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どうやら俺は育つ世界を間違えたらしい。あと性別も  作者: 山吹弓美
三:秋の新参者

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81.ひかえよ、深夜来客

 俺をしっかりと抱えたままのタイガさんが、滑るように後ろに下がった。それと入れ替わりに、脚を踏み出した人がいる。メイド服しっかり着たままのサヤさんだ。両手に持ってるの、もしかしてトンファーってやつか。こっちにもあるのか。


「セイレン様、ご無事で何よりです」


 肩越しにちらりとこちらを見た彼女、平然と笑ってる。うん、と頷いた俺に満足したのか、すぐにサヤさんは黒ずくめに視線を戻した。


「ってーかタイガちゃん、あなたもうっかりさんねえ。オクスリに引っかかるなんて」

「面目ない。前もって解毒の術を仕込まれていたおかげで助かりました」


 周囲に視線を配りながら、レオさんは普段通りの言葉遣いで話しかけてくる。困ったようなタイガさんの答えに、俺はふと彼の顔を見上げた。


「って、タイガさんも薬盛られてました?」

「そのようです。幸い、サヤが少々魔術に通じておりまして」

「姉は苦手なんですが、私はそれなりに扱えますので」


 へえ。サヤさん、そうなんだって思ってたら、タイガさんが俺の顔を覗き込んできた。


「……セイレン様も、ですか」

「こっちはオリザさんが得意らしくて」

「なるほど」


 状況が状況だから、事実だけ伝える。それでタイガさんはちゃんと分かってくれるって思ってたし、それに分かってくれたからいいとしよう。

 と、急に周囲が明るくなった。向こうで言う街灯みたいなのが点灯したのかな、っていうかあるんなら最初からつけろよ。それとも、襲ってきた皆さんがあらかじめ消してたか。多分そっちだな。

 それで、俺たちが黒ずくめを囲んでる状況だと思ってたんだけど、更にその俺たちの回りに黒ずくめが増えていた。10人以上いるんじゃないか、これ。向こう、めちゃくちゃ本気だぞ。


「た、タイガさん」

「大丈夫です、セイレン様」


 ……俺、情けないな。力ないし、魔術も駄目だしで、タイガさんにしがみつくことしかできねえもん。それだって、タイガさんの剣の邪魔になりそうで。


「姉さま、兄さま!」


 なんて思いにふける間もなく、メイドさん3人引き連れてサリュウが走ってくる。途端、黒ずくめの皆さんが怯むのが俺からでも分かった。来るのが意外だったのか。


「な、何ですか、これ!」

『な! 何故生きている!』


 うおい、サリュウまで殺るつもりだったのかよてめーら。サリュウはもともと、こっちの子だぞ? 何で手にかける必要があるんだよ、このやろう。あーちくしょう、何で俺って戦う力とかないんだよ。自分はともかく、弟まで狙われて黙ってられるか、ってのにさ。


「あらー、おはようサリュウちゃん。大丈夫だったあ?」

「大丈夫じゃないですよ! トキノに叩き起こされたら何か、いきなり黒ずくめがひっくり返ってて!」

「申し訳ありません。私は魔術は不得手だったので、物理的にしか起こせませんでした」


 一方、レオさんは相変わらずの口調。この人、どこまで状況理解してるんだろう。

 かんかんに怒ってるサリュウに、すぐ横にいるトキノさんがちっとも済まなそうじゃない態度で軽く頭を下げた。つか、物理的にってマジで叩き起こしたんだな、それ。


「済みません。私もカンナも、トキノに叩き起こしてもらいました」

「それで、トキノは何で薬効いてないんだよ!」

「体質です」


 サリュウもそうだけど、マキさんとカンナさんもよく見たら頬が少し赤い。全員、トキノさんにビンタで起こされたわけね。

 しれっと答えたトキノさんだけど、薬効かない体質ってどんなだよ。病気した時とか、大変じゃないのか。


「ま、それはともかくとして。サリュウ様に差し向けられた刺客は3人とも叩き潰しておきました」

「セイレン様にはあれ1人でしたね。よほど手練なんでしょう」


 どうやらトキノさんの鉄拳は、敵にもばっちり向けられた模様である。てか、向こうが3人でトキノさんに叩き潰されて、こっちは1人なのにメイドさん3人がかりで倒せないって、どんだけ実力違うんだ。

 と言っても、俺を襲ってきた黒ずくめには向こうの3人が倒されたってのすら予想外、だったらしい。


『馬鹿な……下っ端とはいえ、あやつらが負けるわけが!』

「シーヤのメイドを、甘く見ないでくださいねえ」

「シキノのメイドも、ですね。そんなこと、あなたが一番良く知ってるでしょうに」


 黒ずくめの言葉にオリザさんと、それからサヤさんが答える。


 ……ん?

 あなたが、よく知ってる?


