94.こまった、従者負傷
「ほにゃー。セイレン様、大丈夫でしたかー」
ジゲンさんの家に運び込まれてほどなく、オリザさんは目を覚ました。えー、ちょっと頭打ってたけど特に問題はないそうだ。マジかよ。
「いやいやいやいや。俺はこの通り全くもって大丈夫だったんだけど、オリザさんのほうがっ」
「まだちょっと目が回ってますけど、だいじょぶですよー」
ほにゃほにゃと笑うオリザさん、確かに目が回ってるというか何かふらふらしてるというか。本人が言うほど大丈夫、に見えるわけがない。額に包帯巻いてるしな。
「いやいや大丈夫そうに見えないから! いいから休んでろ頼む」
「セイレン様のおっしゃるとおりよ。回し蹴り直撃したんだから」
「ぎりっぎりでバリヤー張れましたから、直撃はしてませんです。ただ、衝撃は消せなかったですけどー」
俺とアリカさんのツッコミに、オリザさんがそう答える。そっか、直撃はしなかったのか……でも、それでも衝撃で倒れて頭打って意識無くしたんだから、やっぱりヤバイだろ、それ。
「よし休め。ここでしばらく安静にしてろ」
「セイレン様のご指示に従ってくださいね、オリザさん」
「あうー……は、はあい」
さすがにこれは、主の特権使わせてもらうからな。そうでもしないとこのまま、俺のおつき仕事に戻りそうだしさ。
オリザさんはしょげちゃったけど、さすがに俺かばってのことだし無理はさせたくないんだよ。
「今日は私1人で何とかなると思うから、明日からお願いね。ミノウ」
「無論だ。セイレン様、そういうわけでよろしくお願いいたします」
「こちらこそ、頼むよ」
ジゲンさんとこに魔術の勉強に来てたミノウさんは、既に事情を説明されてた。だから、いきなり吹き飛んだ休みにも快く頷いてくれた。アリカさんもだけど、ほんとごめん。ありがとう。
ところでミノウさん、私服かっこいいな。黒っぽいセーターに厚手の……向こうで言うところのタータンチェック、みたいなロングスカート。足元はしっかりブーツで、走るのにも蹴るのにも重宝するだろう。いや、方向性間違ってないか、俺。
一方カヤさんは、翌日の昼前に目を覚ましたって連絡が、伝書蛇から来た。相変わらず俺には懐かなくて、しゃーと威嚇されるのが何だかなあ。ちょっと泣くぞ。
で、俺と母さんとでジゲンさんちに押しかけると、ベッドの上でめっきょり凹んでるのが丸分かりのカヤさんが上半身起こしてた。あ、もちろんメイドさんたちと、あとミコトさんは連れてるからな。昨日の今日で護衛役連れてない訳ないし。
「……奥様、セイレン様……あ、あの」
「ああ、良かった……!」
俺が何か言うより先に、母さんがカヤさんに抱きついた。ああうんそうだよなあ、カヤさん、長いこと母さんについてるんだもんな。
でも、満足するまで抱きしめた後母さんは、さすがに厳しい顔になった。そうしてゆっくりと、カヤさんに話しかける。
「カヤ。あなた、自分が何をしたのかは分かっているわね?」
「……はい」
「前から言っているでしょう。シーヤの家の跡取りは、サリュウだと。それはセイレンの希望でもあるのよ」
「…………はい。わかっています。そのつもり、だったんです」
……やっぱり。
カヤさんも、頭では分かってくれてたんだ。俺はシーヤを継ぐ気はなくて、サリュウに継いで欲しいって思ってたって。
でも状況がどうなるか分からなくて、それで悪霊のやつに。
「私からは辞めろ、とは言わないわ。あなた、することがなくなれば余計に考え込んでしまうでしょう?」
そのカヤさんに、母さんはそう言った。
ああ、よくあるよな。首になった人が、もう後がないからやけくそで暴走するとかさ。カヤさん、そのくらい思い込む人なんだな。
だから、俺のこともずっと気にかけててそれで、あんなことになっちゃったんだ。
「ただ、しばしの間は謹慎なさい。ジゲンに身柄を預けるわ」
母さんとしては、落とし所はそこら辺らしい。まあ、すぐに仕事に復帰させるとまたいろいろありそうだしなあ。特に、俺んとこのメイドさんと。
いや、おやすみしてるオリザさんもだけどミノウさんもアリカさんも、ちゃんと分かってくれてると思うんだ。だけどさ、なあ。特にアリカさんなんか、目の前でオリザさん倒されたわけだし。
