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7話 初めての

 鍋を中心とした魔法陣に、微かな光が灯る。仄かに青いその光は、よく見ればオルタのかざした手を包む光と同じ色だ。幾何学模様の魔法陣が、満たされていくように光を増していく。


 死霊術師の使う魔法だというのに、随分と綺麗なんだなぁと場にそぐわない感想を抱く。


「よく見ておくんだよ……!滅多に見られるもんじゃないからねっ……!」


 オルタは額に汗を滲ませながらやや苦しそうにそう言う。俺は目の前の光景に見惚れて、言葉を返すことができなかった。


 「……特殊召喚エクストラコーリング


 オルタが小さく呟いた。その瞬間、


 「ぐっ!?」


 凄まじい風とともに視界を青白い光が埋め尽くし、とっさに目を瞑る。うめき声を漏らしたのは俺か、それともオルタだったか。耳元を風切り音が通り過ぎていく。


「なんだよこりゃあ……っ」


 気を抜けば飛ばされてしまいそうな風をなんとか堪えていると、最後に一度だけと言わんばかりの暴風が体を襲ってから、嘘のように風が止む。


 恐る恐る目を開けると、最初に目に入ってきたのは美しい銀髪だった。腰辺りまで癖なく伸びているその髪は薄暗い現在でも光り輝いて、風によって舞い上がったのであろう後れ毛が粒子のように見える。


 彼女は後ろを向いて立っているために顔を見ることはできないが、身長はそれほど高くなさそうだ。腰から下は所謂ショートパンツ――それもデニムだ――のようで、白磁器のような足が揃えられている。


 思わず触れたくなるような、それでいて触れることを恐れさせるような姿に、俺は呼吸することすら忘れて魅入っていた。


 どのくらいそうしていただろうか。何もできぬまま見つめていると、ゆっくりと彼女が振り向く。


 幸か不幸か、俺ではなくオルタの方へ向きなおったが、顔を拝むことはできた。整ったという言葉では失礼なほどに美形で、生半可な言葉では形容しきれない。美しさと可愛さを兼ね備え、美の化身だと言われれば一発で納得してしまうだろうが、その表情は読み取れない。群青色の瞳はやや眠そうで、見つめられたら吸い込まれてしまうのではないかと錯覚する。


 ほんのりと桃色の口が薄く開かれ、彼女が言葉を発する。


「わた、妾を召喚したのは、あな……貴様か」


 二度ほど言い直しがあったような気がしなくもないが、鈴が鳴るような声は耳に心地よく、些細な言い間違いなど俺の耳には届かなかった。


 彼女の問いに、オルタが答える。


「そうだ。私はオルタ。死霊術師にして、お前を召喚した者だ」


「……死霊術師」


 彼女は一瞬考えこむような素振りを見せる。が、すぐにまた別の問いを返す。


「わた、妾を召喚して、何を望む」


「命の契約だ。私は器としての魔力を、お前は私の命を現世に繋ぎ留める力を」


 そういえば召喚しようとしていたのは死神だった。……見た目とても死神には見えないが、彼女は死神なのだろうか?


「不死を望むか……」


「世界の破滅を食い止めるためだ。力を貸して欲しい」


 世界の破滅、のところで死神(暫定)はピクっと反応するが、すぐに落ち着いて答える。


「今の貴様では体がもたない。……贄でもあるのなら別だけれど」


 不死になっても体がもたないとはどういうことなのだろうか。いや、契約に体がもたないから不死になれないのか?


「贄……」


 オルタはそう呟き、ちらりとこちらを見る。……おいおい、冗談だろ?


 その視線につられて、死神もこちらを向く。あ、正面からみると更にかわいい。……などと思っていると、眠そうだった死神の目が見開かれる。


「……見つ…た……」


 あまりに小さな呟きが俺まで届くことはなかったが、何かに驚いているのは明らかだろう。俺は美少女を驚かせるような何かを持っていただろうか……。強いて言えば、特性か?死神も神様だろうし、わかったりするのだろうか。


 などと無駄な考察をしていると、いつの間にか死神の瞳は眠そうな状態に戻っていた。


 そして彼女は一呼吸置いてこう言った。


「私、貴方となら契約する」


 これに慌てるのはオルタだ。なにせ自分の魔力をほとんど費やして召喚した死神が、契約するなら贄を出せと言った挙句、そのあてになりそうな人間と契約すると言い出したのだから。


