落下
男が地面へ向けて落下してくる。
さきほど、ビルの屋上から飛び降りたのだ。
ものすごいスピードで男は落ちてくる。
時速約六センチメートル。つまり、一分間に約一ミリメートルの速度で落下している。 時間がたつにつれて目撃者が増えた。
人が人を呼び、話題が話題を呼ぶ。
すぐに大勢の人間が騒ぎながら群集をつくり、下から男を見上げていた。
多数の通報や騒ぎを聞きつけた警察も駆けつけ、一帯には規制のテープが張り巡らされた。
遠ざけられてしまったがそれでもたくさんの人がいまだに見上げ続けている。
報道関係と思われる人間も多く集まり始めた。
そのとき、群集のなかからどよめきがおこった。
落下中の男から一番近い窓が開いたのだ。
ノートパソコンを持った男だ。
インタビュワー気取りの一般人だと思われる。
窓から身を乗り出してインタビューをはじめた。
『どうしてこんな早まった行動をしてしまったのか』
『この場所を選んだ理由は』
『家族や友人に伝えたいことは』
など、落下する男も初めてのことに戸惑いつつも意気揚々と答えていた。
その様子がインターネットでライブ配信されているらしい。
近くにいる多数の人間が携帯でそれを見ていた。
インタビューをした男は警察に取り押さえられ連れて行かれてしまったが、その男の行動により騒ぎは全国規模となり、全世界規模のものとなった。
その日から、テレビ、ラジオ、新聞記事、雑誌、インターネット、媒体を問わずに注目の的となった。男の話を聞かない日が無いほどだ。
誰が言い出したのか、男は『落下男』などと名付けられてしまった。
安直なネーミングだが、わかりやすさと的確さが評価されて一般への浸透も早かった。
いつしか落下男も調子に乗って『転落事故評論家』などと銘打ってテレビのレギュラーコメンテーターなども始めた。
中継による講演会や、グッズの販売、専門店のオープン、CDデビューなど幅広い活躍をしている。
そんな落下男の精力的な活動にもかかわらず、一ヶ月ほど経つとほとんどの人間が興味を失っていた。
それでも男は落下し続けている。
男が落下しているビルは、ボクの通勤における通り道だ。
男が飛び降りたその日から、行きと帰りにビルを見上げるのがボクの日課になった。
いまでも根強いファンがいるらしく、『住』はともかくとして『衣食』には困らないらしい。
落下男は頭を下にして新聞を読んでいた。
地面に到着するまでに、だいたい、半年以上かかるだろう。
見上げるボクに気づき、男はあいさつ代わりに手を振っていた。




