90.ちゅうい、御先祖様
『さてと。そなたらに少々、言うておかねばならんことがある』
昼食がほぼ終わって、お茶とデザートであるチーズケーキが出てきたところで、ミコトさんは改まったように口を開いた。食堂には家族が全員集まるし、メイドさんは頼めば撤収してくれるので割と秘密も守れるというか。
『普通ならばこちらでどうにかする事柄なんじゃが、此度は例外でな。そなたらにも気をつけてもらいたい故、特別に伝え置く』
「やはり、何やらございましたか」
『うむ』
ありゃ。父さん、何か感づいてたみたいだな。というか、母さんも真面目に聞いてるし。
ミコトさんはそんな両親の顔を見比べてから、俺に向き直った。まあ、この中で一番こっちの世界に疎いのは俺だしな。
『セイレンよ。我ら先祖が年の瀬に現世に出向く意味、聞いておるかえ?』
「あ、はい。神様の力が弱くなって悪霊が悪さしに出てくるので、その見回りに来られるとか」
『うむうむ。まあ、その通りなんじゃが』
すっげー大雑把な俺の解釈で、一応合ってるらしい。まあ、神様の方の都合なんて俺、分からないもんなあ。
『その悪霊どもなんじゃが、要するに生前ろくでもないことをしでかした連中じゃな。死んで先祖の列に並んだところで、改心などせなんだ輩がいわゆる悪霊、と呼ばれるわけじゃ』
「なるほど。あ、例えば殺されたりして恨みつらみ持ってそうな人の場合はどうなりますか?」
『それもまあ、先祖の列に並んだ時点の心持ちで決まるのう。ま、悪行三昧でも改心して普通に先祖になりよる者もおるし、普通に死んでも改葬が雑で怒り狂って悪霊になることもある』
こちらの世界では、そういう定義なわけか。
……そうなると、改葬すらされなくてご先祖様になれない人たちってどういう扱いなんだろうなあ。神様的には、まだ自分のところに来てないから知らんとかいう感じなんだろうか。
『で、悪霊がする悪さじゃ。簡単に言えば、きゃつらは生きておる人間を自分たちの仲間と成してその数を増やし、ゆくゆくは太陽神様を凌駕しようとしておる。先は長そうじゃがのー』
「長そうなんですの?」
『太陽神様が、そういう輩ほったらかしにすると思うてか。こまめに駆除しとるわい』
母さんの質問に、ミコトさんはふんとつまらなそうな顔で答える。てか駆除て、悪霊は虫か。
ある意味虫、なんだろうなあ。潰しても潰してもどこからか出てきて、うんざりするって感じなんだろうか。いや、俺ご先祖様になったことないから知らないけどさ。
っていうか、悪霊さんたちの野望っていうか目的っていうやつ。神様超えるって、どんだけだよ。まあ、そうしないと自分たちが好き勝手できないからなんだろうけどさ。
……だから、悪霊なんだろうなあ。
『ただ、この時期はどうしても太陽神様のお力が弱ってしまうからのう。それで悪霊はひゃっはーとばかりに悪さをしに現れる。で、一番に狙われるのがその年に生まれたばかりの幼子、なんじゃよ』
「まあ」
「すると、子が生まれた年の瀬にご先祖様がたが屋敷においでになるのは……」
『うむ、その子を悪霊から守るためじゃな』
母さんが目を見張り、父さんがある意味ダメ押しの質問をする。それに、深く頷くミコトさん。
すげえな、ちゃんと意味があって出てくるんだ、ご先祖様。いや、そういう言い伝えがあるからとか何とかじゃなくって、ちゃんと証言が取れたっていう意味で。
で、ミコトさんはどうしても俺に視線を向ける。そもそも俺を見に来たわけだから当然だろうけど、それだけじゃなかった。
『一度守り通せれば、その子には目には見えぬが悪霊除けの印が授けられる。後は、その子次第ということになるのじゃが……』
「……あ、それで俺、ですか」
『うむ』
そう。俺は、生まれて1ヶ月でこの世界を離れた。何しろ3月生まれだから、春のうちにこっちの世界からいなくなったことになる。当然、ミコトさん言うところの悪霊除けはもらえてないわけだ。
『そなたは生まれた年の瀬にはこの世界におらなんだ故、悪霊除けを授けることができなんだ。よって、この冬に湧き出してくる悪霊どもがそなたを狙うて来やるであろう。何しろ輩共、無垢な赤子の次に狙うのは生娘じゃからの』
「それも本来は全員が印を付けられていて近寄れないから、悪意を持つような連中に近づくということですのね」
『そういうことじゃな、メイア』
きむすめ。
えーあーつまり、そういうことだよなあ、うん。
いやえーと、タイガさん手を出してこないんだよ。そういうことは嫁に来てからってさ。まあ、俺の方から迫るのも何というかその、なあ。
『まあそういうわけで、妾が此度の守りに馳せ参じたというわけじゃ。接吻のひとつもしておれば、多少は守りになるのじゃが』
