86.さむざむ、冬夜怪談
「セイレン様あ、おはようございまーす」
今朝も元気なオリザさんの声で目が覚める。布団からのっそり起き上がると、あー何か朝の冷たい空気がすうっと入ってくる。うー、さむさむ。
「お、おはよ……うー、さむー」
「冬なので、しょうがないです! 暖炉にも火は入ってますし、すぐにミノウがお湯持ってきてくれますからねー」
布団に戻ろうとしたら、にっこり笑ったオリザさんに止められた。上掛け剥ぎ取られるよりはマシ、だな。うん。
っていうか、確かにチラッと見えた暖炉の中には火が入ってた。さっき冷たい空気だと思ったのは、まだ暖められた方なんだよなあ。
「ありがとー……ってか、オリザさん元気だねー」
「元気でないと、やってられないですねー。やっぱり寒いものは寒いですし」
「そりゃそうか」
そんな会話をしてるうちに、ミノウさんが「おはようございます」とお湯持ってきてくれた。タオル濡らして顔拭いて、頑張って着替えよう。
レオさんが都に帰ってから、秋はあっという間に過ぎた。いやまあ、タイガさんと同じように父さんは何だかんだで忙しかったし、俺はせっせといろんな勉強してたこともあるんだけど。
んで、季節はすっかり寒い冬。あー、こっちでもしんしんと底冷えするのな。じゅうたん厚い意味、よく分かった。
ちょっとおもしろいのは、灯りは魔術を使うんだけど、暖房は薪使って暖炉だってところ。このへんの使い分けって、何なんだろうなあ。
まあ、向こうでも灯りは電気だけど暖房はガスだったり灯油だったりすることもあるから、そんな感じなのかね。
で、冬には冬で例の1週間がある。年越しの週、これが終わるとこっちでは新しい年になるんだよな。
さて、この年越し。ぶっちゃけて言うと冬至とクリスマスと新年、更にハロウィンまで加わったものらしい。どんだけだよ。
言い伝えによると、この世界を作った太陽神が疲れて力が弱っていくので冬になる。んで、そこから回復していくと春になるんだそうだ。
で、冬の一番寒い時期には神様の力が一番弱くなるので、悪霊が悪さしに出てくるらしい。そこで皆で大騒ぎして悪霊追っ払って、ついでに神様に和んで回復してもらうのが年越しの祭りの目的とか何とか。
……要するにさ、この世界の人って騒ぐのが好きなんだな。神様が賑やかなの好きだっての、絶対人間のほうが好きだからだぞ。
「お菓子、どれくらい包めました?」
「んーと、半分くらいですかね。最後のリボン掛けるのが難しくて」
「細かい作業ですものねえ。私もちょっと溜まっちゃってるんで、一緒にやりません?」
「あ、いいですねえ」
でまあ、ハロウィンが混じってるってことで、年越しの週にはお菓子配りするんだよな。特に子供メインなんだけど、大人に渡しても何の問題もない。
そういうわけで、我がシーヤ家でも配るためのお菓子を準備する。お菓子そのものはプロに任せるので、俺とか母さんとかはそのお菓子を包むお仕事を任される。もちろん、メイドさんたちと一緒にだし、さっきの会話の通りクオン先生もお手伝いしてくれてるんだけど。
冬とはいえ傷まないように、ってことでお菓子作りが結構ギリギリになるので、当然その後にしかできない包み作業はもっと押せ押せになる。1人に1個ってわけにも行かないらしいので、まーそりゃすごい量っていうかね。
そんなわけで、お昼からの勉強の時間はそのままお菓子包みの時間に早変わりした。まあ、読み書きはとりあえず困らないレベルまで来てるのでいいか、ってことで。タイガさんと週1ペースで続いてる文通も、結構効果があるらしい。まあ、読んで書いてだもんな。
できたお菓子、今年はクッキーなんだけど、それを2つくらい取って端切れに包む。四隅をひとまとめにしてまず紐で結び、その上から色とりどりのリボンを結んで完成。それを、大きい箱に入れていく。全部でいくつ作ってるか知らないけど、俺の分が3桁あるから下手すると4桁行きそうだなあ。
「あ、そうそうセイレン様ー」
途中の休憩中、お茶を淹れてくれつつオリザさんが話を切り出してきた。ちなみにお茶菓子はここのところ、失敗して欠けたり割れたりしたお菓子が出てきてる。うん、もったいないし、味自体は変わらなくて美味しいもんな。
「年越しの週、もしかしたらご先祖様出てくるかも知れませんですから、気をつけてくださいねえ」
「ご先祖様?」
唐突に何だ、そりゃ。っていうかご先祖様ってこの場合、亡くなった人が改葬されて守護霊のたぐいになった、そういう人のことだよな。まあつまり。
「出てくるって……」
「ユズルハさんが言ってましたよー。シーヤのご先祖様、見たことあるんだそうですー」
そうそう。
暴れる悪霊の見回りに、弱ってる太陽神の代理としてご先祖様が出てくるって話もあるんだよ。で、ついでに子孫の様子見に来るとか何とか。
でもそれ、言い伝えだろ。出てくるって、冬に怪談かよ。てか、こっちにもその意味での出てくるとかあるのかよ。わーお。
「ああ、私も伺ったことがあります。私はタイミングが悪かったりして、拝見することはできていないのですが、アリカは2、3度経験があるとか」
包み終わったクッキーを箱詰めしていたミノウさんも、オリザさんの言葉に同調した。アリカさんも見たことあるんだな、ってことは怪談というよりはもうある意味当たり前の話、だったりするわけか。
さて、話に加わってないもう1人はどうなんだろ。
「クオン先生は、見たことあるんですか?」
「それがさっぱり。深夜にお出ましになることがほとんどだそうで、私と祖父の家には出てきてくれないんですよねえ」
クオン先生はにこにこ笑って、真っ二つに砕けたクッキーをぽりぽりと噛みしめる。
……なあ、先生。それってもしかしてさ、ジゲンさんが屋敷に張ってるバリアーのせいじゃないのか?
