80.いきなり、深夜来客
晩ご飯には、タイガさんも帰ってきてくれた。最後の晩餐とかカッコつけるわけじゃないけど、皆で楽しく食事できるのはいいな。
「セイレン様が明日お帰りになるのですから、夕食を共にしたいのは当然でしょう」
「そうおっしゃると思いましたので、準備は整えてございます」
にこにこ笑ってそんなことをのたまうタイガさんに、サヤさんがしれっとツッコミを入れる。いや、これはツッコミっていうのかねえ。ま、俺としてもタイガさんと一緒にご飯食べられて嬉しいから、いいや。
……ってか、焼き秋刀魚ウマー。いやあ、こんな世界に来て秋刀魚食えるとは思わなかったぜ。まあ、領主家のディナーってやつなんで割とカッコつけて野菜とかトッピングで飾られてるんだけどさ、基本は焼き秋刀魚。さっぱり塩とレモン味で、これはこれでいけるわー。さすがに大根おろしはなかったよ、残念。
「セイレン様。そのお魚、お好きですか?」
「あ、はい。向こうで秋の魚としてよく食べられてたのと、よく似た味なもんで」
「そうでしたか、それは良かった。夏のお披露目に来られたカヅキ殿、覚えておいでですか? 彼の街にある港から仕入れたものだそうです」
「カヅキさん? あー、覚えてます」
あの、分かりやすい漁師さんっぽい人か。あの夜も、翌朝に水揚げがあるからって急いで帰ってさ。
そっかあ、あの港、秋刀魚っぽい魚揚がるんだ。覚えておこうっと。また食べたいな。
そんなことを考えてたら、サリュウがいつもより食べるペースを落としてるのに気がついた。ありゃ、お前これ苦手なのか、もしかして。
「僕、これあんまり好きじゃないんですよねえ……油っこくて」
「レモンでさっぱりしてるから、大丈夫だと思うけど。それに、この油の味がいいんだよ」
「う……が、頑張って食べます!」
俺が好きだから頑張って食べるっての、どうだろうなあ。でも、こっちの秋刀魚の味好きになってくれると、俺は嬉しいな。もう少し大人になったら、サリュウもこの良さ分かってくれるかなあ。
デザートに出されたは栗っぽいフルーツ載ったモンブランで、甘さ控えめで食べやすかった。お茶は普通の紅茶で、まあこっちの方が合うよなあ。
ぺろっと平らげてしまって、晩ご飯は終わり。はあ、今日はよく食べたなあ。お祭り会場でも結構食べたと思うんだけど、歩き回ってたからかな。
「ごちそうさまでした。ほんと、美味しかったです」
「ああ、それは良かった。シェフにも伝えておきましょう」
「あんまり無理させないでくださいね? 季節季節で一番美味しい物は、お店の人や厨房の人が一番知ってると思いますし」
「それもそうですね。ですが、来年もまたセイレン様にお好きな魚を味わっていただきたいですから」
あの、タイガさん、その俺やったぜって感じの満面の笑みは何なんだ。というか、来年って俺、こっちに来てないか……まあ、それならいいか。また一緒に、秋刀魚食べよう。
と、いきなりサリュウが席を立った。そのまますたすたと、食堂を出て行く。あれ、俺何かした?
