89.おひさの、御先祖様
ミノウさんに頼んで、クッキーのことをユズルハさんに聞いてきてもらった。
「お供えはOKです。ユズルハさんも、ぜひミコト様にご賞味いただきたいとのことでした」
『おお、ありがたや。手間をかけるが頼むぞえ、セイレン』
「はい。後でお供えに行って来ますね」
はは、OKと聞いてミコトさんの嬉しそうなこと。自分の包んでる分から、ミコトさん用に一袋だけ取り分けておこう。いや、御先祖様に渡すんだし、自分で置きに行ったほうがいいよな。
さて、と。そういえば食事の時、ジゲンさんと顔合わせてないとか言ってたな。今ならジゲンさん、起きてるんじゃないか。
「ミコトさん、ジゲンさんなら屋敷のすぐ横のコテージにお住まいですよ。会いに行ってみたらどうですか?」
『いや、我らには少々厄介な決まり事があってのう。特例以外は、屋敷の外には出られんのじゃ』
「ありゃ」
屋敷から出られない、のか。御先祖様っていうのも、結構面倒なんだなあ。
それで、ジゲンさんやクオン先生に会ってない理由も分かった。2人とも、夜はあんまり屋敷に来ないもんなあ。特にご先祖様が来るのは冬だし、そうなるとお年寄りの身体には堪えるだろ。うん。
ただ、ちょっと考え込んでいたミコトさんがにんまりと嬉しそうに笑った。
『だがまあ、此度はセイレンが供をするなら外にも行けるぞえ』
「はい?」
『先ほど言うた特例、じゃ。此度、妾はセイレンを見に来た。よって、そなたが行くところにはついていけるんじゃよ』
「あ、なるほど。俺の背後霊みたいなもんですか」
『そなたの育った世界では、面白い言い回しがあるのじゃな。背後霊か、なるほどのう』
ほほほ、と口元に手の甲当てて笑うミコトさんは、見事にいわゆるいいところの姫君である。いや、ガチでそうなんだけどさ。
つーか、こっちには背後霊って言い方ないのか。まあ、夏に怪談とか聞いたことないし、父さんから借りられる本にもそういう話ってないから、そんなものなんだろうなあ。こっちの世界では。
俺を見に来たミコトさんは、現在俺の背後霊である。で、俺が行くところにはついていける。あー、そういうことか。
「そっか。普段は赤ちゃんを見に来るから、あんまり外には出られないんですね。赤ちゃん、自分から外に出ることってないですから」
『そういうことじゃ。サリュウがこの家に来た時はまだまだ気弱な子でな、あれもあまり外には出なんだ』
「えー」
うわ、初耳。俺の知ってるサリュウとは、ほんとえらい違いだ。あいつ、8年ですごく成長したんだな。
「サリュウ、朝外で剣の練習するのが日課なんですよ」
『らしいのう。聞いて驚いたわい、あのビビリがいつの間にそこまで成長したのかと』
ビビリって酷え。いや、俺から見てもまだまだなところあるけどさ。比較対象が多分タイガさんなんで、それはしょうがないと思う。もちょっと年が近いレオさんでも、なあ。
ま、それはさておいて。サリュウの話は本人に聞いてみるって手もあるしな。
俺がジゲンさんに会いに行けば、自動的にミコトさんもついてくるってことになる。それなら、あっちさえ大丈夫なら何とか出来るよな。よし。
「アリカさーん。ミコトさんと一緒にジゲンさんとこに行きたいんだけど、今大丈夫かな」
「あ、はい。今でしたらジゲン先生も家におられるはずですし、オリザもいますよ」
「そだね。じゃ、行きますか?」
『おお、是非に』
「そういうことなんで、クッキーちょっと休憩な。ミノウさんも、いっしょに行く?」
「お供いたします」
とまあ、そんな感じで俺とミコトさん、メイドさんずでぞろぞろとジゲンさんの住んでるコテージにやってきた。今日はオリザさんが魔術教室の日なので、こっちに来てるはずだよな。
アリカさんもミノウさんもいっしょなのは、そろそろクッキー包みに飽きてきたからだろう。いや、もうちょっとなんだけどなあ。
「ごめんくださーい。ジゲンさん、いますかー」
「しゃー」
玄関で俺たちを出迎えてくれたのは、相変わらず俺にはなついてくれない伝書蛇だった。ぱたぱたと背中の羽を羽ばたかせて、ちょっと待ってろというふうにこっちを睨みつけると器用に扉を開けて、そのまま室内に入っていく。バタンと閉まる音がして、俺はあ、と変なことに気がついた。
「……伝書蛇って、冬眠しないんだ?」
「あの種は冬眠はしませんね。そういう種類だからこそ、文の運び手に選ばれたということもあるんですが」
「あ、そりゃそうだよなあ」
アリカさんの説明に納得。そりゃ、冬に使えないと困ることだってあるもんな。
で、しばらく待ってると再び扉が開く。伝書蛇を肩に乗せて、ジゲンさんがひょこひょこと登場した。
直後。
『ふむ。相変わらず爺じゃのう、ジゲン』
「おや、お転婆姫様。すっかりご先祖様になられて」
『しっかり人生はまっとうしたわい。そういうそなたはいつまで生きるんじゃ? 跡継ぎなら孫がおろうが』
「ほっほ。クオンの娘の婚姻が決まるまではまだまだ」
