91.おとどけ、冬夜菓子
とりあえず、いつまでもソファに懐いているわけにはいかない。自分がピンチだってのはさておいて、俺にはクッキーを包むというお仕事がある。後、何かに熱中してればその間は嫌なこと忘れられそうだしな。先送り、とも言うけれど。
「アリカさん、クッキーあとどれくらいかな」
「あと3分の1くらいですが……あの、セイレン様、ミコト様が」
『セイレンよ、妾の分はまだかえ?』
あ、ごめんごめん、忘れてた。そうふてくされなくてもいいだろ、ご先祖様。
あー、でもまあ要するにおあずけ状態なわけだもんな。じゃ、さくさくと行ったほうがいいか。
「それじゃ、ミコトさんもお待ちかねだし先にお供えに行こうか。何か作法とかあるの?」
「いえ、特にそういったものはございません。儀式の間までご案内いたします」
あーまあ、向こうでもお供えにお作法とかなかった……よな、多分。小さな仏壇があって、その前にお菓子とかが割と適当に並んでたっけ。で、さっさと食い散らかした馬鹿が院長先生に怒られてたことがあったな。
墓参りも……記憶にないなあ、そういえば。院長先生を助けてくれた人のお墓くらい、行ってそうなもんだけど覚えてないし。先生、1人で行ってたのかな。
アリカさんを伴って、儀式の間でお供えをしてきた。奥の壁のところに祭壇ができてて、その前に色々食べ物や飲み物が置いてある。俺はその隅っこに、そっとクッキーを供えた。墓所参りの時と同じように、手を組んで祈る。……つっても、祈る相手隣にいるんだけどさ。
「とりあえず、どうぞ頂いてください」
『うむ、もらおう』
あ、分かりやすく上機嫌に戻った。しばらくして、ほにゃんと幸せそうな笑顔になる。
一体どういう仕組みで食べてるんだろうなあ、御先祖様って。いや、考えるだけ無駄だろうとは思うけどさ。
『おお、此度の菓子は美味いのう。そなたら、このような美味をしょっちゅう口にしておるのかや』
「すみません、子孫ばっかり得して。何なら、こまめにお供えした方がいいんですか?」
『うむ。墓所に供えてくれてもよいぞ、皆で食せるからの』
この辺は向こうとそう変わりなさそうだな。向こうでも、お墓にお供え物するって言うし。よし、じゃあ次の夏はシーヤにも、シキノにもお供えするかあ。
部屋に戻って、クッキー包みを再開する。何か、やる気出た感じがする。ミコトさんも美味しいって言ったし、これをもらった子供たちとかが喜ぶ顔が何か見たくなったからさ。
ちまちま紐を結んでいると、見物してて退屈になったのかミコトさんが話題を振ってきた。屋敷の中はうろつけるみたいだから、よその部屋見に行ってもいいのにな。
『そういえばセイレン、そなた婿殿とは歳の差があるという話じゃな。モンドもそうじゃが、シーヤの家系はそういう傾向にあるんじゃろうか』
「父さんも? あ、父さんと母さんが8歳違うってのは聞きましたけど」
歳の差、なあ。
俺とタイガさんは10歳違い。こっちの両親が8歳違いなんで、まあいいやって感じるのは構わないよな。タイガさん、年齢よりちょっと子供っぽく思えるしさ。
そんなこと考えてたら、ミコトさんが偉いことぶっちゃけてきた。
『妾、15歳上の旦那様のところに押しかけたのじゃよ。父上と母上を説得するのに難儀したわ』
「ぶっ」
吹くよな? 吹いてもおかしくないよな?