「あら。してなかったの? セイレン」
「……」
母さん、ここで聞くな。ミコトさんのため息混じりの台詞聞いてりゃ、キスすらしてねえって分かるだろが。
あと、サリュウは分かるけど父さんまで顔真っ赤にしてるのは何でだよ。やっぱり娘のことは気になるのか、なるんだな。
「えーと、悪霊の悪さって具体的にどういうことやってくるんですか?」
『こちらでは主に、人間の意識に介入して悪行を代行させるのが一般的じゃの。赤子はそこまで意識がしっかりしておらぬから、直接頭の中に悪意を刷り込むようじゃが』
「それを悪霊除けで跳ね返すわけですか……」
『そうじゃ。……すぐに付けてやれれば良いんじゃが、年越しの週を乗り切らねば付けてやれんでの。済まぬな、セイレン』
「あ、いいえ。事情分かっただけでよしとします」
意識に介入、か。
……俺、トーカさんとこに行ってしまった時、何かおかしかったよな。悪霊に介入された人って、あんな感じで誰かを襲ったりしてしまうのかな。
怖い。あの時のこと、思い出してみたことあるんだけどさ。俺、そうしなくちゃいけないんだって思っててさ。
何でなのかさっぱり分からないけど、そうしなきゃいけない、そうすべきなんだって。
襲ってくる相手の方も、正気に戻ってみたら何でなのか分からない、ってことになったりするんだろうなあ。
マジ、怖い。
『こほん。まあ、今のシーヤにはカサイ・ジゲンがついておる故、さほど案じてはおらんのだが万が一、ということもあるからのう。くれぐれも、気をつけるのじゃぞ』
「承知しました。ジゲンは既にこのことは?」
『妾が言う前から分かっておったようじゃの。おそらく今ごろ、対策を練っておるじゃろ』
ミコトさんの言葉に、両親はほうと大きく胸をなでおろした。ジゲンさん、実はものすごーくとんでもない魔術師だってことか。年齢はあっちに置いといて。
……それにしても、トーカさん。
俺、あんたのせいで何かまた面倒事に巻き込まれたみたいだぞ。
「……参ったなあ、もう。なんでこう、俺ばっか」
「参りましたねえ……」
「大変ですが、頑張るしかありませんね」
部屋に戻って。クッキー包む気力もなくなって、俺はソファに懐いている。アリカさんとミノウさんも事情を伝えられたそうで、アリカさんはため息つきつつクッキーに従事。ミノウさんは何だかやる気を見せている。力仕事になるとやる気出すんだよね、この人。いや、助かってるんだけど。
『済まなんだのう、セイレンや。さすがによその世界までは、太陽神様のお力も及ばなんだ』
「いやいや、神様もミコトさんも悪くないですから、それは」
ミコトさんの謝罪には、さすがにちゃんと答える。ってーか、この場合悪いのは母さんにストーカーっぽい好意寄せてたトーカさんなんだから。俺は見事に、その巻き添えを食った形になるわけだけど。
……はあ、そうするとタイガさんとこにも何か影響出てこないとも限らないよなあ。そうでなくても夏と秋と、シキノの家にはごたごたが続いたんだから。
「……一応、タイガさんに伝えておくかー……」
「セイレン様ご無事ですかー、なんて飛んで来られる可能性がありますが、大丈夫ですか?」
アリカさんのツッコミはもっともだ。収穫期だと手紙が即日お届けサービスですっ飛んでくるくらいだと思うけど、もう冬でだいぶ落ち着いてるはずだし。
だ、だけどシキノにはストッパーになってくれる人がいる。だから大丈夫……かな?
「……タイガさんのことだからやりそうだけど、そこはサヤさんを信じようと思う」
『婿殿本人じゃないのかえ?』
「あの人何でか、俺のことになるとちょっと無茶する傾向があるんですよねえ」
俺は事実を答えただけなんだけど、何で皆目をそらしてため息つくんだろう。俺、また何か変なこと言ったのかな。
『そなた、のろけてる自覚皆無じゃろ』
えー。いや待て、ほんとに事実を述べただけだぞ。何でそうなるんだよ。
「……これ、のろけになるんですか」
『ばっちりなっておるよ。要は若い領主が己のためなら何でもする、と言うておるわけじゃからの』
「ああ、でもタイガ様ですからねえ」
「もう少し、年齢相応に落ち着いていただければ良いのですが」
そういうことでものろけ、になるのかよ。そう言われるとそうなのかな、とも思うけど。あとアリカさん、ミノウさん。否定できないから、それ。
俺より10歳も年上なのに、最初に会った時から結構積極的でさ。俺のこと一所懸命助けに来てくれたり、いろいろ気を使ったりしてくれて……あれ。
第三者から見てみる形にしたら、確かにのろけてるか、これ。うわあ、気が付かなかったぜちくしょう。
しばらく頭抱えてよう。ご先祖様及びメイドさん、見なかったことにしてくれ。




