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第六話 孤児院

この街には孤児院が存在する。

身寄りがいない子供、虐待をされた子供、捨てられた子供、など、

家庭の都合上、止む終えず、子供達を預けたり、育てたりしているのが、この孤児院だ。


孤児院はたった一人の修道女(シスター)で賄われている。

国からは一切援助金を受けていない。

全部修道女が無償でやっていることなのだ。

凡そ、二十人にも及ぶ子供たちの世話を。

中々出来ることではない。


けれども、善意ある素晴らしい行いだからと言って、金銀が湧き出てくる訳でも、財宝が降ってくるはずもない。

自給自足で食品を浮かしたり、修道女が持ち前の回復魔法を活かして簡易病院を開いたりして、何とか生計を立てているらしい。


ところが、不運な事故により、修道女が腰を痛めてしまったらしい。

回復魔導師ならば、自分で癒せばいいじゃない。 と言いたいところだが、そうもいかない。

回復魔法は対象の年齢に伴いその効力を失う。

年齢を重ねるのにつれ、自然治癒能力や免疫力を失なってしまうのは自然の理で仕方のないことだ。

自然治癒能力自体が衰えてしまっては、いくら治癒魔術で促進させたところで意味はない。

むしろ、自然治癒能力を使い過ぎて、早死にさせてしまう危険すらある。

修道女はもう七十歳を迎えたヨボヨボのお婆ちゃんだ。

この年齢になっても今まで経営を続けて来たことの方が、不思議なのだ。

ただでさえ、 孤児院の経営は火の車。

人件費に割ける余裕などない。

そのため、急遽、代理孤児院長を募集することにした。

期限は、修道女の怪我が完治するまでの間。

要約すれば、未定だ。

給料もでない。 善意で子供世話をしろ。 という言葉に耳を傾けるものは少なかった。

その上、この時期は冬越しで忙しい中だ、余裕のある家庭など、どこを探しても見つからない。

修道女も諦めかけていた。

彼女と出会うまではーー



✳︎



「本当に行くの?」


僕はため息混じりに尋ねる。


「ええ、行くわよ、困った時は助け合いよ」


母さんは微笑みながら、「当たり前でしょ?」と言わんばかりに答える。

気持ちは分からないでもない。

人助けはいいことだし、咎める理由もない。

でも、それは余裕のある人に限るだろう。

わざわざ、うちがやる必要はないだろう。


「リンちゃん。 人と人の繋がりは大切なことなのよ。 それこそお金じゃ買えないぐらいにね、助けることが大切じゃないの、労わる思いが大切なのよ」


そう言われてしまうとぐうの音もでない。

あまりの神々しさに僕はその場で膝ま付きそうになった。


母さんは修道女に出産の際にお世話になったのだという。

つまり、僕と姉さんが産まれたのも彼女のお陰ということになる。

それならば、やぶさかではない。

でも、母さんにも育児がある。 孤児院の世話をしつつ自分の家に戻って家事まで行うなんて芸当はできない。

ならば、僕ら一行が孤児院にお邪魔し、面倒を見よう。 ということらしい。


ただ、 一番、腹ただしいのは、父さんが、『後は頼んだ!』 と書き置きを残して何処かへ逃げてしまったことだ。

その置き手紙を見た母さんの形相を見て、僕は何も言えなかったけれど。



✳︎



孤児院はまるで、教会のようだった。

詳しく言うと、教会の廃墟そのものだった。

ドアを開ければ、中からコウモリを引き連れた吸血鬼が襲ってきそうな雰囲気が漂っている。

丁度、夕暮れ時というのが相まって余計に恐怖を駆り立てる。

孤児院を見た姉さんは半泣き状態になるほど、不気味な空気が流れていた。


「葉月です。 約束通りお手伝いに来ました」


母さんがドアをノックしながら、返事を待つ。

返事が返ってくることなく、ドアが開かれる。

目の前に現れたのは、ヨボヨボのお婆さん。

ではなく、

黒いタキシード姿が似合いそうな長髪の顔面蒼白で細身の男だった。


「ヒィ!?」

「翔さん!」

「あら、こんばんわ、九十九さん」

「どうも、こんばんわ」


姉さんが短い悲鳴を上げるのも無理はない。

僕も翔さんと顔見知りでなければ、絶叫していたことだった。


「孤児院のお手伝いなんて、立派ですね」

「そんなことないですよ」

「私も日頃お世話になっている恩返しをしたいところなんですが、何分不器用なもので、それにこの子もいるのでね」


翔さんは身を少し横にずれると、翔さんによくにた色白の女の子が顔を見せた。


「あら、久しぶりね、チアキちゃん。 おばさんのこと覚えてる?」


母さんが、声をかけると、身を隠すように、翔さんの足にしがみつく。


「すみません。 恥ずかしがり屋なもので、千秋、挨拶は?」


彼女は首をブンブンと振りながら、必死に抵抗する。

心なしか、顔が赤らめているようにも見れる。

実に愛らしい。

そういえば、僕も昔は恥ずかしがって誰とも喋れなかった。

初対面の人は中々言葉が出ないものだ。

ここは大人な僕から会話をしよう。


「こんばんわ、チアキちゃん」

「……………」

「……えっと、僕の名前は葉月凛です。 よろしく」

「……………」


か、会話が続かない……。

始まってすらいない。

大人の僕のボキャブラリーは、この程度だったのか。

何か、共通の話題とかなかったか?

というか、子供同士ってどんなこと喋るんだっけ?

そもそも、子供ってどういう喋りかただっけ?


「あの……」


チアキちゃんは、今にも消え入りそうな声を振り絞りながら、


「よ、よろしく、おねがいします……」


と、だけ発した。


「はい。 よろしくお願いします」


不覚にも、顔を赤らめる彼女に胸が高鳴りそうになる。

いやいや、大丈夫だ。 これはラブではなくライクだ。

断じて、僕はロリコン属性など存在しない!

落ち着け、二十歳だとういうことを思い出せ、自分!


