82.ぶちまけ、過去事情
さすがに、黒ずくめ軍団がははーと土下座することはなかった。だけど、フブキさんの背後にざあっと後退りする。あ、お陰で包囲解けたみたいだな。
っと、現実逃避してる場合じゃないか。俺はついつい、タイガさんに再確認してしまった。
「……国王の第1子、ってつまり王子様、でいいんですよね?」
「そうです。領民たちは、彼のことを王子様と呼んでいたのではありませんか?」
尋ね返されて、そういえばと思い出す。レオさんと合流した時に、領民のおばちゃんが彼を王子様って呼んでたよな。タイガさんが若様で俺が姫様だったから、そんなもんかと思ってたんだけど。
「……あれ、ガチで王子様だったからなんですか」
「そういうことです」
「あたしもタイガちゃんほどじゃないけどあちこち行ってるからねえ、知ってる人は知ってるわ。もっとも、知らない人にもよく王子様って呼ばれるんだけど」
タイガさんの頷きに、レオさんが肩をすくめながら続く。ああ、なるほどなあ。それなりに顔は割れてんだ。
そうでなくても何というか王子様、っていう感じのオーラ出てないこともないからなあ。いや、このへんは俺が鈍いんだろうな。領主の娘って、そういうの慣れないとやってけないし。
で、そうなると別の疑問が湧くんだけど。
「……と言うか、そもそもその王子様が何しに来られたんですか」
「んー、シキノ家の調査」
「調査?」
「そ。タイガちゃんがいきなり後を継ぐ事になって、それで使用人だいぶ入れ替えたでしょう。30年前にも同じようなことがあってさ、さすがに何かあったのかしらって都でも話題になっちゃって」
レオさんがさらっと答えてくれたのは、内容を考えると俺も他人ごとじゃない話だった。
30年前。つまりトーカさんが院長先生を追い出して、自分が『シキノ・トーヤ』としてシキノの当主になった時の話だもんな。
トーカさんは院長先生寄りだった使用人さんたちを首にして、自分の周りは自分寄りの人たちで固めた。そしてトーヤ、って名前でシキノの家と領地を、守ってきた。一応、ちゃんと領主はやってきたんだから、表向きには問題なかったはずだ。
それがいきなり、この夏に引退。タイガさんが後を継いで、トーカさん寄りだった使用人さんを解雇した。それは、院長先生や俺が向こうの世界に飛ばされたことに関係してたから。表沙汰にはなってないけどな。
でもまあ、何でだって話になってもおかしくはないのか。
「で、お父様が直接調べになんて来られないでしょ。だから、あたしが全権もらって調べに来たわけ。直でシキノ領に入ると怪しまれるから、親戚ってことでシーヤの家に入れてもらってね」
いやいやいやいや。ちょっと待て第1王子、そういう身分の人が動くのもあれだけどさ、その前。
お父様、ってこの場合王様のことだよな。何、その気になれば自分で調べに来るつもりだったのかもしかして。
この世界の王族、割とアクティブなんだなあ。俺、ほんとにその端くれなのか。血、一滴でも入ってるのか。
で、ぽかーんと話を聞いていたサリュウが何も考えることなく、ぼそっと呟く。
「親戚って、そんなの……」
「あら、あたし嘘はついてないわよ? シーヤの家系には王家の血が入ってるもの、親戚なのは間違いないじゃない」
「そういえば、遠縁の親戚の嫡男だって紹介されましたっけ。確かに間違ってはいないのか……」
頭抱えたよサリュウ。いや、俺も抱えていいと思うんだけど。
確かに王家とうちは遠縁の親戚で、第1王子ってことはまあ嫡男、だよなあ。物は言いようだな、うん。
「さて、調査の結果だけど」
ほんの僅か動いたフブキさんをひと睨みで固めて、レオさんはアヤトさんにちらりと視線を向けた。つーか黒ずくめ集団、王子様オーラに圧倒されてうまく動けないってのが正直なところだろうな。
「先代当主シキノ・トーヤ殿は病気による引退、で問題はないでしょう。ですが、先代当主が割に合わない高給を払って雇っていた使用人が、彼の引退とともに一斉解雇されました。これは現当主タイガ殿の決定によるものですね」
アヤトさんがとうとうと紡ぐのは、彼らが調査した結果。レオさん、これ文書にして都に持って帰るんだろうな。そこからどうなるのかは、俺には手の届かないところだし分からない。タイガさん、どうにもならないといいけど、と思って、ついぎゅっとしがみついた。あ、タイガさんの手、握り返してくれた。