『まっこと、どこまで生きる気かのう。ま、そなたの力がなくては困る民もまだまだ多いからの』
「そういうことでございますよ、姫様」
何年ぶりかは知らないけど、感動の再会なんて言葉はどこにもない会話である。いやまあ、この方が何かミコトさんらしいというか、ジゲンさんらしいというか。
……って、ちょっと待てーい。
「ジゲンさん、おいくつなんですか?」
「ほ? いやー、150から先は面倒で数えておりませぬのう」
『それ、妾が王宮を離れる頃にも同じこと言うておらなんだか?』
「ぶほっ」
ジゲンさんの答えまではまあある意味予想してたけどさ、その後のミコトさんのツッコミに吹いてもいいよな、俺。背後で同時に2つほど吹き出す音が聞こえたから、アリカさんとミノウさんも同じ気持ちだろうよ。
ミコトさんが王宮離れる時って、要するにうちに嫁に来た時ってことじゃねえか。
「ふぉふぉふぉ、もうすっかり爺でございますからのう。年など数えても、もはや意味はございませぬ。ささ、立ち話も何でございますから、中へどうぞ」
「お、お邪魔します……」
「あ、セイレン様にミコト様ー。いらっしゃいませですよー」
頭の中ぐるぐるつつ中に通されると、例によって勉強中だったオリザさんが顔を見せた。今日はふわふわの白のセーターに、ちょい厚手の赤チェックのスカート。あーもう、何でこう可愛いのが似合うかなあ。口に出したら、皆に声揃えて「セイレン様も可愛いです」とか言われそうだからやめとくけど。
お茶淹れに行ったオリザさんと、俺たちの座る場所を開けるためにソファの上の書類を片付けてるジゲンさんと、思わずそのお手伝いをしているアリカさんやミノウさんを見ながら俺は、ミコトさんに尋ねてみた。いや、ジゲンさんの年齢じゃなくて。
「……あのー。こっちの人って、寿命どのくらいなんですか?」
『少なくとも、この爺は非常識なレベルじゃろ。統計なぞ取ったことはないがまあ60から70、というところじゃな』
なるほど。結構長生きなんじゃないかな、と乏しい知識の中で思う。魔術使って体内スキャンできるから、病気の発見はそう難しくないんだよな、こっちの世界って。お医者さんがどのくらいの治療できるのかはよく知らないけどさ。
『100超えたらとんでもない高齢じゃが、そなたの育った世界ではどうだったんじゃ?』
「俺の住んでた国は医療のレベルが高かったこともあるんですが、だいたい80くらいが平均寿命でしたねえ」
『ほほう。さすがにそこまで生きたら、やることもなくなるんじゃないかの?』
「どうなんでしょうねえ。お年寄りの人、あまり周囲で見なかったもので」
『ふむふむ。それは、確かにそうじゃの』
いやほんと、周囲にサンプルがなきゃさすがに分からないよ。俺のいたような施設だとさ、やっぱりそういう人との交流って少なくて。
ソファが何とか空いたところで、オリザさんがお茶を持ってきてくれた。それをいただきつつ、今日はミコトさんがジゲンさんに会いに来たのがメインなので彼らの話を聞くことにする。
「しかし姫様。日のある間にお出ましになるというのは珍しゅうございますな。何ぞございましたか」
『とりあえずは、そなたの顔を見に来たかったのじゃ』
「それだけでおいでになるとは、とても思えませんのう」
『いやいや。カサイ・ジゲンに力を借りるからには、妾が自ら出向かねば失礼に当たるであろう?』
「そう言ったお気遣いのお言葉、生前に伺いとうございましたのう。まあ、シーヤの家の災いを弾くためにこの爺はおりますでな、ご安心召され」
……いや、ちょっと待て、2人とも。
ジゲンさんに力を借りるって、どういうこった。シーヤの家の災いとか何とかって。
「……てことは、また何かあるんですか」
『文句はシキノ・トーカに言え。あやつのせいで面倒事が起きとるんじゃ』
「よもや、こんなところにまで影響が及ぶとはさすがのわしも気づきませんでな」
わーお。
つまり、俺が向こうの世界に飛ばされてたのが原因で、また面倒事が起きるんだ。トーカさんに文句を言えってことは、要するにそういうことなんだものな。
とは言え。
「……トーカさんに言うのはいいんですけど、タイガさんが凹むんでちょっと」
『おお、そなたの婿であったな。これは悪かった』
やっぱりミコトさん、この辺の事情もちゃんとご存知のようだ。気にしてくれよな、俺来年嫁に行く先なんだから。
……嫁に行く、って言い方に違和感なくなってきてるなあ。すっかり俺、女になってんだろうなあ。
「……ミコトさん、ジゲンさん。何かあるんでしたら、うちの両親に言っておいたほうがよくないですか」
『そうじゃな。モンドとメイアには、昼にでも話すとしようぞ。それで良いな?』
「無論。クオンにも、その折に話しておきまするよ。それとオリザ殿、少々手伝うてもらいますぞ?」
「はーい。セイレン様をお守りするためですよね、もちろんお手伝いしますー」
お茶のお代わりを継ぎ足しつつ、オリザさんは当然のように笑ってくれた。いやほんと、また何か巻き込むようでごめん。




