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アンデッド・リプレイ  作者: tukimi
第一章 転生
3/6

第三話 家族

自己の証明。

自分が自分であるということの証明。

自分がどのような人物であるかを語ることぐらいなら誰でもできる。

でもそれは、自己証明ではなく、自己紹介に過ぎない。

命題は紹介ではなく、証明。

そもそも、人は本当の意味で自分という人間を理解できているのであろうか?

理解した気になっているだけなのではないだろうか。

名前も、感情も、意志も、全て自分のものだと、言い切れるだろうか。

名前は、親が名付けた固有名詞でしかない。

感情は、周りの影響からなるものでしかない。

意志は、容易く変化してしまうものでしかない。

感情も、意志も、精神も、記憶でさえも、時間が簡単に本質を変質させてしまう。

果たして、そんなものを自分だと証明することなんて本当にできるものなのだろうか?


僕は葉月凛。

この世界では、だ。

僕には前世の記憶が存在する。

理由は分からないけれど、思い出したのだ。

では、問題。

果たして、僕は葉月凛だろうか?

身体は葉月凛の幼い身体だ。

精神は平凡な大学生の精神だ。

身体は目に見えるから、葉月凛という人間の証明ができる。

精神は目に見えないから、前世の人間であるという証明ができない。


例えば、五歳児では到底できないであろう漢字の読み書きや数学の問題なんかを解いて見せたりしたとしよう。

だが、それでは証明には至らない。

天才だの秀才だのと褒められお終いだ。

例えば、前世にしかなかったもの、携帯電話やインターネットのことを語ったとしよう。

だが、それでは証明には至らない。

奇人だの変人だのと笑われてお終いだ。


自己証明なんてできやしない。


なぜわかるかって?

全部、実践したからだよ。

お陰で、可哀想な目で見られ、慰められてしまった。


僕の自己証明は失敗に終わり。

結果、長い間極寒の地に晒されてしまったせいで記憶が混濁し冷静な判断が取れない悲劇の五歳児になってしまった。


まぁ、前世の記憶を持ってるなんて、と気味悪がられるよりはマシだけれど、どうもむず痒い。

というのも、両親にあまり心配や苦労をかけるわけにもいかないので、時々葉月凛のフリをしている。

具体的に言うと、子供のフリである。

それが意外と難しい。

何より、恥ずかしい。

もう二十歳になるいい年をした大人が五歳児のフリというのは何かと堪えるものがある。


自己証明が出来ればこんなことをしなくてもいいんだけれど、

これ以上すると、本当に悪魔の申し子だのと言われ、家を追い出されかねない。

それに、僕としては、この暮らしに何の不自由も感じていない。

学校に行って怠い授業を受けなくてもいいし、ダラダラしても誰も咎めない。

勝手に料理は作ってくれるし、掃除だってしてくれる。

それどころか、大人しくしているだけで、「リンちゃんはお利口さんねぇ」と褒められるぐらいだ。

至れり尽くせりだ。

逆に申し訳ない気持ちになるほどに。

ああ、一生、子供のままがいいなぁ……。


こんなこと言ったら、また実現してしまいそうなので、心の中にしまって置こう。



✳︎



この世界は可笑しい。

前々から感じてはいたのだが、ようやく落ち着いて考えられる状態になった。

特に、言語。

この世界には、日本語が精通している。

しかも、平仮名、片仮名、漢字、全て前世と同じ扱いだ。

それどころか、四字熟語まで存在している。

ならば、ここは異世界ではないのか?

