87.おげんき、御先祖様
『本来ならば赤子の折に会うてなければならなんだが、災難であったな。我が子孫よ』
「は、はあ」
夜中に突然現れた推定ご先祖様は、そんなことを言ってほほほと笑った。うわー、こんな人実在したんだなあ。いやもう死んでるけど。
ふわふわの金髪は俺と違って触ると柔らかそう。ユズルハさんによれば触れないそうなので、それは残念だと思う。
身につけてるのは割と古風なふりふりひらひらゴスロリ系ドレス。母さんと趣味、合うんじゃないかなあ。
つーてもさ、そのドレス着けて俺が今の今まで頭乗っけてた枕の上にあぐらかいてるのってどうだろう。この人、ほんとにご先祖様かよ。俺が言うのも何だけどさ。
『む? いかがした。驚いて声が出ないわけではあるまい?』
「……あ、すみません。えっと、私のご先祖様でいいんですよね?」
『慣れた言葉遣いで良いぞ。伊達に先祖の列に並んではおらぬ、そなたの身に起きたことは承知しておるよ』
うわ。
どこまで知ってんだろう、このご先祖様。いや、一応夏にお墓参りはしてるから、その時に知ったのかな。
いやまあ、幽霊相手に細かく考えることもないか。うん。
……なんてこと考えてたら、ご先祖様は俺の顔を覗き込むようにして目を見張った。おー、ここまで接近すると眼の色がビオラみたいな青っぽい紫色だって分かるんだ。いや、どこ見てる俺。
『……ふむ。そなた、妾を知らぬようじゃの。シーヤの娘としては、まだまだ勉強不足でいかんのう』
「え、あ、ごめんなさい」
『素直なのは良いが、そうほいほい謝るものでもない。ろくでもない言質を取られるハメになるぞえ』
「き、気をつけます」
すい、と身を引いたご先祖様の、服の端が触れそうになってそのまま俺を通り抜ける。わあ、マジで幽霊だ。
そうじゃなくって……そっか、むやみに謝るもんじゃないのか。その辺は、気をつけないとなあ。つか、俺が知らないのが勉強不足ってことは、ご先祖様の中でも有名人なわけか。
『妾はシーヤ・スメラギ・ミコト。そなたの血に王家の縁を注いだ張本人じゃ、よろしゅうな』
「はあ……シーヤ・セイレンです。よろしくお願いします、って」
名乗られたので、こっちも名乗り返す。で、気がついた。
スメラギって、レオさんとこの苗字じゃねえか。つまりこの人、王家の人か。そりゃ有名人だわ。
本人も言ったとおり、俺に数十番台の王位継承権くっつけた元凶。いや、元凶って言ったら悪いな、うん。
話だけは聞いたことあったけど、名前は知らなかったなあ。確かに勉強不足だ。
自分だけで納得してたら、ミコトさんというらしいご先祖様は何か楽しそうににんまりと目を細めた。あ、妙にレオさんに似てる。あっち男というかオネエだけど。
『そなた、この世界に戻って間がないようじゃの。スメラギの名を聞いてひれ伏さなんだのは、そなたが初めてじゃ』
「ええ、まあ。まだ1年経ってませんし、スメラギさんなら今の第1王子にはお会いしたことがあるんですが」
『あー、あれのう。妾の兄の系統のはずじゃが、何であんなのが出てきたんかの』
あんなの、か。
ご先祖様から見ても、レオさんってそんな感じなんだ。過去の王家、ああいう人いなかったのかな……いなかったんだろうな。いたら、あーあいつそっくりじゃのーとか言ってきそうだし、この人。
『ま、見かけや言葉はアレだが、能力自体は優秀じゃし良いとするか。妾が此度見に参ったのはセイレン、そなたじゃからの』
「はあ」
あ、やっぱりそういう扱いか、レオさん。都帰ってから1回だけ手紙来たけど、それからさっぱりだなあ。まあ、王子様なんだしお仕事忙しいだろうしな。
で、やっぱり俺を見に来たらしいご先祖様……って、名前聞いたしなあ。どう呼ぼうか。
「って、えーと何とお呼びしたらいいですか。お名前聞いちゃったんで、ご先祖様でもアレですし」
『うむ、そなたの好きに呼ぶが良い』
「はい。では、ミコトさん、でいいですか?」
『好きにせいと言うたぞえ。様がつかぬ呼ばれ方は新鮮じゃ、良い良い』
からからと明るく笑うご先祖様、改めミコトさんは、何だか分かんないけどすごく嬉しそうだ。俺の気のせいかもしれないけどさ。
でも、考えてみればそっか。こっちの普通の人はスメラギ、って聞いただけで王家の人だって分かるし、だったら様つけるのが当然だ。
俺にしてみれば初めて会ったご先祖様だし、何かえーと、様付けというよりはさん付けのほうが合ってるような感じがしたのでそう呼んでみたんだけど。
