95.まてまて、従者来訪
部屋に戻って、一服する。クオン先生がカヤさんに掛かりっきりになるってことで、授業はお休みになった。
アリカさんとミノウさんが、手早くお茶の準備をしてくれた。これは普通のお茶だってわかってるから、大丈夫。
ミノウさんがミコトさんの分をお供えに行ってくれたので、ご先祖様も一緒にお茶の時間となった。
『しかし、初手からえらいところを突いてきおったの。これは気をつけねばなるまい』
お茶には満足したみたいだけど、それはそれ。ミコトさんは腕を組んで、ふうむと考え込む。
「あれ、いつ術かけられたっていうか、そういう風になったんでしょう?」
『薬草茶を買うたときじゃろ? クオンも、薬屋に話を聞くと言うておったし』
「やっぱりそこかあ……」
俺の質問は、ある意味質問というよりは確認。だってそうだよな。
薬屋さんに置いてあるとはいえ、カヤさんがいきなり行って麻薬をほいほい手に入れられるなんておかしいもん。薬屋さんが一枚噛んでる、と見るのが当然だ。クオン先生が話を聞きたいのは、多分。
『薬屋にも悪霊の手が伸びておる可能性はある。クオンなれば問題はないと思うが、気をつけるが良い』
「そうですねえ……にしても。外に出たら、どこで影響受けるか分かんないですね」
薬屋さんは、シーヤの家とは結構長いお付き合いらしい。そういうところにまで敵の手が入り込んでるってことは、もう屋敷の外ってやばいんじゃないのかな。
『うむ。心持ちを強く置くのが重要じゃが、のう』
「かといって、閉じこもってるわけにもいかないですし」
「こちらが屋敷から出なくとも、商人などが入ってきますからね……」
ミコトさんの言葉に、アリカさんとミノウさんが深刻な表情で頷く。
出入りするとなると、後は飛脚屋さんとかか。俺、タイガさんと文通してるからな。
あ、手紙出してもらうのによくメイドさんたちに出てもらってるけど、大丈夫か。こないだ手紙出してもらったのは……あーアリカさんか。ぱっと見る限り、いつもと同じように見えるけどな。
「どうなさいました? セイレン様」
思わずまじまじとアリカさんの顔を俺が見つめるから、当然疑問に思うよな。あーうん、素直に聞くのが一番かね。
「あーいや。外に出て悪霊の影響受けるっていうんなら、俺こないだもアリカさんに文出してきてもらったろ。だから大丈夫かな、って思って」
「ああ。自分としては大丈夫……だと思うのですが、こればっかりはさすがに」
「だよなあ」
「ご安心ください、セイレン様。アリカが何ぞやらかしましたら、私が叩き落とします」
「それはお互いね、ミノウ」
「……お手柔らかに」
ついつい互いを見合う2人に、俺はそう答えるしかなかった。いや、俺が力でこの2人に勝てるとは思わないし。
にしても。悪霊に影響されても本人には判断しようがないだろうし、カヤさんみたいに分かりやすい行動に出ないと外からも分からないよな。
ほんと、悪霊って面倒な相手なんだよな……だから、ミコトさんみたいなご先祖様が頑張ってくれてるんだろうな。
うーん、と唸っているとそのミコトさんがはあ、とため息をついた。
『まあ、仕方がないの。妾がセイレンから離れぬようにするわ。何ぞあったら、すぐに他の者を呼び寄せることにしようぞ』
「すいません、お願いします。あー俺、なんでこういろいろあるかなあ」
「お察しします……」
『じゃのう。そなたにばかり面倒が振りかかるわい』
アリカさんとミコトさんからかけられたのは、多分ねぎらいの言葉だよなあ。ごめん。
いやもうほんと、色んな意味で責任取りやがれトーカさん。あ、嫁入りだけは勘弁な!