「お前だというのはもう、分かっているんだ。顔を出せ、フブキ」


 タイガさんが、吐き出すように命じた。ちっと舌打ちをして、黒ずくめさんは覆面を剥ぎ取る。その下から現れた顔は、本当にフブキさん。

 じゃ、俺たちの飲んでたお茶に薬を入れたのは。


「タイガちゃんとこのメイドさん?」

「はい。父の引退後に、私に従うと誓ってくれたはずなのですが」


 レオさんの問いに、タイガさんは苦々しい顔をして頷いた。ふうん、と鼻を鳴らしながらレオさんは、フブキさんを睨みつける。

 じゃり、と地面をにじるような音がした。俺たちを取り囲んでいる黒ずくめの1人が、わずかに動いたらしい。

 だけど、すぐにマイトさんが小さく足を踏み出してその動きに対応する。それ以上踏み込んだら叩き潰す、というくらいの迫力のある視線が、黒ずくめ集団の動きを阻む。


「先代様が、そうそう若に家督を譲るはずがない。若が何かの陰謀をもって、先代様を追放したのだろうが!」


 フブキさんが、聞き慣れた声をはりあげた。それが、彼女たちの主張なんだな。

 まあ、陰謀というか何というかで、先代……つまりトーカさんに当主を辞めてもらったのは事実なんだけど。


「その悪逆を暴き、若を追放すれば、先代様は再びお戻りになられるはずだ。それが、シキノのためだ」

「姉さまを襲ったのはそのためか!」

「まあ、シキノのためかどうかはともかくとして、手続き上はそうなるんだけどねえ」


 フブキさんの言葉が一瞬途切れたところでサリュウが叫び、レオさんがするりと口を開いた。軽く肩をすくめて、自分たちの周囲にいる黒ずくめにぐるりと視線を向ける。ただそれだけで、黒ずくめたちはビクリと肩を震わせた。


「この状況でそれ、通じると思ってんの? どう見たってあんた、シキノの家潰しにきたようにしか見えないわよお」

「シーヤのお子が死ねば、客として彼らを呼んだ若の立場は一気に悪くなる。シーヤの当主が怒れば、その首を飛ばすことだってできよう」

「それで先代が戻ってシキノは安泰? そんなわけないじゃない、お家取り潰し一択よ。シーヤは王家に連なる一族だもの、当主以上に王家が怒るわ」

「ならば我らは先代様を奉じ、新たに家を起こすまで。いずれにしろ、若にもシーヤのお子にもここで死んでもらう。お前もだ」


 あ、こりゃ駄目だ。話通じねえ。

 フブキさんたちは、あくまでもタイガさんを叩き出してトーカさんに戻ってきてもらわなきゃならない、って思い込んでる。もしかして、あの人がシキノ・トーヤではなく弟のトーカだってことも分かってて、言ってるのかもしれない。

 つか、俺狙ったのそれでか。直でタイガさん殺しに行ったら、トーカさん回りがやったんだって推測つけやすいもんなあ。当主交代の経緯が経緯だし。っていや、表向きにはそうじゃないんだけど。

 だから、タイガさんの婚約者である俺狙ったんだ。確かに俺を狙っても、やっぱり首謀者はトーカさん回りだって分かるけど。でも、人前だったりタイガさんのお屋敷だったりで俺が死んだら、俺を守れなかったってことでタイガさんの評判を落とすことはできるもんな。

 ……あの領民さんたちが、それでタイガさんから離れるかどうかは知らないけどさ。


「お前たちが古いシキノを守りたいと言うならば、それもいい。だが、今のシキノの当主は私だ」


 そして、当のタイガさんは、かんかんに怒っている。その理由がとてつもなくこっ恥ずかしいのは、まあ内緒な。


「ましてやセイレン様に手をかけようなどとは、片腹痛い。即刻去らねば、当主の名において処分する」


 だから言うなっての。シキノの当主に剣向けたってところで納得しろ、と言っても無理なんだけど。確かに、俺に何かあったらこう、シキノもシーヤも大変なことになるってくらいは俺にも分かるから。

 それでもって、タイガさんは俺をちらりと伺った。マジで怒ってるのわかるのに、何で俺見るときだけにこやかなのかなあ。ほんと、そこらへんの切り替えはすごいよ。素直に感心するし、特別扱いされてるみたいで嬉しい。


「大丈夫です、セイレン様。レオ様がおられる限り、私たちに不利なことにはなりません」

「そういうことー。ふふ、安心なさい。これでも権力の使い方は心得てるのよ」

「権力?」

「……そっか。セイレンちゃん、あたしのこと知らないもんねえ。さっすが箱入り娘」


 レオさんは、とっても楽しそうに目を細めた。赤っぽい髪をかきあげる仕草、うっかりすると俺なんか目じゃないレベルで色っぽい。っていや、そんなこと言ってる場合じゃないんだよな。

 というか、権力って。


「あたしの名前はスメラギ・レオ。顔を知らなくてもこの名前と、この蝋印型には覚えがあるわよねえ? セイレンちゃん以外」

「すめらぎ……って、え?」


 レオさんが堂々と名乗ったその名前を聞いて、サリュウと黒ずくめの皆さんがぴたりと固まった。えーと、俺が知らないのがおかしい、常識レベルの名前なのか。

 その彼らにレオさんは、ひらりと右手の甲を向けてみせる。チラリと見えた指輪についた石……いや、石じゃない。王冠の型が刻まれた、蝋封に使われる型。

 王族が出す文の封に使われるのは、王冠の型。

 あーえーと、これってあれか、時代劇でよく見るパターンのアレか。

 そういえば俺、そのへんの話まるで聞いたことなかったなあ。あんまり常識過ぎて、誰も教えてくれなかったってことか。


「我が国を統べるスメラギ王家。この御方こそはその当主たる国王が第1子、レオ殿下にあらせられる。控えよ、下郎共」


 予想通りの言葉を述べたアヤトさんの声が、夜の空に響き渡った。

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