第九十二章 マリ、空軍を退役する
マリから連絡を受けていた次郎は空港まで迎えに行き、病院が手配した救急車でマリや恵子の両親や付き添いの医師と一緒に病院に移動した。
救急車の中で次郎はマリに、「しばらくは何もする気がしないだろうから、家でゆっくりすれば良いよ。自分の家だと思って遠慮なくすれば良いよ。今後の事は、マリちゃんが落ち着いてから相談しようか。実は、私の息子が大の飛行機好きで、一部の関係者しか知らないマリちゃんの名前も知っていました。マリちゃんは、アメリカでは鬼教官と呼ばれていたらしいですね。息子の話相手になってくれれば、家賃と食費は不要です。飛行機の家庭教師みたいなものです。」と依頼した。
次郎は、父の入院費などで出費が多くなる事が解っていた為に、マリに余計な負担を掛けたくなく、かといって家賃と食費は不要だと言ってもマリは払うと思ったので、マリにとって簡単な仕事を頼んだのでした。
マリは、次郎のそんな気持ちが解ったので、「御免なさい。お言葉に甘えさせて頂きます。」としばらく次郎と同居する事にした。
次郎は、「おっ!マリちゃん、難しい日本語を知っているんだね。それだけ喋れれば、日本では言葉の心配は要らないようですね。」と安心していた。
マリは、「私はアメリカで日本人学校に通っていて、学校と家庭では日本語で喋っていました。」とアメリカ在住でも日本語が上手く喋れる理由を説明した。
次郎は、「日本人学校というのは、日系人が通う学校ですか?アメリカの他の学校とどこか違うのですか?」と両者の違いについて聞いた。
マリは、「日本語の授業つまり、日本でいう国語の授業があります。日本語の授業は勿論、それ以外の授業も全て日本語です。その他、日本の地理や歴史、つまり日本史も日本の学校ほど詳しくは習いませんが、アメリカの学校よりかは詳しく習います。」と説明した。
次郎は、「そうか。それでマリちゃんは日本語が上手に喋れるのですね。」と納得していた。
マリは、「叔父さんも、英語は上手に喋っていたではないですか。アメリカでも充分通用していましたよ。」と感心していた。
次郎は、「私も最初は学校で英語を習った程度でしたが、仕事の関係で海外出張が多かった為に、自然と英会話が身に付きました。」とその理由を説明した。
マリは、「確か、母の両親も英語は学校で習った程度だと仰っていましたが、学校で習えば喋れないのですか?」と不思議そうでした。
次郎は、「学校で習う英語は学校英語と言って、受験の為の英語であって英会話ではないからです。英語の先生自体、アメリカに行けばゆっくりと喋って貰わないと理解できない程度ですからね。」と説明した。
マリは、「えっ?アメリカで普通に喋れない英語の先生がいるのですか?日本で英語の先生になる基準は何なのですか?」と驚いていた。
次郎は、「私も詳しく解りませんが、読み書き文法の筆記試験に合格すればなれるようですね。」と返答した。
救急車の中で色々と雑談している間に病院に到着し、付き添いの医師は、大日本医療大学の脳外科医に引継ぎしてアメリカへ帰った。
マリは、父を診察した脳外科医から、「意識を取り戻す可能性は低い。」と説明を受けた。
父親を大日本医療大学の脳外科へ入院させて、医師の説明にショックを受けているマリに次郎は、「先生は、“可能性は低い“と説明して、”可能性はない“とは説明しませんでした。意識を取り戻す可能性もあるのですね。先生と相談しながら気長に看病しましょう。」とマリを励ました。
その後、マリは母の遺骨を埋葬した。その時は、惠子の妹由美子も来ていた。
そこで恵子の両親と別れて、次郎の家へ行き、次郎の女房と飛行機好きの息子を紹介された。
飛行機好きの息子は、「飛行機の事を教えてね。」と大喜びしていた。
マリも笑顔で、「飛行機の事なら何でも教えてあげるわよ。」と挨拶した。
その後、次郎はマリの為に準備した部屋に案内して、「マリちゃん、この部屋を自由に使ってくれれば良いよ。でもいくら自由にと言っても、オネショはしないで下さいね。」と笑った。
マリは怒りながら、「だから、それは先日も説明したように子供だったら誰だってするでしょう!私はもう、そんな子供ではないわよ。」と不機嫌そうでした。
次郎は、「実は兄から、“マリは精神的に弱い所があって、案外大きくなってからでもテーマパークに遊びに行く前日の夜は興奮してオネショする事がある。”と聞いた事があるのを先日、空港で恵子さんの両親との雑談で思いだしました。今回はテーマパークどころではなく大きく環境が変わったので心配して気を付けるように忠告しただけですよ。」と説明した。
マリは、「大きくなってからと言っても、テーマパークに両親と遊びに行くのは子供の頃の事でしょう!大きくなってからというのは、赤ん坊ではないという意味ですよ。」と父ちゃん、余計な事を言わなくても良いのにと思っていた。
マリが、「話は変わるけれども、母ちゃんの妹の由美子さんは、何をしているの?」と由美子さんの事が気になっているようでした。
次郎は、「私もよく知りませんが、何でもキャリアウーマンで世界中飛び回っていると聞いた事があります。何か気になる事があるのか?」と次郎もよく解らないようでした。
マリは、「由美子さんの手を見た?」と何か気付いたようでした。