「ああ。シーヤのご先祖様でしたら、たまにおいでになりますね」
食事前にユズルハさんを見つけたので尋ねてみると、彼は平然と頷いた。
「最近ですと、サリュウ様をお迎えした年の末にお出になりましたか。シーヤだけでなく長く続く家ですと、子孫に何か大事がございました年の末に様子を見に来られる方がおられます」
「真面目に出てくるんですか……」
「はい。数日ほど屋敷に滞在されて、そのうちお戻りになられるのですが」
……超真面目に頷かれた。ガチの話らしいな。つーか、普通にお客さんみたいな扱いしてるし。
子孫に大事ってこの場合、生まれたり跡継ぎ引き取ったりとかか。まあ、こういう世襲制度敷いてる世界だと確かに重要な話だけどさ。
「セイレン様はお生まれになってすぐこの屋敷を離れられましたから、この年末にはご先祖様が見に来られるのではないでしょうか」
「俺を見に?」
「はい。生まれてすぐには会えなかった子孫ですからね」
……そっか。
俺、生まれた年の年末にはもう、この家にいなかったもんな。ご先祖様、俺のこと見れなかったんだ。
って、いやいやいや。
だからって化けて出てくるのかよ。それでいいのかご先祖。あと神様、そんなんでいいのかってこれはあれだな、一番弱ってる時だから言ってやるなってか。
「……で、出てくるってどんな感じで出てくるんですか」
「ああ、拝見する限りでは普通の方々とさほど変わりませんからご安心を。ただ、足元が少々透けて見えるのと、こちらからは触れませんが」
「……あはは」
ご先祖様は、割と分かりやすく幽霊らしい。あーまあ、もし出てきたら驚かないように気をつけるべきなんだろうなあ。ってか、俺の事情分かってくれてる気もするんだけど、何となく。
晩御飯の後も、ちょこちょこ作業を続ける。あー、施設でクリスマスプレゼント包むの手伝ってた時を思い出すよ。寄付やなんかで集まった文房具とかをさ、安い包装紙に包んでテープで止めて最後にリボン掛けるのな。
院長先生が夜遅くまでやってるの知ってたから、俺もちょくちょく手伝ったんだよ。終わった後に「ありがとなー」って言ってくれて、ホットココア入れてくれたんだよなあ。俺が好きなの、知ってたから。
……なんて思い出にふけってるうちに、さすがに遅い時間だと時計見て気がついた。慌てて片付けるのは、そうしないとメイドさんたち寝ないんだよ。俺が起きてるのに寝るわけにいかないっつーてさ。だから自然、自分もそれなりに健康的な生活になるんだけどな。
「おやすみなさいませ、セイレン様」
「おやすみー。お疲れ様」
そんなわけで片付けて、布団に潜り込む。巡りの物の時にもお世話になる湯器で、中は温かい。だから余計に、朝が厳しいんだけどな。
いやもー、ついつい張り切っちゃったせいか手がだるい。一応お湯で温めたんだけど、明日大丈夫かねえ。
湯器の入った袋ぎゅーと抱きしめると、そのうち眠くなる。いやもー、冬のこれは正義だ。寝る、寝てしまおう……。
『みーつけた』
「っ!?」
いや、さすがに飛び起きるだろ、耳元でんな台詞囁かれたら。
てか、誰だ。ミノウさんでもオリザさんでもアリカさんでもないぞ、今の声。ましてやカヤさんとか母さんでもないし、っていうか起きた瞬間慌ててぐるっと見回したのに、誰もいない。いや真っ暗だけど。
『おお、そなたが我が子孫か。ようよう会えて嬉しいぞえ』
また声が聞こえた。振り返ったそこ、ぶっちゃけると俺の枕の上に、薄ぼんやりと姿が見える。
……てーか、金髪ふわふわ系高飛車チックお姉さま、とはっきり分かるってどうよ。
これが、俺に会いに来たご先祖様、らしい。