「……先に休みます。ではおやすみなさい、兄さま、姉さま」
「あ、ああ、お休みサリュウ」
「お休みー……」
俺とタイガさんは、ぽかーんとその後ろ姿を見送る。それから、ついつい顔を見合わせた。
「……もしかして、呆れられたかな」
「……そのようですな」
ってか、いつの間にこんな顔近かったんだろ。タイガさん、俺の席の横で立ってたのな。うっかり気づかなかったというか、どうやらこのいちゃつきっぷりに弟殿は呆れたらしい。ほんとごめん、サリュウ。
てか、ほんと女の恋心って面倒臭えな。気を抜いたら、マジで周囲見えなくなるわ。ったく、気をつけないとなあ。……気をつけてどうにかなるなら、そもそもタイガさんと婚約とかそんな話にはなってない、だろうけれど。
アリカさんとフブキさんに送られて客間に戻ると、オリザさんとミノウさんが部屋の片付けをしていた。明日の朝にはここを出るんだから、最低限必要なもの以外はもうまとめてしまってる。といっても、例によって俺の荷物はあんまり多くないんだけど。
「ただいまー。荷物、まとまった?」
「はい。後はお寝間着とかの、明日の朝にしまう分だけですねー」
「そっか。ありがとう」
俺も髪留めとか細かいものを片付けて、それから皆でフブキさんが淹れてくれたお茶を飲む。まあ、このまま寝てもいいかなーと思いつつ一口。あ、俺の好きなやつだ。
「では、私は失礼します。おやすみなさいませ」
「あ、うん、フブキさんお休みなさい。ほんと、ありがとう」
お茶を運んでくれた後で頭を下げて出て行ったフブキさんを、皆で見送る。いやほんと、彼女には世話になりっぱなしだったなあ。あのスカーフだけじゃ、お礼にもなってないや。
そのうち、何か疲れたのかうとうとしかけた。一瞬はっとして起きるんだけど、すぐにまたうつらー、って感じ。あー、マジで疲れたのかもなあ。
「ありゃ。セイレン様、眠いですかー?」
「……あー、うん、すげー、ねむい……」
「そですかー。ミノウ、手伝ってー」
「了解」
オリザさんがミノウさんを呼んでくれて、2人でベッドまで運んでくれた。その間にアリカさんが、お茶を片付けるんだろうな。
ミノウさんがベッドに寝かせてくれて、オリザさんが布団を掛けてくれる。それから、とんと額に指を当ててくれた。何かの、おまじないかな。
「はい、明日はお屋敷に帰りますから、今日はもう寝ましょうねー」
「うん、ありがと……」
俺の返事にオリザさんはうんうんと笑ってくれて、ミノウさんの額にも何か触った……気がする。いやだって、ものすごく眠くて、目を開けてられなくて。
「それではセイレン様、お休みなさいませ」
「おやすみー……」
……あー、ほんと、引きずり込まれるように、すごく、ねむ……。
ばちん!
「っ!?」
いきなりの衝撃に、俺はばっちり目が覚めた。覚めたのはいいんだけど、微妙に頭が重い。
……トーカさんに、魔術掛けられたときみたいに。
『くっ、バリアーか!』
「ばりあー……?」
あーいかんいかん、誰かの声聞こえたぞ。オリザさんでもアリカさんでもミノウさんでもない誰か。って、そりゃ誰だよこんちくしょう。無理やり身体を起こすと、あー何か全身だるい。遊びすぎたか。
で、そこまでして起き上がって、頭何度か振って、何が起きてるのかやっとこさ分かった。
俺の回りにこう、ばちばちと電撃みたいのが走ってそれがバリアーになっている。その向こう、走る光に照らされて、顔隠した黒ずくめの誰かさんが、手に分かりやすい刃物握ってる。
はい、ベタな暗殺者だね、うん。今夜もやっぱり現実逃避、というかいい加減開き直ったというか。つーか、このバリアー張ったの誰だ。
……あ。
「ジゲンさんの、お守り」
どうやらこれ、持たされてからずっとつけっぱなしにしてたジゲンさんのお守りが発動させてるものらしい。何か、ほんわりと光ってるし。
「セイレン様!」
「俺は大丈夫!」
衝立跳ね飛ばす勢いで飛び込んできたメイドさんたちに、俺は叫んで答えた。と同時に部屋の明かりがついて、状況がだいたい目に入る。と言っても、さっきの状態にメイドさんが加わっただけだけど。てか、みんな着替えてないの?
