79.かえろう、秋収穫祭
「はー、つっかれたあ」
「セイレン様、少々お行儀が悪いですよ」
「……あ、ごめん」
ついつい口から出た言葉に、アリカさんからツッコミが入る。いや、ほんとごめん。
だってさあ。母さんのスカーフとか父さんのネクタイとか、レオさんも含めて皆でわいわいと選んでいたらすっかり時間が経ってしまってたんだよ。途中でちゃんとお昼のおそば食べたり、おやつにケーキセット食ったりしたんだけどなあ。
あー、女の子の買い物時間が長い理由、今になってよく分かった。すぐ横線にそれたり、あれもこれもいいなって目移りしちゃうからなんだ。
「あらあら。お姫様まだ若いのにい」
くすくす楽しそうに笑いながら、レオさんにも突っ込まれてしまった。あーうん、確かに俺まだ若いんだけど、でもそれとこれとは別だしなあ。こっち来てから、あんまり運動してないし。金持ちってなんつーか太ってるイメージあったけど、そりゃ太るわなあ。
「そうなんですけどね。あんまり運動してなくて」
「そっか。こう言っちゃ何だけど、病み上がりだもんねえ」
俺の返事を、レオさんは違う方向に受け取って納得してくれた。そうそう、俺表向きには病弱で療養してた娘だったよな。たまに設定忘れてるんだけど、大丈夫かな。
「姉さま。お疲れなのでしたら、そろそろシキノのお屋敷に戻りませんか?」
「そうですねえ。さすがにセイレン様、ちょっとはしゃぎすぎたかも知れないですよー」
サリュウに言われて、オリザさんに指摘されて、そうなのかなと思う。言われてみれば俺、何の制限もなしに遊び回ったの、こっち来て初めてじゃないのかな。女になってからの体力、甘く見てたかも。
「……うん、そだな。もうちょっと遊びたいけど、それでもし倒れちゃったりしたら皆に迷惑かかるもんな」
しょうがないな。収穫祭は来年もあるんだし、また遊びに来ればいいや。それに、この街の人たちはお祭りの時だけじゃなくて、いつもこの街やその回りで生きてるんだから。
「分かりました。カンナ、馬車の準備してくれ」
「はーい、お任せください」
「あ、ミノウさんも一緒に行ってあげて。1人じゃ危ないし」
「承知しました。では、ゆっくりおいでください」
カンナさんとミノウさんが2人で走って行くのを見送って、レオさんが「よし」と何事か頷いた。俺たちの方を振り返ると、ちらりとアヤトさんに視線だけ走らせた。アヤトさんが頷いたところ見ると、あれで意思の疎通できてるらしい。すごいなあ。
「ついてってあげたいけど、あたしこれからちょっとした用事があんのよね。馬車置き場までアヤト貸したげるから、荷物持ちに使っちゃって」
「え、いいんですか?」
いきなりそんなこと言われて、思わず目を見開いた。いやだって、マイトさんいるけど、アヤトさんもレオさんのおつきじゃないか。借りちゃって、万が一レオさんに何かあったら……いや、何だか何事もないような気はするけれど、でも。
「お姫様に何かあったら、あたしがシキノのご当主はじめココらへんの全員から怒られるの。あたしのためでもあるんだから、おとなしく受けてね?」
レオさんの方は普通ににこにこ笑いながら、そう答えてくる。えーと……タイガさんや領民さんたちに怒られるってのは、言い訳だよな。とにかくアヤトさん連れてけ、って言ってるんだ。レオさん。
あんまり無碍に断るのも何だしなあ。馬車のところまでだから、お借りしてもいいかな。うん。
「そ、そういうことなら……えーと、サリュウもいいかな?」
「あ、はい。姉さまがよろしいのであれば」
「皆も、いいね?」
「はいー。正直、お荷物持ってくれるのなら助かりますー」
「それなら、おねがいします。アヤトさん」
「お任せくださいませ、セイレン様」
サリュウもいいみたいだし、メイドさんたちも本音ぶっちゃけてくれたオリザさんを筆頭に一応反対意見なかったので、素直にお願いすることにした。
アヤトさんは当たり前のように荷物をひょいひょいと受け取って、涼しい顔で笑ってくれる。それから、レオさんの背中を守るように静かに立っているマイトさんに、ここだけは冷静な視線を向けた。
「マイト、レオ様を頼んだぞ」
「任せろ」
一言と、小さく頷くだけでマイトさんは、その視線を受け止めてみせた。
「ばいばーい。まったねー」とオリザさんに負けず劣らず空気読めないタイプのお別れの言葉を残し、レオさんはマイトさんを連れて人混みの中に消えていく。俺たちも、さっさと馬車のところまで行くことにした。