「30年前、トーヤ殿がその先代から家督を譲り受けた際にも同じように使用人の大量解雇があったんだけど、その時は給与額に問題はなかったようね。ただ、嫡男とその異母弟の間で家督争いはあったから、その関係なんでしょう」
「シキノ・トーヤが使用人に払っていた高給をどこから捻出したのか。シキノ領の特産品は酪農、そして羊毛ですが、高級品の一部が30年前からじりじりと値上げされ、現在では物価の変化を考慮しても当時の3倍以上の値がついています」
あー、特産品の値段つり上げてその差額を懐に入れてたわけか。ていうと、商人もグルになってる奴がいるわけね。あれだ、山吹色のお菓子とかそこら辺の話だ。いや、こっちで賄賂とかをどう言うのか知らないんだけど。
「値段を釣り上げられていたのは、シキノ領でだけ生産される高価な品種に限られますので、一般の領民にはさほど関係はありませんでした」
「ある意味裏のお金ね。ここでしか作れないんだから、いくらお代をつり上げたってそれが高いかどうかなんて分からない。それも、30年掛けてじわじわ上げてきたんですものねえ」
なるほど。全体的に上げると領民さんたちも大変だろうから、領主とかそこら辺から搾り取れる高級品に限ったわけか。何だかんだ言っても、足元の安全は確保したわけだ。だから、30年も領主を務めてこられて。
なんかさ、トーカさんって、努力のしどころおもいっきり間違えてる人だったよなあ。普通に頑張れば、わりとどうにかなったはずなのにさ。
「で、そのお金で忍びを雇ってた。30年の間に、シキノの屋敷を出た元使用人が次々に亡くなっているわね。病死とか事故死とかってなってるけど、さてどうなのかしら」
おいおいおい。いや、確かにそういう話は前に聞いてたけどさ。つーか、ここでつながってくるのか。
今更ながらに、俺はぞっとした。よくもまあ、俺無事だったな。あと母さん。
「えーと……つまり、どういうことですか」
さすがに説明が長すぎたのとこう、いろいろごちゃごちゃあったせいでサリュウには、いまいち理解ができなかったらしい。それに気づいてレオさんは、ふっと微笑んだ。普通に笑っただけなのに、また黒ずくめさんたちビクついてるよ。何、彼の殺気って指向性があるわけか。
「そっか。サリュウちゃんにはちょっと難しかったわね。アヤト」
「はい。要するに、シキノの先代当主は何らかの表に出したくない事情があったのでしょう。その事情を知るであろう使用人たちを、ある者は高給で屋敷内にとどめ、ある者は金を持たせて追い出した上で、忍びを雇って口を封じたのです」
アヤトさんは言葉を選んで、説明してくれる。まあ、要するに自分寄りのやつは金で引き止めてそうじゃない奴は消したって、本気で時代劇になってきたなあ。
「その資金を、先代は羊毛などの高級品の値段を不当につり上げることで生み出していました。跡を継がれたタイガ殿はそのことを知り、高給を得て引き止められていた使用人を解雇なさいました」
「その結果残ったのが、サヤやフブキだった。だが、どうやらフブキは、こちらの寝首をかくことが狙いで残ったようだな」
タイガさんは、ため息に交じるように2つの名前を呼んだ。サヤさんは本当にタイガさんのところに残ってくれたけれど、フブキさんは。
「で、そのフブキちゃんをはじめとして、首にされた使用人やら忍びやらが逆恨みして今回の騒動、ってわけ。要するに、トーヤ殿がやらかしたことの後始末なわけよ。これが」
手をひらひらさせながら、レオさんは呆れたようにため息をつく。いや、呆れてんだろうな。30年前からの精算を任されたようなもんだし。
ひらひらする手に光るのは、王冠の形。多分あれが、王様から全権を託されたって証なんだろう。それをあからさまに見せつけながらレオさんは、改めてフブキさんや黒ずくめの皆を見渡した。
「さて、フブキちゃんとそのオトモダチの皆。ここで武器捨てて投降するんなら、ちゃんとした裁判を受けさせてあげるわ。だけど」
レオさんの台詞と同時に、アヤトさんとマイトさんがすっと重心を落とした。いつでも動ける、って感じに構える。それに釣られるようにタイガさんも、そしてメイドさんたちもそれぞれに、片足を引いた。
「抵抗するなら、スメラギ王家の名においてこの場で成敗してあげる。どっちがいいか、選んでちょうだい」
口調は普段のレオさんのままなのに、その声はものすごく冷たく、鋭かった。