扉側にはメイドさんたちが並んでて、俺のいるベッドとの間に暗殺者がいる。俺が逃げるには……窓しかねえな、うん。さすがに暗殺者しのいでメイドさん側に行くなんて、そんな芸当できないよ。
と、黒ずくめが焦ったように叫んだ。
『なぜ目が覚めた! 薬を混ぜておいたはず!』
「やっぱりそうか。オリザの言うとおりだったな」
「でしょでしょー?」
感心した顔のミノウさんに、オリザさんがにんまりと笑ってみせる。てか、頭重かったの薬飲まされたせいか。……てか、いつだよ。そんなの飲まされたの。
「カサイ・ジゲン先生の弟子をなめちゃ駄目ですよー。解毒術掛けておいたもーん、ちょっとだけ効いたけどねっ!」
「おそらく、客間に戻ってから飲んだお茶のようね」
「はい?」
オリザさんがすっかりジゲンさんの弟子になってるところはまあ、さておこう。いや、こう色々助かってるからさ。問題は、その後のアリカさんの台詞。
ここに戻ってから飲んだお茶ってことは、ここの前室で淹れたお茶ってことだ。何で、そんなとこに薬入れられてんだよ。
俺のメイドさんたちがそんなことするなんて、俺は全くもって考えてない。大体、あのお茶を淹れたのは。
『死ね、小娘! 貴様のせいでっ!』
考えてる間もなく、暗殺者の剣がいきなりにゅいんと伸びた。空いた方の手のひらからは、オリザさんが前に作ったのと同じような光のバリアーがみょんと広がってメイドさんたちをけん制する。
「ふざけんな、誰が死ぬか!」
振りかざされた剣は、電撃がどうにか受け止めてくれた。でも、光が弱くなってきてる。あー、限界か。
庭向きの鎧戸は鍵閉めないで。何かあったら、そこから飛び出しなさい。行ってあげるから。
不意に思い出されたのは、レオさんの言葉。皆もそれを覚えてくれてて、だから俺の背後にある窓は今、鍵がちゃがちゃやることもなく開くはずだ。
ばちん、と激しい音がして、電撃が消えた。一瞬怯んだ黒ずくめに、俺は傍にあったものを適当に投げた。ぼふんとぶつかったのは、たった今まで俺が頭を載せてたでっかい枕。
『ぶっ』
「はっ!」
その一瞬を、ミノウさんが捉えた。床を蹴って、黒ずくめの胸元に回し蹴り一撃。黒ずくめも腕で受けて、すぐに長く伸びた剣で反撃する。オリザさんとアリカさんの同時攻撃は、再び作り出されたバリアーで弾かれた。
よし、意識あっちに行ってるな。いまだ、と思って俺は窓に走った。カーテンを開けると、外は星が結構明るい。鎧戸が、閉まってなかったんだ。
鍵もかかってないガラス戸を開ける。瞬間、俺の頭のすぐ横を何か飛んでった。えー、もしかして手裏剣のたぐいか。忍者か、あいつ。
『外に逃げても無駄だ!』
3対1でよくやってる黒ずくめが何か言ってるけど、俺は自分を殺しに来た奴の台詞よりはレオさんの言葉を信じる。だから、寝間着の裾たくし上げて無理やり窓枠を乗り越えて。
「おわ!」
「……大丈夫ですか」
「へ?」
そのまま無様に転げ落ちた俺の身体は、何か当たり前のように誰かの腕に収まった。というか、とっても聞き慣れた声なんですけど?
「あ、あれ? もしかして、タイガさん?」
「はい」
星明かりに映し出されたタイガさんは、真剣な眼差しで頷いてくれた。というか、何で屋敷の主がこんなところにいるんだよ。この状況、想定してたか?
「うん、ちゃんと言うこと聞いてくれたのねえ。良かったわ」
それと、もう1人分聞いたことのある声。慌てて顔を上げたら、そこには後ろにアヤトさんとマイトさんを従えて、レオさんが明るく笑っていた。深紅のマントを肩に掛けた、一体あんたはどこの王子様だって格好で。つか、着けてる指輪でかいな。まるで、俺が使ってる蝋封のハンコくらい。
そのでっかい指輪つけてる手で、レオさんはさっき外に飛んでったやつらしい小さなナイフを、ひょいひょいと弄んでいた。