「修道女さんの容態は?」

「しばらく、身動きは難しいそうですけど、心配するほどではありませんよ。 相変わらずお元気でした」

「それはよかったです。 あと、これは個人的な話なんですけど」

「はい?」

「もし、うちの主人が、お宅にお邪魔するかもしれません。 その場合、縄で縛ってうちの前に捨ててください」


そう、笑顔で頼んでいる母さんはこんな古びた教会なんかより、何十倍も怖かった。




✳︎



孤児院の朝は早い。

午前四時半。 まだ朝日が昇ったばかりだというのに、叩き起こされる。

修道女が管理しているとだけあって、生活面は徹底されているのだ。

五時にもなると、孤児院全員が身支度を整え、女神像の前に集まる。

そこで、朝のミサを行うのだ。

ミサと言っても、女神の像にパンとぶどう酒を捧げ、お祈りをするだけだ。

仏壇に線香を挙げるのとなんら変わらない。


ミサが終わり、朝食を取る。

いつもよりも質素な食事だったが、腹は膨れた。

芋やスープなどで、満腹感を得られるように作られているのだろう。

育ち盛りの子供にも満足させられるように、よく組み合わされた献立だ。

特に、芋の煮っころがしが美味しかった。

砂糖を使わずに少量の塩と水で味付けされたとは思えないほど、甘いのだ。

芋はどこをどう見てもジャガイモだというのに、人工香味料の甘さではなく、自然の奥深い甘みが滲み出てくる。


この世界の料理は単純なものが多い。

いや、世界を渡り歩けば、変わった料理があるかもしれない、あくまでもこの地域の料理が正しいな。

味付けは塩と香辛料のみで、醤油もなれば、マヨネーズもない。

調理も焼くか茹でるぐらいで、蒸したり、揚げたりはしない。

無論、駄菓子やファーストフードは存在しない。

そんな単純な料理だというのに、どの料理も旨い。

素材の味が引き立っているというか、自然の旨味というか、前世では味わったことのない味ばかりなのだ。

不服がない、わけではない。

たまに体に悪そうなジュースや油ギトギトの唐揚げがどうしても食べたくなってしまう時もある。

頑張れば、ポテトチップスぐらい作れそうな気もするが、それはまた今度にしよう。


朝食を済ませた後は、それぞれの作業に戻る。

年長組みは内職を、年中組みは赤ん坊や年下の面倒を見ている。

年初組みは遊ぶのが仕事だ。

僕は年中組みに当たる。

けれど、心は大人だ。

既に、成人を迎えた立派な大人なのだ。

ゆえに、年長組みの仕事をしてもなんら可笑しくはない。

断じて、子育てが面倒くさいと思ったわけではない。


内職は葉を織り込んで籠を作成していた。

葉を織り込みだけなので、素材費用もかからないし、怪我の危険性もない。

安全な内職だ。

完成度は十歳そこらの子供が作ったとは思えないほど、かなり高く、市販されても可笑しくない出来を誇っている。

ただ、時間がかかるのと、需要が少ないということで売れ行きはよろしくないらしい。

試しに、僕も作ってみたが、歪なゴミ箱が出来上がってしまった。

どっちがゴミか分からないレベルだ。

生まれ変わったところで、手先の不器用さは変わらずか……。


気を取り直そう。

僕には魔法がある。

