93.たいへん、従者戦闘
昨日に続いて、再び母さんの部屋に行く。カヤさんは訝しげな顔をしてたけど、それでもちゃんと通してくれたのは感謝。母さんの部屋では、カヤさん以外のメイドさんも2人ほど並んでた。
で、クオン先生からお茶っ葉のことを話してもらった。あー、みるみるカヤさんの顔色悪くなっていくのが分かる。
母さんは幾つか質問を投げながら話を聞いていてくれたけど、こっちもどんどん顔色がひどくなる。一区切りついたところでそのカヤさんへと視線を向けたときにはもう、真っ青どころか真っ白だった。
「カヤ。セイレンに、どうしてそんなお茶を飲ませようとしたの?」
「……」
青ざめた顔を伏せてしまって、カヤさんは答えない。スカート握った手に、ぎゅうと力がこもっている。いやまあ、答えろって言われて素直に答えられるもんじゃないけどさ。
その辺には母さんも気づいたのか、質問を変えた。
「前にも言ったわよね、カヤ。セイレンはサリュウに家を継がせたがってるって」
「……はい」
「それに、セイレンにはタイガ殿がいるのよ。来年には、シキノの家に嫁ぐことも決まっている。それでどうして、セイレンに何かしようとしたの?」
そう。俺が出て行くのが分かっているのに、何で麻薬なんてって考えるよな。
もっとも、俺を狙うのが目的な悪霊どもにしてみれば、カヤさんに俺を狙わせる理由なんて大して意味がないんだろうけど。
理由はともかく、俺に何かするのが目的なんだしさ。
「……こわ、こわかったん、です」
ほんの少しの沈黙の後、カヤさんはどうにか口を開いてくれた。
「怖かった?」
「……いつ、セイレン様が心変わりされるかもしれないのが。いつ、旦那様や奥様のお気が変わられるかもしれないのが」
やっぱりか。
俺が何を考えてるのか、父さんや母さんが何を考えてるのか、ちゃんと伝えてたんだけどな。でも、言葉で出てこないところがカヤさんにはきっと伝わらなくって。
それで。
『……その不安を、悪霊どもに突かれたのじゃな。カヤよ』
ミコトさんが、低く抑えた声で問う。それがスイッチになったのか、カヤさんはぶつぶつと呟きはじめた。って、何か怖い、怖いって。
「セイレン様が跡を継げる状態でなくなれば、サリュウ様は安泰でいられる。サヤが乳を与えて育てた可愛い可愛いお方が、シーヤの家を継いで私のそばにいてくれる……っ!」
突然、カヤさんが顔を上げた。一瞬構えた直後の長い足を振り上げての回し蹴りで、俺を狙ってくる。
「失礼しますよっ!」
けど、それより一瞬早くオリザさんが俺の肩を掴んでぐいと下に押し込んだ。俺はソファの上から滑り落ちて、テーブルの下に半分潜り込む感じになる。だから、代わりに蹴りを受けたのはオリザさん、だった。
「ぎゃっ!」
「オリザ! 失礼します!」
ソファの向こうに、どさっと音がする。多分オリザさんが倒れた音で、それを聞き終わらないうちにアリカさんがはね飛んだ。
いや、ほんとに飛んだんだよ、ソファの上。で、その勢いでカヤさんの肩口にキックが命中したんだ。回し蹴りって動作大きいから、隙できるんだな。
「がっ!」
で、カヤさんは跳ね飛ばされて母さんのコレクション棚にぶつかった。棚自体はほとんど動かなかったんだけど、カヤさんの動きに巻き込まれてぬいぐるみがいくつか落ちる。
膝に落ちたぬいぐるみを邪魔そうに放り出して、カヤさんがムクリと立ち上がった。あ、やべ、目がイッちゃってる。正気じゃないな、あれ。
「オリザ! 大丈夫なの!?」
「奥様、動かさないでください!」