そう尋ねられても頷くことはできない。


ここが普通の世界ではないということは目の前の光景が証明しているからだ。

巨体な猪、全長は4メートルは軽く超えるだろうか、

熊をも超える巨体、大きく反り上がった牙、針金のように尖った皮。

どれを取っても異常だ。

そんな獰猛な猪を相手に、殺風と現れる一人の男。

男は刀剣を構え、至近距離(、、、、)でその刀剣を振るう。

刀剣は猪に触れることなく、猪は真っ二つに崩れ去る。

あの猪を一撃で屠る男も異常だ。

そして、

それを嬉々として見ている家族もまた異常だろう。


「ふぅー! 『牙猪(ファング ボア)』討伐完了」

「アナタ、お疲れ様」

「おう!」

「パパ、すごーい!」

「ハッハッ! そうだろう、そうだろう、パパはすごいんだ!」


何というか、よく平気であんなことができるなぁ、と感心する。

感心するしかない。

よくあんな化け物と戦って勝てるという思いと、そんなグロテスクな光景を見せつけられてよく平気でいられると、感心してしまう。

血みどろの獣の死体を嬉々として眺められる神経が理解できない。

それが、この世界の常識なんだろうけれど。

いや、違うか。

僕にとっての非常識に過ぎない。

狩りなら、前世でも当然のように行なわれていたんだ。

僕が普段から何気なく食べていた肉や魚だって、誰かが狩って得た物だ。

こんなの世界のどこにでもある光景なんだ。

だからといって、

この光景に耐えられるわけではない。


「ママー! リンが吐いたー!」

「あらら、まだリンちゃんには早かったかしら」

「ハッハッハッ! 男はそうやって成長していくもんさ!」


うるさい。

どうして、こんな血を見て平気でいられるんだろうか。

もう、しばらくは豚が食えそうにない。


やっぱり、この世界は異常だ。

『魔法』はあるし、『魔物」も出現してくる。

一体何がなっているんだろうか。



✳︎



先ほどダウンしてからようやく落ち着きを取り戻した。

その間に、猪は解体され、鍋の中でいい匂いが漂ってくる。

不覚にも涎が出そうな匂いだ。

あんなグロいものを見せつけられ食欲は失せたものだと思ったが、胃袋は平常運転だった。


僕は、気を紛らわすために本を読むことにした。

本は嫌いじゃない。

本が特別好きというわけでもない。

趣味がないと寂しいから、読書と言えるぐらいには好きだ。

驚いたのが、この世界には結構本が普及してたことだ。

魔法の発達した世界だと、印刷機や紙とかがないから普及していないという認識だったのだが、そんなこともなかった。

どうやって、普及させているかは不明だが、紙を作る魔法とか印刷する魔法とか、そんなところかも知れない。

そういう欠けた常識を補う為にも、僕は読書をすることにした。


本棚はそこそこ大きく、四段に分かれている。

一番上の段は見えないが、合計で40冊ぐらいの本が置かれている。

種類は千差万別で、厚い本もあれば、薄い本もあるし、古い本もあれば、新しい本もあった。

さて、どんな本を読もうか、

期待外れだった薄い本を戻しながら、考える。

いつもなら、ネットで調べて人気の作品を選ぶのだが、そんな便利なものはない。

そもそも、インターネットがあれば読書なんてしない。


小難しい本ばかりだが、中には絵本や児童文学書っぽい本も置かれていた。

僕や姉用の本だったのだろう。

どんな、本か気になる。 魔法世界での昔話なんて興味がそそられる。

どれどれ……。


『桃太郎』


『金太郎』


『浦島太郎』


目に入って来たのは、見覚えのある表紙とタイトルだった。


………。

何で、こんな身に覚えのある昔話が置いてあるんだ。

ここは異世界じゃないのか!

それに、なんで太郎シリーズだけが揃ってあるんだ!

むしろ、太郎シリーズ以外はなかったのか!


「凛……。 なんで、床を叩いてるの?」

「……なんでもない」


よし、一回落ち着こう。

冷静に、冷静に。

折角のいいイメージが崩れてしまう。


気を取り直して、別の本を探そう。

試しにパラパラとページを捲って見ると『魔導師』や『ドラゴン』果てには 『魔王』まで、まるであたかも、その単語が常識だとでもいいたげな本ばかりだ。

何の脈略も説明もなく魔法は出てくるし、まるで実在していた人物かのように魔王が出てくる。

前世の感性とのズレを感じる。


ザッと見た感じではアクションと冒険物ばかりで、

推理小説や恋愛小説は見たところ置いていない。

単に、両親の趣味かもしれないけれど。

後は、分厚い辞典ぐらいだ。


僕は、その中から、『勇者ヒロの冒険』という本を選んだ。

何とも、単純で質素なタイトルだ。

だからこそ、これを選んだ。

邪道ストーリーよりも、王道ストーリーの方が頭に入りやすいと思ったからだ。


数分後。


『勇者ヒロの冒険』ははっきり言って、つまらなかった。

ありきたり。 という言葉がぴったり当てはまる。

ほとんど読み飛ばしてしまった。

やっぱり、僕には読書は向いていないようだ。

大雑把なあらすじは、主人公であるヒロが伝説の剣を抜くことから始まり、人々を苦しめる魔王を倒すべく、仲間を集める。 という話である。

簡単に言ってしまうと、ファンタジーゲームを引き延ばしたような小説だった。

この巻で魔王を倒すどころか、仲間すら集まっていない。

どうも、まだ次巻があるらしい。

続きが読みたいとは思わなかったけれど。


ただ、お陰で、この世界についてわかったことがある。

それは国名である。

まさかとは思っていたのだが、ここは『日本』という国名で通っているらしい。

これにたいしては、さほど驚かなかった。

日本語が通じている時点で予想はしていたことだ。

おそらく、都道府県もそのままだろうし、国名だって前世通りだろう。


この時、僕は一つの仮説を立てた。

あくまでも、何の確証もない仮説である。

それは、

“魔法という概念が存在した場合の世界線”

なのではないか?

というものである。


パラレルワールド。

シュレディンガーの猫なんて知っている人は知っているだろう。

箱の中に猫を入れ、中に50%の確率で死ぬ毒を入れる。

その箱の中には死んでしまった猫と生きている猫、二つの可能性があるというものだ。


仮に前世の世界を科学が発達した世界と称したとしよう。

逆に今世の世界は魔術が発達した世界なのではないだろうか。

科学と魔術に分野が大きくそれたものの、分岐点となるその瞬間まで同じ平行世界だった。

その分岐点以前に言語が生まれていた。

もしくは、成長の形は違えど道筋は近いものだった。

突拍子もない発想ではあるが、それがしっくりくる。

少なくとも僕の中では一番可能性が高いと思う


つまり、魔術以外は前世と同様の世界だと、僕は思う。

魔術があるから、魔法の王や勇ましい者が存在し、魔法の影響で魔物が存在する。

それ以外に言語が共通している理由が分からない。


まぁ、だからなんだ、という話なんだが。

『ドラゴン』や『勇者』がいるとしたら、異世界と言っても差し支えないだろう。

結局、言語が共通していてラッキーぐらいなものである。



✳︎



その日、夕飯に食べた猪鍋はむちゃくちゃうまかった。

案外、僕がこの世界に慣れるのもその内かもしれない。











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