今の所、たいした成長はしていないけれど、最近一つ面白いことを学んだ。

回復魔法の強化魔術の初級に『身体上昇(パワーアップ)』という魔術である。

これを詠唱すると、筋力が上がり、鋭敏な動きが可能となる。

ただし、欠点が二つある。

一つは使用したあと反動がかかること。

使えば使うほど反動は大きくなるらしい。

二つは魔力を多く消費すること。

一点に筋肉を増やしてしまうと体に異常をきたし、最悪、血管が破裂してしまう。

それゆえに、体、全体を巡るように筋肉を均等に強化させる必要がある。

使用する箇所が増えるということは消費される魔力が増えるということだ。

だから、この魔法はここぞという時にしか使わない。 いや使えない。


そんな『身体上昇』だが、使ってみると、面白いほど強くなる。

見た目はそれほど変わらないが、走るのも速くなっているし、重い岩も軽く持ち上げられる。

一番驚いたのは、軽くジャンプするだけで2メートルも跳ぶことができる。

足がバネにでもなったかのようだ。

前世の常識からすれば桁外れな飛距離だが、この世界の常識すればまだまだ標準以下だ。

父さんなんか、魔法を使わずに3メートルぐらい飛んでいた。

魔法を使わずにこれだ、魔法を使えば恐ろしいほど跳べるだろう。


もっとも、僕は高く跳びたいのではない。

跳びたいのではなく、飛びたいのだ。

漫画やアニメで空を飛んでいるのを見るたびに憧れを描いていた。

こんなことが出来たら、どれほど楽だろうか、と。

そんな幻想も魔法が存在するこの世界なら、叶えることができるかもしれない。


まず『身体上昇』を使用し、跳ぶ。

実験なので、1メートルぐらいの高さに抑えておく。

次に、風属性魔術の『風球』をしようする。

風球は風玉の発展版で、生み出した風玉を発射させることができる。

僕が初めにイメージした水玉の形はまさにこれだった。

上空で風球を下に発射し続けることで浮くことができるーー と予想していた。


「いでっ!?」


結果は大失敗だった。

風球では空中で浮くことが出来ず、落下し、尻餅をついてしまった。

威力が足りないのもあるが、範囲が圧倒的に足りない。

片手だけの範囲では一人の子供が浮けるだけの風力さえ生み出せない。

それに、二つの魔法を同時に発動するのが思いの外難しかった。

方程式を解きながら、走っているような感じだ。

あと、魔力量不足。

凡そ一分しか浮上しなかったというのに、既に僕の魔力は半分近く削られていた。

身体上昇の維持に今まで以上の風球の放出。

全てを可能にするには、僕の魔力では到底足りない。


まだ特訓が必要だな……。

まずは、魔力総量の上昇。

こればかりは地道な努力しかない。

次に、風球の強化もしくはそれ以上に効率のいい魔法の発見だな。


「ん?」


ふと、考え事を止めると、十人近くの子供に周囲を囲まれていた。

え? 何これ。


「もう、リンたら、何遊んでるの! 子供のお世話しなくちゃだめじゃない!」


中心にいた姉さんが珍しく怒っている。

それも、仕方のない話だ。

僕が内職すると言っておきながら、あっさりと飽きて、魔法の実験をしているのだから。