いやだって、ミコトさんってもともと王家の姫様だよ。その彼女がさ、15も上の田舎領主んとこに押しかけたって、いいのかよスメラギ王家。説得に苦労したって、そりゃそうだろ。絶対年近めとか、もっと条件のいい見合い話が入ってきてたはずだろ。
いやまあものすごく昔の話だけど、俺のご先祖様の話だけど。というか、見合い前提になってしまってる俺の思考、すっかりこっち側だな。
「15歳、ですか。セイレン様、負けましたね」
いや待てアリカさん。負けたって何がだよ。
「誰が何の勝負してんだよ。確かにタイガさんとは10歳差だけど」
『ほっほ、やはりそういう家系なのじゃなあ』
どんな家系だよ。というか、要するに年の離れた相手が好みってことだろうけど、それミコトさんが言えないよなあ。っていうか、もしかして。
「ミコトさんが持ち込んできたんじゃないですか、歳の差家系って」
『……わ、妾は知らぬ』
「どうだか。さすがに15は影響するでしょう、後世に」
こら、言葉に詰まっただろ。あとすねてそっぽ向くなよなあ。
これは多分、というかほぼ確実にミコトさんのせいだ。だって俺も父さんや母さんも、ミコトさんより後の時代だもんな。
ってことを考えた途端、ミコトさんが顔真っ赤にしてこっち振り返ってがーと吠えてきた。
『妾のせいじゃないと言うておろうが! 何じゃ何じゃモンドもミツクニも、皆妾のせいにしおって!』
「……すみません、ミツクニさんって誰ですか」
『モンドの父、即ちそなたの祖父にあたる男じゃ。娶った妻は、確か7つ下と言うておったの』
そうか、祖父さんまでそうなのか。
……絶対ミコトさんのせいだな、これ。うん。
んで、ご先祖様と楽しく……うん、楽しく会話など交わしつつ次の日の夕食後まで頑張って頑張って頑張った結果。
「よーっし、できたぞー!」
最後の1つにリボンをかけ終わって、俺は叫んだ。両手振り上げても問題ないだろ、終わったんだから。
「やりましたねー」
「お疲れ様でした、セイレン様」
オリザさんとミノウさんが、ぱちぱちと手を叩いてくれた。拍手も意味がそんなに変わらないので、安心して聞けるなあ。
で、拍手の音の元はもう1人いた。もちろんというか、我がご先祖様ミコトさんである。
『ようやったようやった、さすがは妾の子孫じゃ』
「ミコト様、それあんまり関係ないと思いますー」
『何じゃ、可愛い子孫を自慢して何が悪い』
オリザさんとはある意味漫才コンビになってしまってるのは、どうなんだろう。いやまあ、ほんとに喧嘩されるよりはボケとツッコミの関係のほうが安心して見られるけどさ。
「あ、ではわたしが持って行っときますねー」
「いや、俺が持ってくよ。俺が請け負ったんだからさ」
「分かりました。じゃあ、お伴します」
うん、俺が頼まれてやるって言ったやつなんで、ちゃんと責任持って俺が引き渡しに行かないと駄目だろ。そういうことはオリザさんも分かってくれて、ミノウさんも「私もおともしますので」と頷いてくれる。
さて、この場合ご先祖様はどうするかな。と思ったら、ミノウさんが聞いてくれた。
「ミコト様はどうなさいますか?」
『妾は少々、部屋を探索しておるよ。早う行って来やれ』
「分かりました。それじゃ、留守番お願いしますね」
『おお、そうとも言うか。よろしい、可愛い子孫の頼みじゃ。受けようぞ』
ほほほ、と笑うミコトさんはほんとに楽しそうで、何だかんだ言っても現世を楽しんでるんだなあってことは分かった。
階段下でちょうどカヤさんに会ったので、用件を告げる。OKをもらって階段を上がり、母さんにクッキーの入った箱を渡した。
いや、箱持ってきたのはミノウさんなんだけどな。俺に重い荷物持たせるわけにはいかないってさ。そんなに重くないと思うけど、こっち来てからあまり重いもの持たなくなってるからなあ。それに男から女に変わってるわけだし、筋力だいぶ落ちてるぞ、俺。
「あら、早かったわねえセイレン。助かるわ」
「いえ。俺も皆に手伝ってもらってやっと、でしたから」
そういう母さんのところにも、蓋のされた箱が置いてある。年越しの週はもう目の前だから、これで大体全部、だと思っていいのかな。
「ふふ、1人で背負い込まなくてよかったわ。カヤ」
「はい」
「セイレンもお疲れのようだから、あれ持ってきてあげて」
「は、少々お待ちくださいませ」
ニコッと笑った母さんの言葉を受けて、カヤさんが戸棚から何か取り出してきた。で、俺のところに持ってくる。
「セイレン様、こちらをお持ちください」
「あ、ありがとうございます。何ですか?」
「お茶よ。疲れが取れる薬草茶ですって、カヤが買ってきてくれたの」
薬草茶、って苦そうにも聞こえるけど、こっちじゃハーブティーのことなんだよね。
渡されたちょっと重い、厚手の紙の袋には何も書いてなくて、街の薬屋さんの名前だけが入ってた。あるよ、薬屋。薬草とかハーブとか、飲み薬も漢方みたいな感じのがあるし。幸い、今まで使ったことないけどさ。
で、ハーブティーも薬屋さんで扱うことがあるから、なるほどと思って受け取ったんだ。
「わ、ほんとうですか? ありがとうございます、皆でいただきますね。カヤさんも、ありがとう」
「……いえ」
……んー?
何か今、カヤさんの表情ふふんって感じだったけど、何でだろう?