と、そういえば母さんは……とクルッと見渡したら、あ、声が聞こえた。カヤさんがあっちに飛んだ隙に、クオン先生と一緒にソファの向こう側、オリザさんとこに滑り込んでるみたいだ。
俺はそのオリザさんに押し込まれた時に、どうやら腰を抜かしたらしい。動けねえ。
「う、うう……」
『アリカ、そのまま叩き伏せよ』
「はい!」
触れないせいで肉弾戦には不参加なミコトさんが、アリカさんに指示を出す。いや、叩き伏せてどうにか……なるもんじゃないけど、抑えるのが最優先か。
つかアリカさん、棒とかなくても強いな。というか、メイドさんとメイドさんがパンチ繰り出すわ蹴りぶつけ合うわってまるで格ゲーみたいなんだけど、いやこれ現実だから。また現実逃避してないか、俺。
で、そのメイド対決は、どうやら若さの勝利だったらしい。カヤさんの少しのぶれを見切ったアリカさんが、その腹に掌底を叩き込んだ。
「はあっ!」
「ごっ……」
見事に入ったその一撃で、カヤさんの動きは止まった。でも彼女は倒れなくて……あれ、何だあの煙というかもやというか。カヤさんの身体の周りに、もやもやとまとわりついてるのって、要するに。
『ふん。その程度の雑魚が、妾に敵うと思うてか。それもここは我が地、シーヤの屋敷ぞ』
ミコトさんが、そこで一歩踏み出した。握った拳が光るのは、多分オリザさんが出せるような光の壁と同じ、魔力なんだろうか。
その拳をミコトさんは、無造作にカヤさんの腹に叩き込んだ。あ、いや、正確にはもやの中心部、かな。だって、カヤさんは殴られた反動で動いたりしなかったから。
『失せよ、下衆。その身は我が子孫に仕えし者、下郎が宿るには少々質が良すぎるわ』
凛と響く、ミコトさんの声。それが何かの衝撃になったのか、カヤさんの身体を覆っていたもやみたいなものがぱしゅん、と消えていく。そして、カヤさん自身はミコトさんの身体をすり抜けるようにくたりと床に座り込んで、そのまま倒れてしまった。
「カヤさん! ……わっ」
「カヤ!」
ええい、いつまでも腰抜かしてられない。無理やりソファとテーブルの間から這い出したけど、あーやっぱり腰抜けたままだ。
母さんはソファの向こう側から顔を出してカヤさんを確認すると、慌てて駆け寄る。そっと抱き上げるけど、多分目は覚まさないだろうな。そんな気がする。
カヤさんは母さんに任せて、俺は俺を守ってくれた、オリザさんの方に行かなくちゃ。動けよ足、こんちくしょう。
「クオン先生、オリザさんは?」
「頭を打ってます。多分大丈夫だと思いますが、診てみないと」
オリザさんを見ててくれたクオン先生の顔から、笑みがすっかり消えている。そりゃ、そうだよなあ。あ、俺は腰抜かしてるだけだから。大丈夫、うん。
『クオン、ジゲンを急ぎ呼べ。そなたらは部屋を片付け、メイアを奥の間で休ませよ』
「は、はい。では一旦、失礼いたします。セイレン様、オリザさんを見てあげてください」
「はい、お願いします」
ミコトさんの指示で、クオン先生は部屋を飛び出していく。くったりしてるオリザさん、顔色はそんなに悪くない……と思う。いや、さっきのカヤさんや母さんと比べてるからかもしれないけど。
「奥様、大丈夫ですか」
「ベッドで一休みなさってください。部屋は片付けておきますから」
「え、ええ、わたしは大丈夫よ。ごめんね……カヤとセイレン、それにオリザをお願いね」
母さん付きのメイドさんたちがぬいぐるみを拾い集め、母さんを寝室に連れて行く。それを見送ったミコトさんの口元から、ちっと舌打ちの音が漏れるのが聞こえた。
……おい、悪霊ども。
いくら何でも、俺怒るぞ。
狙いは俺だろう。まわり巻き込みやがって、こんちくしょう。