それと、正直言って俺も、普通にお仕事してるカヤさんを見て平常心でいられるかどうか分からない。この辺はもう、そうなってみないと分からないんだけどさ。でももし俺が平常心なくして、そこを万が一付け込まれたら……なあ。
まあ、俺の気持ちはともかくだ。母さんはおとなしく聞いてるカヤさんに、もう1つ処分を与えた。
「それと、サリュウにはちゃんと話をして謝りなさい。あの子はね、セイレンのことを大事な姉として思ってくれているの」
「……はい! 申し訳ございません奥様、セイレン様!」
うわー、カヤさん泣き出しちゃったよ。まあ、しょうがないか。ホント色々、溜まってるもんあったんだろうしな。サリュウが姉思いというかぶっちゃけシスコン気味だって言うのは、口に出さないでおく。
で、母さんたちをそのままにして俺たちは部屋を出た。外ではクオン先生が、室内を伺っている。
『ひとまずは落ち着いたようじゃ。クオン、頼むぞえ』
「はい。我が家でお預かりいたします」
「お願いします。カヤさん、結構溜まってるみたいなんで、後で話を聞いてあげてください」
「お任せください、セイレン様」
それまでじっと黙ってくれてたミコトさん、それから俺が頼むと、クオン先生は深く頷いてくれた。俺もなんだけど多分サリュウも、クオン先生にいろいろ話を聞いてもらうことでストレス解消になってるような気がするんだ。だから、カヤさんにも少しでも楽になって欲しいし。……クオン先生自身は、だいじょうぶだよな?
「カヤさんはともかくとして、薬屋でお話を聞く必要があるかもしれませんわ。どうしましょうかしら」
当の先生は特に変わった様子もなく、そんなことを言ってきた。ああ、そういえば麻薬は薬屋さんが出どころっぽいしな。しかし、俺や母さんが変に動くと危ないだろ……そうすると、この際権力に頼るしかないか。
「うーん……母さんも考えてるとは思うんだけど、多分父さんに手配してもらったほうがいいと思います。母さんが出てきたら、話してみてくれますか」
『その辺の手配は、そなたらに任せようぞ』
「承知しました。任されましょう」
自信満々に胸を張って、クオン先生は俺の提案を受けてくれた。しかし、いつ見てもおっきいなあ。
……現実逃避してる場合じゃないからな、俺。
『まっこと、あれでいいのかえ?』
ジゲンさんの家を出て部屋に戻る道すがら、ミコトさんは俺にそう尋ねてきた。あれで、って言うのはきっと、カヤさんのことなんだろう。
「いやだって、カヤさんは母さんのおつきですし、その母さんの判断ですから」
『そこじゃよ。メイアが甘いのは今に始まったことではないんじゃが、此度はさすがにのう……本気で手を上げたわけじゃしの』
あ、以前から母さんああなのか。よく領主夫人やれてるな、忙しい父さんのバックアップ担当って厳しくないと駄目なんじゃないのかなあ。……その厳しいのを、カヤさんが担当してくれてたのかな。
「俺が口出しすることじゃないと思うんですよ。それに、俺がカヤさんの立場だったら、あそこまで行くかどうかは分からないけど不安になるでしょうし……でもこうなった以上、カヤさん自身、自分で先を決めるんじゃないかなとは思います」
『ふーむ、まあなあ……』
「それに俺、中に入られたとかじゃありませんけどえーと、操られたっていうのかな……そういう経験、ありますから」
夏の夜。かちんとぶつかったグラスの音をきっかけに、俺は呼ばれるように屋敷を出た。
それで、もう少しでトーカさんの……えーと嫁というか何というか、そういうのにされるところだったんだよな。
あまり思い出したくない記憶だけど、でも今のカヤさんの気持ちの参考になるんなら。
「とにかく、そうしなきゃいけないって思い込まされてるんですよね。理由がわかんなくておかしいな、って一瞬思ったりもするんですけど」
『……なるほど。まあ心に留めおこう』
ミコトさん、ここらへんは微妙にクールなのな。レオさんにちょっと似てる、って思ったから、王族に特有なのかもしれない。何が、って言われると困るけどさ。