嘘を吐いて、逃げて、遊んでいるのだから、叱るのも当然だ。


でも、流石におままごとは勘弁してほしい。

この歳での、おままごとは、恥ずかしすぎて胃に穴が開いてしまいそうになるのだ。


「お兄ちゃん。 今、なにやったの!?」


一人の子供が興味津々に尋ねてくる。

よく、周りを見渡せば、どの子供も嬉々とした表情を浮かべている。

先ほどの失敗が子供たちにとっては興味を引くものだったらしい。

ラッキー!

このまま、おままごとから魔法に興味を移してしまおう。

そうすれば、面倒を見ていることにもなるじゃないか。


「今のは魔法だよ」

「まほうってなに?」


魔法ってなに? って言われてもなぁ……。

むしろ聞きたいのは僕の方だ。

とりあえず、適当に流すか、子供だし。


「呪文一つで、水を出せたり、傷を治すことだよ」

「どうして?」

「なんで?」


いや、そんなこと聞かれても……


「ねぇ、どうやったら魔法が使えるの?」

「私にも魔法できる?」

「おまえ、誰だよ」

「誰から教えてもらったの?」

「お空にも浮けるの?」


有象無象に喋られても困る! なに言ってるか、分からないじゃないか!

僕は聖徳太子じゃないんだぞ。

一人ずつ、喋ってくれ!


「さっきのやつまたして!」

「魔法もっと見せてよ!」

「見せろ」

「すごい魔法して!」


さっきの奴か……あまり見せたくないんだよなぁ。

恥ずかしいし、何より、恥ずかしいし。


「ふふん。 じゃあ、お姉ちゃんが見せてあげるわ!」


姉さんは自信満々に子供達の期待に応えようとしている。

だが、どうだろう?

姉さんの魔法で子供達の期待に応えられるだろうか?

僕の不安をよそに、姉さんは詠唱を始める。


「水の加護よ、我が手に集え、『水玉』!」


ぶくぶくと、液体が手に纏わりついて行く。

それだけ。

それ以上なんの変化も起きない。


「ふふん。 どう?」


姉さんは自慢気だが、それに対して子供達の反応は、


「つまんなーい!」

「ただの水じゃん!」

「もっと、面白いことしてよ」

「すごい技がみたーい!」

「それがなんなの」

「がっかり」


やめろ、それ以上は姉さんの傷口を広げるのは、やめてくれ!

ああ、姉さん、そんな顔をするな、泣くな泣くな。

もう、見ていられない。

子供達の反応が良さそうで人畜無害な魔法。

ひとまず、出してみよう。

良し悪しはそれからだ。


水魔術の初級、『泡』

名の通り、ただの泡だ。

それも細かい泡ではなく、シャボン玉のような泡だ。

呪文も短く、詠唱もお手軽な魔法だ。


「水よ、膨らみ大空に羽撃け、『(バブル)』」


手を中心にシャボン玉がぶくぶくと出てくる。

使いようのない魔法だと思っていたが、子供相手には効果覿面だった。

面白いように寄ってくる。

泡をそこらじゅうに撒き散らすとそれを追ってきゃっきゃっと喚くのだ。


「すごーい!」

「なにこれ! なにこれ!」

「うひゃー!」

「もっと! もっと!」


ふっ、所詮ガキの集団だ。

あとは、はしゃぎ疲れるのを待つだけだな。

子供の体力なんて、すぐに尽きるだろう。

え? もっと見せろって?

