第七十八章 陽子の親友、難病に侵される
一人の母親が泣きながら、「菊枝先生、娘を、娘を・・・娘を助けて!私の娘は、あなたの娘さんの陽子さんと同じクラスの、井上知子です。たまたま健康診断で、悪い病気に侵されている事が判明しました。自覚症状はまだないので、本人は気付いていませんが、娘に念の為の検査だと偽り専門医の診察を受けるとエスベック病だと診断されました。娘を助けて!」と菊枝の前に泣き崩れた。
(※エスベック病は架空の病気で実在しません。)
菊枝は、「奥様、落ち着いて下さい。それだけでは解りませんので、詳しい話を聞かせて頂けませんか?それと先生、どこか空いている教室をお借りできませんか?」と井上知子の母親の話を聞こうとしていた。
担任の先生が、「教頭先生と相談して来ます。」と父母懇談会を抜け出して、教頭先生と相談に行った。
しばらくすると担任の先生が教室へ戻って来て、「教頭先生と相談した結果、教室ではなく、応接室を使用する事になりました。ご案内します。」と井上知子の両親と菊枝を連れて応接室へ向かった。
応接室に井上知子の両親と菊枝が入り、担任の先生は、「私は父母懇談会に戻りますので、後は宜しくお願いします。」と病気の事は菊枝に任せて教室へ戻った。
菊枝が、「娘さんの事を詳しく教えて頂けませんか?」と話を切りだした。
父親が、「娘を診察して頂いた専門医から、“あと二年程すれば自覚症状が出る可能性があり、高校の卒業式の頃には自覚症状が出て来ると思います。残念ですが、その後、三十歳頃までしか生存できません。”と宣告されました。実はその検査資料を病院から預かり、東京の大学病院に行きましたが、同じ診断でした。娘は学校があるので先に帰して、私達は娘に内緒の話もしたかったので、東京で一泊して帰って来ましたが、直接家に帰ると気が滅入り、何もする気がしないと思ったものですから、気分転換の為に、直接ここに来たので、たまたま、その検査資料を持っています。」と検査資料を菊枝に見せた。
菊枝がその検査資料を確認して、「この検査資料を参考にして今日診察すれば、検査しなくても娘さんの現在の状況がどうなっているのか見当がつきます。その上で、今後の治療方針を検討しましょう。後で本人に会わせて頂けませんか?突然、知らない小母さんに体を触られると娘さんも驚くでしょうから、両親立会いの元でお会いしたいのですが宜しいですか?私は今晩娘の所に泊まるので、父母懇談会の後にでもお会いできませんか?」と依頼した。
父親が、「治療方針という事は、娘は助かるのですか?」と身を乗り出して興奮していた。
菊枝は、「お父様、落ち着いて下さい。娘さんを診察してみないと、それは何とも言えません。一番気になる所だと思いますが、診察後に返答いたしますので、それまでお待ち頂けませんか。」と冷静に返答して、父親を落着かせようとした。
母親が、「解りました。今日は土曜日ですが、娘は文化祭の準備でまだ学校にいますので話をして来ます。」と娘の教室へ向かった。
菊枝は、「それでは、私は父母懇談会の教室に戻っています。」と井上知子の父親と父母懇談会の教室に戻った。
担任の先生が、「終わりましたか?で、どうでしたか?」と心配していた。
菊枝は、「その件ですが、父母懇談会終了後に、井上知子さんの診察をしたいので、保健室をお借りできませんか?」と依頼した。
担任の先生は、「解りました。教頭先生にお願いして来ます。」と再び父母懇談会を抜けた。
菊枝が井上知子の両親と話をしていた間に、他の父母達は、「エスベック病って自覚症状が出てから十年ほどで死亡する、死亡率百%の難病ですよね。エスベック病患者の遺族は、自覚症状が出てから、段々と病状が悪化して行き、苦しさが増していく様子を見ると、嬲り殺しのようで見ているのも辛く、どうせ助からないのだからと安楽死させてしまった遺族もいるようですね。死亡率百パーセントで、今まで助かった人は一人もいないのでしょう?幾ら天才外科医でも無理ではないのかしら。」と雑談していた。
それを聞いた茂は、「あいつが一度メスを握れば、どんな重症患者でも、手術は百パーセント成功している。時間的な事で診察もせずに断った患者はいたが、手術が困難だとか不可能だとかで断った重症患者は、今までに一人もいない!あいつを頼って来て、あいつが手術した患者は百パーセント助かっている。だから、そのなんだっけ、井上知子さんでしたっけ。死亡率百パーセントでも、その子は必ずあいつが助ける!今までにした手術も、百パーセント不可能だと言われていたが、全て成功している。あいつに不可能な手術はない!エスベック病が死亡率百パーセントなのは、たまたまエスベック病患者が来なかったからだ。来ていれば、あいつは必ず助けている。」と菊枝の事を説明していた。