皆で固まって歩く中、ふと俺は俺の後ろを歩いているアヤトさんに、何となく気になったことを尋ねてみることにした。多分、ちゃんと答えてはくれないと思うけど。
「……レオさん、ほんとに遊びにだけ来たわけじゃないですよね?」
「どうして、そう思われますか」
静かな言葉で問い返してくるアヤトさん。俺は「勘、ってやつですかね」と答えてしまってから、その後に理由を取って付ける。一応、このへんが気になったところでもあるから、間違ってはいないんだけど。
「タイガさんと何か話してるみたいだし、私のこともえらく気を使ってくれてますから」
「レオ様は少々、お節介焼きなところがございまして。それで私もマイトも、苦労しております」
それに対するアヤトさんの返事は、やっぱりあいまいなものだった。でもまあ、俺を気にしてくれてたのはマジみたいなので、そこは感謝しよう。第一印象酷かったけど、だいぶ回復したよな。うん。
「セイレン様」
もうすぐ馬車、ってところで、不意に名前を呼ばれた。この数日で聞き慣れた声だから、すぐに誰だか分かってほっとする。そういえば、少し離れたところで見ててくれてたんだっけ。
「あ、フブキさん。お迎えに来てくれたんですか?」
「はい。そろそろお戻りだと思いましたので」
「ありがとうございます。今日は大丈夫でしたよ」
「そのようですね。何もなくて、安心いたしました。馬車はあちらに用意してございます」
村娘スタイルでも、やっぱり深い礼はメイドさんのもので。フブキさんは手を伸ばして、馬車が待ってる方を指してくれた。あ、カンナさんとミノウさんが横で手を振ってる、あの2台か。
「セイレン様、お荷物はあちらでよろしいですか」
「あ、ありがとうございますアヤトさん。ほんと、助かりました。多分、ミノウさんがいる方だと思います」
「承知しました」
アヤトさんは荷物を一度も降ろさないまま、ミノウさんが横に控えてる方の馬車に持っていく。2人で積み込み始めたから、それで合ってたらしい。いや、重いものでもかさばるものでもないんだけど、それでも俺とかサリュウが乗る馬車に荷物は乗せられないんだってさ。変なところ面倒くさいな、もう。
で、終わったところでアヤトさんだけ戻ってくる。そして、俺とサリュウに頭を下げた。
「終わりました。私は、これで失礼いたします」
「はい。ほんとうにありがとうございました。レオさんによろしく伝えてください」
「お伝えします。セイレン様、くれぐれもレオ様のお言葉をお忘れなきよう」
ダメ押しついでにもう一度深く頭を下げて、それからアヤトさんは去っていく。
あの歩き方、ユズルハさんと一緒で姿勢も綺麗だし、足音ほとんどしないんだよな。男の使用人さんって、皆ああいう歩き方になるんだろうか。
その後ろ姿が人の中に紛れたところで、フブキさんがふと不思議そうな顔をして俺を見てきた。
「お知り合いの方ですか」
「ええ。正確には知り合いの方のおつきなんですが、買い物とかも手伝ってもらっちゃいました」
答えた後でふと思い出して、すぐに渡せるようにって自分で持ってた荷物の中からスカーフを1枚手に取った。深紅で花葉を織り上げた、シンプルなやつ。緑色のシキノ家メイド服には、この色が似合うんじゃないかって珍しくマイトさんが教えてくれてさ。
「これ、フブキさんにおみやげ」
「え?」
それを、フブキさんに差し出す。彼女はぴたっと動きを止めて、それから俺の顔とスカーフを何度か交互に見比べた。
「私に、ですか?」
「そう。私のこと守ってくれた、その御礼と思ってください」
せっかく皆に買ったんだし、フブキさんにもお世話になってるからな。
その思いを込めて言葉にすると、フブキさんはほんの少しだけ考える顔になって、それから素直にスカーフを受け取ってくれた。
「……ありがとう、ございます」
あ、照れた。笑うと普通に可愛いんだよなあ、もったいない。ま、オリザさんみたいに空気読まずに笑ってるのも時と場合によっちゃどうかと思うけどさ。
「さ、皆帰ろうか」
「はいー」
やっぱり、俺の声が合図なのな。皆、そこから馬車に乗り始めたから。
サリュウ、お前が声掛けてもいいんだぞ? ゆくゆくは、シーヤの当主になるんだしさ。
……それにしても。
レオさんの言葉を忘れるな、か。