いや、これ以上は魔力が持たないって、

だから、少し休まないと……。

やめろ、こっちにくるな!

うわぁああああ!!



その後、めちゃくちゃ、魔法を出させられた。



✳︎



昔々、ある王国で原因不明の病が流行した。

その病に罹ったものは、酷い熱にうなされ、皮膚が爛れ、理性を失ってしまう。

このままでは、国が滅んでしまう。

王様は大慌てで助けをを求めた。

事態を解決しようち、王宮に集まった人物は三人。

一人目は屈強な肉体をもった剣士。

二人目は博識な頭脳をもった魔術師。

三人目は国の中で最も年齢を重ねていた老人。


一人目の剣士は豪語した。

「この俺が、世界を巡り、この病を治す薬を探し出してみせよう」

王は、剣士の勇ましさを讃え、黄金の剣と鎧を授けた。


二人目の魔術師は誓った。

「私が、持てる全ての知恵を使って、この病の原因を見つけて見せよう」

王は、魔術師の誓いを信じ、神樹の杖を授けた。


三人目の老人は宣言した。

「この病は治せない。 今すぐ、感染者を焼き殺すべきだ」

王は、老人の言葉を非難し、国から追放した。


数年後。

剣士は旅から帰ってこなかった。

それどころか、現状報告の手紙すら返ってこなかった。


魔術師は成果を出せないことに苦悩し、精神を病み。

自ら、その命を絶った。


王は後悔した。

老人の言うことを信じていればよかった。 と。

病に堕ち動けぬ体のまま、王は死ぬまで、老人に懺悔した。



✳︎



「お終い」


『悲劇の王国』というタイトルの短編小説というか、童話に近い物語を僕は読まされている。

四、五歳の子供達相手に、だ。

ここは、寝室。

ーーという名の物置小屋のように古臭い部屋だ。

僕は魔法の消費しすぎ、倒れこむように、眠ろうとしたのだが、それを妨げたのが、例によって孤児院の子供達だった。

彼らは手に沢山の本を掲げ、読んでくれと、せがんできたのだ。

いつもは、修道女が読んでくれるのだが、就寝時間になると、どれほど頼み込んでも続きを読んでんでくれないらしい。

どこから知ったのか、僕に読み書きができると知って、ここまで来たらしい。

まぁ、本を聞きたい半分、夜更かしがしたい半分。と、いった所だろう。

修学旅行なんかで、夜更かして、恋バナしたり、怖い話をしたり、外に繰り出したり、なんてしたくなるのと同じだ。

僕も、初めは嫌々だったが、子供達の勢いに負けて一冊だけ、と読まされってしまったわけだ。


その物語の内容は救いようのないバットエンドで締めくくりられている。

明らかに、幼児向きではない。

前世では童話も子供向けにアレンジしたものが主流になっていたが、今世ではそんなアレンジを施している様子はない。

それに、この物語には教訓がないように見て取れる。

昔話には、悪さをしてはいけないとか、騙すのは良くないとか、わかりやすい善悪の物語があるのだが、

この物語には誰も救われていないし、わかりやすい悪がいない。

亀の甲より年の功とか、他力本願ではいけない。とも取れるが、

老人の宣言を聞きとった所で、病は治るとは限らないだろうし、結局誰が正しかったのかよくわからない。


こんなことを考えるようじゃ、僕の子供心という奴は喪われてしまったのだろう。


子供達に関しては内容などどうでもいいようで、次、次と急かしてくる。

内容を理解し、膝を抱えてガタガタ震えている感情豊かな人物はこの場には姉さんしかいなかった。

というか、一冊だけという約束はどうした。


この童話の作者はどんな人なのだろう。

ふと、疑問に思い、本の裏表紙を覗き込む。

作者の写真もあとがきのようなものもなかったが、

ファルファッレ。 と、まるでパスタみたいな作者名だけが記載ていた。