父母達は、父母懇談会の教室に戻って来た井上知子の父親に先程の茂の話をして、「お父様、お嬢様助かれば良いですね。ひょっとすれば、娘さんは、エスベック病で助かった世界初の患者になるかもしれませんよ。あなたのお嬢様が、世界一の名医のお嬢様と同じクラスだったとは運が良いですね。」などと励ましていた。
井上知子の父親が、「どの病院でも、最初の病院で預かった検査資料を見ても、再度検査すると言われて検査しましたが、菊枝先生は、“検査しなくても、この検査資料を参考に今日診察すれば娘の体の状態が解る。”と仰いました。名医は最初から違うのですね。」と感心していた。
別の父母が、「それは検査しないと金儲けにならないからではないのですか?菊枝先生、そこの所はどうなのでしょうか?」と専門家の意見を聞いた。
菊枝は、「そうではなく、医療機器により、検査結果、例えばレントゲン写真などの解像度が異なる事と、その病院にも検査資料を保管しておく必要もあるのでね。」と返答した。
他の父母が菊枝に、「話は変わりますが、格闘家のお父様と外科医が、どうしてお知合いになられたのですか?馴れ初めを聞かせて頂けませんか?」と住む世界が全く異なる二人が、どこでどのようにして知り合ったのか不思議そうでした。
菊枝は、「そんな事は簡単ですよ。この人はご存知のように格闘家ですので、怪我をして私の勤務していた病院によく来たので、私のお得意さんでした。ですので、結婚する時には、私は既に、この人の体を、頭のてっぺんから足の先まで全てを把握していました。勿論、体の中身もです。」とお互いの職業の関連性について説明した。
他の父母達は、「そのようなご両親のお嬢様が、特に特徴もないこの高校に、何故入学されたのですか?」と不思議そうでした。
菊枝は、「陽子も小さい頃から、柔道・カラテ・剣道などの格闘技を仕込み、友達より桁外れに強く、皆は陽子の事を恐がり、友達もできなかった為に、自宅を離れて遠い、この高校へ進学しました。ですので、この高校では陽子もブリッコしていたでしょう?私の娘も、文化祭の準備で今日はまだ学校にいますので、先程それを見て可笑しくて笑ってしまいました。」と茂の職業の説明を避けた。
父母達は、「ブリッコしていたから、先ほどの銀行強盗犯は、かよわい女生徒だと思い人質にしようとして、突然空手で骨折させられたのですね。美しいバラにはトゲがあるとはよく言ったものですね。」と笑っていた。
父母懇談会終了後、井上知子の母親は、菊枝の事を知合いの医師だと娘に紹介して、先日の健康診断で“要検査“の診断結果について相談した所、今日診察させてほしいと言われましたと説明した。
菊枝は井上知子に、「そんなに、緊張しなくても良いのよ。ちょっとだけ、聴診器をあてさせて、触診もさせてね。」と説明して、診察を始めた。
菊枝は知子の前に座り、知子の両親から預かった検査資料を右横に置いて、診察している振りして、ノートに何やら専門用語と数値を記入しながら、透視力で井上知子の体を確認していた。
その後、菊枝は、「有難う、もう良いわよ。」と診察を終了させた。
両親は、知子を文化祭の準備に戻して、菊枝に診察の結果、どうなのかを心配そうに確認した。
菊枝は、「診察した結果、確かにお嬢様はエスベック病に侵されています。でも大丈夫ですよ。自覚症状は心配しているほど早く出ません。恐らく大学を卒業する頃まで大丈夫でしょう。在学中に出るか卒業後にでるか際どい所ですね。自覚症状に気付けば、私に連絡して下さい。その時点で最良の方法を考えましょう。それまでは、先程見せて頂いた資料に記述されていたように薬を服用して下さい。薬を飲み忘れると、それだけ、お嬢様の手術の成功率が低下すると考えて下さい。最悪の場合、手術は不可能になります。」と説明して菊枝の名刺を渡した。
父親が、「手術は早い方が助かる可能性が高いのではないですか?」と不思議そうに確認した。
菊枝は、「確かに癌などの他の病気は、早期発見して、手遅れになる前に手術するなど、それなりの治療をする事が最良の方法かも知れませんが、エスベック病の場合は、今手術しても、自覚症状が出てから手術しても成功率は同じです。それ以降ですと成功率は低下します。自覚症状が出る頃には、医学の進歩により、今より手術の成功率が高くなっている可能性もあります。医学の進歩を祈り、それまで待ちましょう。但し、娘さんには手術の傷跡が体中に残る事を覚悟しておいて下さい。」と返答した。
その後、井上知子の両親は、病気の事を本人に気付かれないように、食事に薬を混ぜたりするなど色々と工夫して、大学は色々と理由をこじつけて、芹沢外科医院がある関西の大学へ進学させるか、薬の事があるので自分達の手元に置いておくかどうしようかと色々相談していた。
次回投稿予定日は。2月6日です。