「おいおい、ちょっと待て。召喚したのは私だぞ。私に従うのが道理というものだろう」


 死神の口調の変化に気づくこともなく、おかしいだろうと声をあげる。


 本来、召喚魔法において喚び出したものは召喚者の意思に従う。それは魔術にそういった内容の術式が組み込まれているためで、オルタはこの召喚魔法にもその術式を組み込んでいた。実際、この魔法で実験に喚び出した下位の精霊・・・・・はオルタの意思に従っていたのだ。新魔術の開発はそう容易くできるものではない。それを媒体を必要とするとはいえ完成させたオルタは、最上級の魔術師と言っても過言ではなく、実際、死霊術師という枠の中ではオルタは1、2位を争う実力者だ。


「……オルタと言ったか。お前の召喚術は不完全だ」


 その言葉に、オルタは苦虫を噛み潰したような顔をする。……思い当たる節はあるのだ。それに追い打ちをかけるように死神が続ける。


「媒体に下位の物をつかっただろう。それのせいでロスが大きい。制御しきれていない。工夫はしたのだろうが……足りなかったようだな」


 オルタにかける死神の言葉がやや乱暴になっているのは気のせいか……?というか、あの鍋じゃあ足りなかったのか。オルタは完全な状態で死神を召喚できなかったのか……?


「今は召喚時の魔力でここに留まっているが……ほぼ魔力の残っていないお前と契約するとなれば、贄無しには確実に不可能だ。例え贄をつかったところで最大限の力は出ないであろうがな」


「なんだと……それはどういうことだい」


 たまらずオルタは問う。


「簡単な事。相性が悪い」


 死霊術師と死神で相性が悪いとはどういうことなのだろうか。同族嫌悪とかそんな感じなのか?見るとオルタは何やら納得している様子だ。いや、なんでそれで分かるんだよ。……魔術に詳しくない俺は置いてけぼりだな。


「……それで、彼ならいいと言うのかい」


「いい」


 即答である。美少女と契約したいと言われて嬉しくないはずはないのだが、相手は死神だ。……俺はどうすればいいんだ?


「……ヤチヨ」


 しばらく無言の時間が流れたが、オルタが俺に話しかける。


「なんだよ」


「私のやりたかったことを……お前に託したいと言ったら、迷惑か?」


 さっき会ったばかりの相手に、自分の命を賭してまでしようとしていたことを託す。普通に考えれば、あり得ない選択だ。


「あんたは迷い人で、この世界に来てそう時間も経っていないんだろう。だからこれは私の押し付けだ。……どうか、私の意思を継いで欲しい」


 死神との契約ができないとなると、先の長くないオルタにはこうするしか選択がないのかもしれない。


「一つ聞きたい。俺はまだこの世界のことほとんど知らないんだ。オルタは教えてくれるか?」


「そのくらいの時間はある。1年……いや、半年か。それくらいなら保つだろう」


 半年。オルタに残された時間は、今すぐではないがそう長くもないらしい。死神は依然黙ったままだ。


「そうか。ならいろいろと教えて欲しい。……代わりに俺が破滅を食い止めてやる」


 自分でもおかしなことを言っているのがわかる。勇者気取りとでも言うべきか、異世界転移を体験した高揚か、それとも不死性を手に入れられることへの憧れか。確かにそれらはあるだろう。しかし、必死に頼み込むオルタを無視できなかったというのもまた大きい。


 死神に向き直って言う。


「お前と契約させてくれ。……名前を聞いてなかったな。俺は相馬八千代だ。お前は?」


 俺の言葉を聞いた死神は、嬉しそうに目を細める。かわいい。


「私の名はヴェルゼ。ヤチヨ、貴方の魔力を器に契約を交わす」


 魔力。俺にもあるのだろうか。


「じゃあ、一思いにやってくれ。俺には方法がわからないが、大丈夫か?」


 死神――ヴェルゼは、こくりと頷いてこちらへ歩み寄ってくる。そのまま俺の目の前まで来て、白魚のようなという言葉がしっくりとくるその両手を俺の肩に乗せる。俺は、何をされるのだろうと目をぎゅっと瞑ってしまった。引きこもりに近い生活をしていたんだ。女の子に耐性がなくてもしょうがないだろ!……それに、ヴェルゼほどの美少女に触れられれば、誰でもこうなると思うんだ。


 そんなことを考えていると、不意に柔らかなものに口を塞がれた。



 相馬八千代、人生初のキスの瞬間であった。

オルタ「ヴェルゼを特殊召喚!」

…良い魔法名が思いつかなかったのです


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