……レオさんのこともさん付けだったけど、さすがに次会ったらレオ様、って呼ばないといけないのかなあ。笑って「やーねえセイレンちゃん、レオさんでいいのよー」なんて言われそうだ。
でまあ、俺はそのまま寝た。幽霊のミコトさんは特に寝なくてもいいらしく、『妾が見ておると眠れんじゃろ?』と別室に外してくれたのですとんと眠れたというか。
部屋を出るときに扉すり抜けて出て行ったから、やっぱり幽霊なんだなあと再確認してしまった。現実逃避、してもいいだろさすがに。
そして、翌朝。
「セイレン様、おはようございます」
『これセイレン、寒いのは分かるが早う起きやれ』
何でアリカさんと一緒に俺を起こしに来るんですか、ミコトさん。てか楽しそうだな、マジで。
『ほほほ、現世に戻ってきた時はこれをやるのが楽しみでのー。アリカも相変わらずで何よりじゃ』
「いえいえ。どういうわけか、ミコト様がお戻りになる時って私の担当日ばっかりなんですよね」
そういえば、昨日ミノウさんが言ってたっけ。自分はタイミング悪くて会えてないけど、アリカさんは何度か会ってるって。
「いやまあ、いいんですけど。おはようございます、ミコトさん、アリカさん」
「あら、様付けじゃないんですね」
『妾が許した。たまには普通に呼ばれてみるのも楽しいの』
「承知しました。皆に伝えておきますね」
アリカさんとミコトさんって、相性いいのかなあ。えらく仲良く話してるけど。ああ、でもまあ俺についてくれてるメイドさんと俺のご先祖様が相性悪い、とかなったら困るよな。特に、こうやって直接話できたりする世界だとさ。
あ、相性って言えば。
「ミノウさんは?」
「今、お湯を取りに行ってます……あ」
「遅くなりました。セイレン様、おはようございます」
ご先祖様を見れてないミノウさんが、桶持って入ってきて……ぴたり、と足を止めた。あ、片足引いたやばい。
「ミノウさんおはよう。その人、俺のご先祖様だから」
「はっ!?」
おう、やっぱりか。重心落としかけたところで俺の声で止まってくれたよ。あぶなー。
ユズルハさん言ってたけど、こっちからだと触れないんだろ。うっかりミノウさんが攻撃しかけたらさ、ミコトさんをすり抜けて俺の部屋が被害に遭うんだよなあ。
俺はいいんだけど、そうなったらミノウさんが絶対べこ凹みする。うん、これは間違いなく。
「し、シーヤのご先祖様にあらせられましたか! ご無礼をお許し下さい!」
『いやいや、少々驚いたが構わぬよ。というか、早う主に湯を渡してやれ』
「は、はいただいまっ!」
パニック起こしたミノウさんと、割に平然としてるミコトさんのやりとりを俺とアリカさんは、何かぼけっと見物していた。いやだってさ、下手に口挟むとなあ。
「……お湯投げられなくて良かったですね、セイレン様」
「……だよねー」
アリカさんの指摘もどっかずれてるんだけど、まあそれは確かに。
で、投げられなくて無事だったお湯を、ミノウさんは俺のところに持ってきてくれた。
「ししし失礼いたしましたセイレン様、お、お湯をお持ちしましたっ」
「うん、ありがとうミノウさん。ミコトさんも構わないって言ってるんだから、まあ落ち着いて」
受け取って顔拭きながら、ミノウさんを落ち着かせようと言葉を掛ける。「は、はあ」と頷きかけてミノウさんは、慌てて姿勢を正した。
「みこと……ミコト殿下っ!」
『よいよい。シーヤの嫁になった妾に殿下はないぞえ』
あー、身分ってこういう時面倒臭え、と思う。
お湯投げなくても、ミノウさんは結局凹んでしまった。シーヤのご先祖様で王族の人に何しようとしたんだー、ってことだろうからなあ。
『それより。アリカ、これはそなたの同僚じゃの?』
「あ、はい。私と同じくセイレン様を専属でお世話させていただいている、ミノウです。ほらミノウ、ちゃんとごあいさつ」
「……は、はい。セイレン様のお世話をさせて頂いております、ミノウです」
『ふむ。ミノウよ』
ミコトさんは、ベッドの端に腰を掛けた。ちょっと端っこが沈んだのは、多分気のせいだと思う。
で、頭を下げたミノウに、多分優しく笑ってだろうなあ。声をかけた。
『主の部屋に知らぬ顔がおれば、警戒するのは当然のことじゃ。そなたは良き使用人じゃ、余り気にするでないぞえ?』
「……身に余る光栄でございます」
要するに褒められたんだけど、ミノウさんマジ凹みしてるなあ。お茶の時間にでも、何か甘いもの食べるか。
それで回復してくれればいいんだけどなあ。




