第七十七章 菊枝、父母達から注目される
銀行強盗は、「お前達一家は何者だ!何者であっても、いつか必ず仕返ししてやるから覚えていろよ。」とリベンジする事を仄めかしていた。
茂は、「負け犬は良く吠えるな。俺は格闘家だ!格闘の申し込みは多いので予約制になっています。格闘申し込み料金を添えて事前にお申し込み下さい。」と笑いながらからかった。
その後、犯人が警察に連行されると、学校の先生や父母達は拍手しながら、「空手で犯人を骨折させるとは、お嬢さんは柔道より空手が好きなだけあって凄いですね。その父親だけあって、東城さんも凄いですね。お嬢さんもですが、もし犯人に出刃包丁で刺されたら、どうするおつもりだったのですか?」と、その様な時は、どうすれば良いのか、今後の事を考えて専門家に確認していた。
茂は、「先程警察官から聞いたが、犯人は俺の娘がいる教室に生徒が数人いたので、教室に入り、たまたま一番近くにいた女が俺の娘だった為に、娘を人質にしようとしたらしく、選択の余地もなく撃退しただけだと思います。犯人も女だと思い、油断したのではないでしょうかね。俺の場合は、妻がなんとかしてくれるでしょう。妻は、大日本医療大学医学部卒業の外科医ですので。」と万が一の時の事を説明していた。
学校の先生は、「そうなのですか。奥様はお医者さまですか。それも外科医ですか。東城さんの成績が優秀なのは、お母様の遺伝子なのですね。」と納得していた。
茂は、「それじゃあ私は丸で馬鹿みたいですね。」と不機嫌そうでした。
学校の先生は、慌てて、そういう意味ではない事を説明して、その場は笑って誤魔化していた。
茂は菊枝にだけ聞こえるように小さな声で、「やくざの俺が警察に協力するとは焼きが回ったな。しかし、お前、見ているだけで手を貸そうとは思わなかったのか?スケバンの菊枝さんよ。」と菊枝が何故犯人逮捕に協力してくれなかったのかを確認した。
菊枝は、「あなたも丸東組組長でしょう?あの程度のザコ一匹、あなた一人で充分でしょう。出刃包丁を持っている手が震えている段階でもう勝負は決まっていましたよ。あなたも一人でやった方が、父母達に自慢できるでしょう?」と茂に花を持たせる為に手出ししなかったようでした。
茂は、「勝負は下駄を履くまで解らないぜ。俺が犯人に出刃包丁で刺されたかもしれないぜ。黙って見ている手はないだろう。」と怒っていた。
菊枝は、「あなた、先程、私が何とかすると言っていたじゃないの。心臓を刺されなければ私が助けるわよ。目を刺されれば、失明するかもしれないし、肺を刺されれば出血や喀血が多いかもしれませんが、私がいれば失明しても死にはしないわよ。安心して大丈夫よ。」と微笑んだ。
茂は、「本当か?犯人が黙って治療する様子を見ているとは思えないぜ。犯人に邪魔されても治療できるのか?」と確認した。
菊枝は、「あなたも丸東組組長でしょう?ただで刺されるとは思えないわ。犯人にも、それなりのダメージを与えるでしょう?父母達で充分押えられるわよ。ただで刺されるようだと丸東組の組長は失格ね。そんな情けない男とは離婚よ。離婚しなくても死別するか。」と手出ししなかった理由を説明した。
父母の一人が、「奥様のお名前は、確か菊枝さんと仰いましたよね?東城菊枝さんですよね?先程から気になっていたのですが、もしかして、奥様の旧姓は、“芹沢”ではないですか?」と確認した。
菊枝が、「そうです。私の旧姓は芹沢ですが、それが何か?」と昔の患者さんの知り合いなのか確認した。
先生が何故旧姓に拘るのか確認すると、その父母は、「今、奥様は外科医だと聞いたものですから。皆さんも噂で聞いた事ありませんか?神の手を持つと噂されている、天才外科医の事を!雑誌で見た顔が、奥様に似ていたものですから。その天才外科医は、専門医が手術不可能で助からないと診断した患者を、いつも手術して助けていたそうです。その天才外科医の名前が、芹沢菊枝さんと、その雑誌に記述されていました。」と天才外科医が身近にいたので興奮しながら説明していた。
別の父母が、「ああ、その噂でしたら私も聞いた事があります。何でも病院を結婚退職して、今は個人で外科医院を開業していると聞きました。その外科医院には、全国から重症患者が訪れて、大学病院でも手術不可能な高度な手術をいつも行っているにしては医療費が安いと聞きました。専門医は、“どの手術も、どう考えても百パーセント不可能だ。何故手術が成功したのか理解できない。神の手としか言いようがない。”と言っているそうです。」と噂話をした。
菊枝に確認すると、それに間違いない事が判明し、父母達や先生も驚いていた。
菊枝の事を特集した雑誌を持っている父母がいて、菊枝の顔写真を雑誌で見ながら、「間違いない。確かに奥様だ。」と写真と見比べて確信を持ち、その後その話で盛り上がった。