「セイレン様、お茶のお代わりはいかがですか? そろそろ冷めているようですが」
「あ、お願いします」
まあ、とりあえずはミノウさんにお茶2杯め淹れてもらおうか。
その翌日。
「セイレン様。タイガ様から、文が届きました」
「あ、ありがとう」
アリカさんが、手紙を持ってきてくれた。あー、いつものこの字、見ると安心する。
部屋で封を開いて、中身を読む。一応悪霊関係のことを書いておいた手紙の返事なので、そういうのをタイガさんは心配してくれていた。ただ、向こうもそうそう動けるもんじゃないこともあって。
「悪霊封じに関しましては、私よりもジゲン殿のほうがお詳しいはずですのでぜひ、頼りになさってください、だって」
『そりゃあ、何しろカサイ・ジゲンじゃからのう』
ジゲンさんの名前を聞いてふふん、と自慢気に胸を張るミコトさん。まあ、古い知り合いだし自慢してもいいんだけど。ただ、俺にしてみたらいまいちそこら辺が分かりにくいっていうか。
「あのう、ジゲンさんってそんなにすごい人なんですか? いや、俺をよその世界から連れ戻せるくらいの人なんで、多分すごいんだろうなってのは分かるんですけど」
『すごいも何も、存命しておる魔術師の中では頂上を極めておる、と言ってよかろう。あれにできんことは、この世界の魔術師には不可能だということじゃ』
「………………マジすか」
『マジじゃ』
ご先祖様相手にんな言葉遣いになってしまった俺の気持ち、分かるよな。誰か分かると言ってくれ。
父さん、母さん。俺を連れ戻すために、その魔術師の頂上を雇ったのかよ。どうやら当時はもう隠居してたみたいだけどさ、その人を探し出して、それで。
まったくもう、無理しやがって……でも、ありがとう。
午後には、クオン先生が顔を出してくれた。カヤさんの方がまだまだぼちぼちらしくて、当分自習になるって。
あ、オリザさんは明日くらいには復帰できるとのこと。まあ、あんまり無理をしないで欲しい。
そのくらいで今日は特に誰かがアタックしてくることもなく、平穏に終わった。ベッドに潜り込んででっかい枕に顔埋めて、はーと大きく息を吐く。
いやもー、狙われてる生活って初めてじゃないけどさ。前の時とは何か方向性違うから、どうも疲れる。
疲れてるんだけど妙に頭冴えちゃって、眠れないでゴロゴロしてるとこんこん、と控えめなノックの音が聞こえた。こんな時間に何だろ、と思ってるときい、と扉が開く。
現れたのは、アリカさんだった。いつものメイド服なんだけど、はて何だろう。
「……セイレン様、お休みですか?」
「起きてるよ。どうしたんだ? アリカさん」
「ええ、ちょっとお話が」
上半身起こそうとしてるうちに、にこにこ笑いながらアリカさんがするすると近寄ってくる。えとあれ、何か目が座ってないか、この人。つか、今の移動速度めっちゃ早いし。
そうしてアリカさんは、いきなりお抜かしあそばされた。いや文法おかしいな、俺。
「セイレン様。私、セイレン様のこと初めてお会いした時から、とても気に入ってたんです」
「はひ?」
ついつい、声がひっくり返る。いや、マジでひっくり返るんだな、声って。
いやいやちょっと待て。アリカさんって可愛いから、男の頃ならちょっとうれしいかもしれなかったけど。今、俺女だぞ。タイガさん好きだし、ってことはだいぶ中身も女になってきてるし、多分そっちの気は無いと思う。
というかあの、アリカさん? エプロン外しながらベッドに膝乗せてのしかかってくるって、何で?
「ちょちょちょいやいやいやいや」
「タイガ様のものになる前に、私のものになっていただけませんか。セイレン様」
逃げ出す前に、上掛けごとベッドに押し付けられた。あーこら、足の間に自分の足滑りこませて来るんじゃねえ。上掛けの上からっつっても胸触るな、ここは風呂じゃねえんだよ。
あのなアリカさん、これ夜這いっていうやつか。相手違わないか、何か。
ってか、押し倒して顔接近させてくるこの体勢はキスか、キスを迫ってきてるのか。いやホント待て、何かおかしすぎるだろ。
あ、あれ?
キスって言えば。
『まあそういうわけで、妾が此度の守りに馳せ参じたというわけじゃ。接吻のひとつもしておれば、多少は守りになるのじゃが』
ミコトさんの言葉が、不意に思い出された。
よく分からんが、ここでアリカさんにキスされたらヤバイ気がする。ええいしょうがねえ、とりあえず上掛けの下ってことでうまいこと右手引き出せたからアリカさんの顔をこう、がっしと掴んでやる。両頬をむぎっと押さえて、変な顔になってるけどこの際気にはしない。
「んぐ」
「あーりーかーさーんー……むぎぎぎぎ」
あ、やべえ。多分これ、力負けする。
ともかく押し戻そうと腕に力を入れるんだけど、これがなかなか。こっちは下から押し上げる形になるから、どうしても不利なんだよ。
「んふ。せーれんさま、てれやさんなんらからあ……」
あががやばいやばい、脳内で警報ガンガン鳴ってる。こ、このままキスされたら何か俺、すごくやばいことになる。いやちょっとアリカさん、いい加減にしてくれ。