次郎は、「何かたこのようなものがありましたが、・・・」と思いだしているとマリが自分の手を出した。
次郎は、「由美子さんのたこと似ているな。」と驚いていた。
マリは、「由美子さんのたこは、操縦桿だこよ。自分で航空機を操縦しているのかしら。でもパイロットのように始終操縦していないと、あんなたこは出来ないわ。」と由美子がパイロットだと感じていた。
その後マリは、次郎の家から大日本医療大学の脳外科病棟に父親の見舞いに毎日通い、医師の指示で植物状態の父親にいつも話掛けていた。
ある日マリは、「お父さん、私はどうすれば良いの?上官が仰ったように、今は操縦桿を握る自信がないの。いつ迄も寝てないで、起きて来て何か言ってよ。」と悩みを打ち明けていた。
マリの部下で、マリが着任した時に挑戦した腕の良いアクロバット飛行チームのパイロットが、しばらく休んでいるマリの事を心配して、有給休暇を取り日本に来ていた。
そのパイロットは次郎の事は知らなかったのですが、病院は上官から聞いていた為に、病室を訪ねて病室の外でその悩みを聞いた。
マリは帰ろうとして病室を出ると、部下がいたので予想外の対面に一瞬言葉を失った。
「あなた日本語は解らないわよね?」と部下に悩みを聞かれたかどうか確認した。
その部下は、「いいえ、教官が日本人だと聞き、日本語の勉強をしています。教官の悩みの意味は理解できます。きっと時間が解決してくれます。教官がパイロットを引退されれば、アクロバット飛行チームの指導教官になられた事をあれだけ喜んでおられたご両親を悲しませますよ。特に父親が意識を取り戻された時に、自分が事故に巻き込まれた事が原因で教官がパイロットを引退されたと知れば、ショックを受けられると思います。」と引退しないように説得した。
マリは、今日は家には誰もいない筈だと思い、家へ連れて来てマリの悩みについて話をした。
マリは部下と色々話をしたが、今迄も悩んでいてマリの心は限界でした。
「あなたの言う事は良く解るけれども、頭で解っていても心がついて行かないのよ!」と泣きながら部下に抱き付き、そのまま男と女の関係になってしまった。
その後、その部下は、ふと我に戻り、マリから離れ、「失礼しました。教官!今の事は忘れて下さい。」と敬礼した。
マリは、「いえ、私の方が取り乱してあなたに抱き付いたので迷惑を掛けました。御免なさい。でも敬礼はパンツを履いてからして下さい。」と目を背けた。
部下は、慌てて服を着て、「失礼しました、教官。私の操縦技術は教官には敵いません!今後とも指導をお願いします。それでは私はアメリカに帰りますが、悩みの相談にはいつでも乗ります。教官の心の問題は必ず時間が解決してくれると私は信じています。」とマリを励ましてアメリカへ帰った。
マリはしばらく日本に住み、気に入り永住したいと考えていた。
結局、空軍の上官に、“空軍のパイロットとしては精神力が弱い”と指摘された事が決め手になり、退役したい旨を空軍の上官に伝えた。
上官は、“矢張り私が心配していたように、精神力の弱いマリには今回の事は刺激が強すぎたか。しかしマリほどの操縦技術を持っているパイロットは他にいない。指揮官に相談しよう”と判断して、検討の上、連絡するとマリに返答した。
上官は空軍基地の指揮官に、「先日も報告しましたが、マリは軍人としては精神的に弱い所があり、現状態で空軍に勤務してもマリの才能は伸びないと思われます。一度退役させて落着かせる事が、将来の天才パイロット誕生に役立つと判断しました。但し退役後、空軍と縁が切れないように、アクロバット飛行チームの指導などを定期的に依頼します。」と相談していた。
指揮官は、「天才パイロット誕生に何故拘るのですか?」とマリの上官の考えが解らないようでした。
上官は、「秘密部隊からの報告によると、海坊主は今迄とは全く異なる新兵器を開発しているらしいです。万が一、アメリカ軍が対抗できなかった場合の事を心配しています。私の見る限りでは、マリの操縦技術は秘密部隊最優秀パイロットの由美子君より勝っています。大事に育てたいのです。」と説明した。
しばらくすると、空軍から連絡があり、退役には条件があるとの事でした。マリが指導しても、アクロバット飛行チームの操縦技術のレベルは上がったものの、マリの足元にも及びませんでした。緊急時は協力する事を約束して欲しいとの事でしたが、その条件にマリが逆に条件を付けた。
その条件というのは、“操縦技術は、たまには操縦しないと衰えます。日本はアメリカと違って土地が狭く、滑走路のある自宅は無理です。自家用機を所有するには、航空機の保管料や空港使用料など経費が必要になります。戦闘機でなくても良いので、民間のジェット機を、いつでも操縦できるようにして欲しい。”という事と、“燃料・整備・保管・空港使用料などの諸経費は空軍持ち。”という事でした。
マリは、いつ迄も父親の事を引き摺っていると将来どうなるか心配になり、航空機を操縦する事で吹っ切ろうとしていた。
空軍と話合いの結果、年に数回、アクロバット飛行チームの指導を行う事と、アメリカが戦争に巻き込まれた場合には、必要に応じて出撃する事で承認された。
次回投稿予定日は、4月8日です。