どんな人物なのか、逆に気になるな。



「コラーッ!! 餓鬼共! とっくに就寝時間過ぎとるぞ!」


突然、大声が鼓膜を破らんばかりに震わせる。


「げっ、ババァが来た!」

「ヤベェ、バレたら、飯抜きになっちまう」

「アハハ、にげろー! にげろー!」


まるで、鼠のように、有象無象に散っていく。

手馴れた動きを見て、この光景が毎晩のように、行われているのが、容易に想像できた。

この様子だと、毎晩の如く、夜更かしの会は開催されていたらしい。


修道女(シスター)さん。 あまり、大声を出されると、体に毒ですよ」

「ふん、 年寄り扱いするんじゃないよ、桜。 腰を痛めただけで、儂はまだ健在じゃ」

「はいはい」


二十人にも及ぶ、孤児院を無償で行う修道女。

どんなに慈悲深い人物かと思っていたが、普通の婆さんだ。

修道女の言う通り、杖はついているが、まだまだ元気そうで、あと十四、五年は生きていそうだ。


「ほら、リンちゃんとお姉ちゃんもはやく寝なさい」

「うん。 姉さん、ランプの火を消すよ」

「いや! 暗いの怖い! 病にかかっちゃう!」


いや、怖がりすぎだろう。

それに、暗いことと病に何の関係性が……。

そういえば、子供の頃は視界が塞がるのに恐怖を感じてたっけ。

病=恐怖=暗闇。 という図式が姉さんの中で立っているのか。

その図式が成り立たない僕としては、恐怖を共感してあげることができない。


「姉さん。 あれはフィクションだから、未知の病も、滅んだ国もないんだよ」

「え!? そうなの?」

「昔話は大抵作り話だからね」

「いや、あった」

「「え!?」」


僕の説得を遮ったのは、何を隠そう、修道女だった。


「確か、国名は忘れてしまったが、それは実話じゃ、実際、国を滅ぼした病の記録が残っておるからの」

「そ、そんな……」

「いや、でも、今の回復魔法なら、治せるって」

「いや、無理じゃな」


ババァ……!

姉さんが、ガクガク震えだしたじゃねぇか!

僕の安眠を返してくれ!


「病名は、『屍人病』 感染した奴は肉体が腐り、理性を失い、人を喰う獣と化す。 現代魔術学を持ってしても、治らん、不治の病じゃ」


屍人病?

なんだそれ、本の内容より悪質じゃないか。

それに、人を喰う獣なんて、まるでゾンビじゃないか。


「修道女さん。 うちの子供をあまり怯えさせないでください」

「カッカッカ! すまんな、どうもうぬらを見ると、アヤツの顔を思い出して、苛めたくなってしまう」

「アヤツ? 父さんのことですか?」

「如何にも、うぬの父は昔は手もつけられない悪餓鬼でな、ちと教育を施した仲じゃよ」


なるほど、だから、父さんはここに来たくなかったのか。

逃げるなんて、父さんらしくないと思っていたけど、そういうわけか。

それにしても、あの脳天気な人にどんなことしたら、逃げ出すほどのトラウマを植え付けられるんだ?


「さて、そろそろ、寝るとするかの」


いや、お前のせいで姉さんが、怖がって寝れない……?


「寝てる……?」


彼女は物の見事にとに寝ていた。

今まで、震えていたのが、嘘のように気持ち良さそうに寝ていた。


心当たりがあった。

回復魔法の治癒魔術に、睡眠を誘発させ、神経を休ませる 『睡魔』という魔法が。

階級は、確かーー


「小僧も眠れ」


僕はいとも簡単に眠りに落ちようとしていた。

見誤っていた。

詠唱もせず、喋りながら、悠々と、上から二番目の階級である超級魔術を扱える人物。

あの父さんが恐れる理由がわかったような気がする。

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