菊枝は、「私は、できるだけ多くの患者を助けたいと考えています。他の病院が治療を拒否した患者を主に治療しています。それは、先程あなたが説明したような手術の場合もありますが、それ以外に、浮浪者や路上生活者等で、治療費を払えない患者も、他の病院は拒否する場合があります。そのような患者は無料で治療しています。だから医療費が安いと噂されているのでしょうね。」と説明した。
父母達は、「無料で治療しても、現実治療費はかかりますので、そのお金はどうされているのですか?」と補助が出ているのかを確認した。
菊枝は、「私が払っています。そのような患者は保険に加入していない事が多い為に、私の医院は、殆ど利益は出ていません。医院の台所は火の車です。廃院になるのは時間の問題かもしれませんね。医療設備は患者やその家族などからの寄付で、生活費は主人に頼っています。」と説明した。
路上生活者等を無料で治療するのは、丸東組の組員のみを無料で治療すると不自然なので、そのカモフラージュとして路上生活者等を無料で治療しているとは父母達も夢にも思っていませんでした。
ある父母が、「そんな名医が廃院だなんて勿体ない。時間的に、先生にしか手術できない患者を優先して、路上生活者等他の病院でも治療可能な患者は、他の病院に任せて、奥様の医院で治療しないとは考えないのですか?」と不思議そうに確認した。
菊枝は、「確かに他の病院でも治療可能な患者もいますが、現実問題、治療費が払えなければ他の病院も治療しないので、結局私が治療するしかないのです。医療費を払えない患者の命も、医療費を払える患者の命も同じ重さです。どちらかの命を優先する事はできません。しいて言えば、先着順ですかね。」と説明した。
ある父母が、「医療費を払える患者が、他の病院でも治療可能な患者の順番待ちで助からないと思えばどう思うでしょうね?」と問題が起こらないのが不思議そうでした。
菊枝は、「医療費を払える患者が、時間的に治療できない場合、その患者が、路上生活者の医療費を払い、別の病院に回して、私の時間を空ける事もあります。そのような患者からすれば、自分の医療費の他に、路上生活者の医療費も支払っていますので、医療費は決して安くなく、逆に高い事になりますが、マスコミのインタビューでも、その事は何故か表に出てきません。」と説明した。
父母達は、「そんな悪い噂が広まれば、患者が来なくなるのではないですか?」と菊枝の方針に疑問を抱いていた。
菊枝は、「先程も申し上げたように、私は生活の為に医院を経営している訳では御座いませんので、患者が来ないなら来ないで良いですけれども、私を頼ってくる患者は大勢います。」と説明した。
父母達は、「そりゃ、そうでしょう。自分の命がかかっているので医師から死刑宣告を受ければ、名医の噂を知っている人であれば、間違いなく奥様を頼るでしょう。」と患者が来る理由を説明した。
別の父母が、「しかし、路上生活者なども自腹で治療されているのでしたら、医療費は無料なので、そのような患者も多く、医院の経営は赤字になりませんか?」と廃院になってほしくなく心配そうに確認していた。
菊枝は、「それは否定しませんが、主人は格闘家で怪我が多い為に、主人と弟子の指定病院という事で、毎月援助して頂いています。その替わり、主人と弟子の医療費は無料で、優先的に治療する事にしています。」と返答した。
その父母が、「援助と言っても、たまに怪我で来る程度でしたら、簡単な治療になる為に大金ではないでしょう?」と、それだけでは廃院は避けられないのではないかと心配そうに確認していた。
菊枝は、「いいえ、格闘家という事は、柔道や空手のようなスポーツではなく、喧嘩の延長のようなものです。悪役レスラーが武器を持って襲ってくるようなものなので、骨折や動脈切断や内臓破裂などで、結構毎日来ますよ。電話で症状を聞いて、動かすのは危険だと判断すれば往診もします。ですから、それなりの金額を、毎月主人から援助して頂いています。」と返答した。
茂が小さな声で、「喧嘩の延長ではなく、喧嘩そのものだぜ。それも刃物や拳銃を使った喧嘩でぜ。それに俺は援助してないぜ。無料で治療するとか言いながら、お前が勝手に俺からふんだくっていくだけじゃないか。」と不機嫌そうでした。
菊枝は、「何をふんだくるだなんて人聞きの悪い事を言うのよ。芹沢外科医院が廃院になれば、困るのはあなたよ。入院設備のある病院とスタッフがいるから、術後のケアーもできるのでしょう?手術は成功すればそれで終わりではなく、その後のケアーが大切なのよ。丸東組の組員で、私が手術して、その後入院させなければ、死んでいた組員が何人もいるわよ。それに私一人だと簡単な手術しかできないしね。」と反論した。
次回投稿予定日は2月3日です。




