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76.やすみの、二人茶話

 さて、その翌日。えーと、収穫祭3日め、だな。

 秋なので、朝は割と起きやすい。いやだって、暑くても寒くても朝はしんどいだろ。こっちは夏でも結構過ごしやすかったんでいいんだけど、冬は今から覚悟してる。雪降るっていうしなあ。

 うん、まあそこら辺は置いておく。で。


「セイレン様、サリュウ様」


 朝食に出向いたところで、サヤさんが俺とサリュウに話しかけてきた。サリュウとはちょうど、食堂に向かう途中で会ったんで、一緒に行こうってことになってさ。で、サヤさんは食堂の前で俺たちを待ってたっぽい。

 何か上機嫌っぽいけど、そうするとチンピラさんたちのことじゃなさそうだな。


「収穫祭のことでございますが。衛兵詰所と相談の結果、最終日の前日でしたら何とかなりそうです、とのことでした」

「前日?」


 おー、俺たち遊びに行けそうなんだ。よかった。

 明々後日、か。最終日じゃないことにサリュウが首を傾げてるけど、そうか。


「ああ。最終日だと、終わった後の撤収とかあるから、お店の人たちが忙しいんだと思うよ」

「なるほど。翌日からは、普段の生活に戻るんですもんねえ」

「んで街中も結構ごたごたするだろうから、衛兵さんはそっち見るのに大変だと思う。そうでなくても、お店や屋台の売上金があるし」

「あー、泥棒が増えるかも、ですか。さすが姉さま」


 何がさすがかはともかくとして、サリュウも分かってくれたみたいだ。ま、屋敷でパーティとかあったらその後始末、なんてのも見たりしてるわけだしな。それくらいは理解できるだろ。もともと頭はいい方だと思うんだ、義理の姉としての色眼鏡掛けてるかもしれないけど。

 でもまあ、無理言ってあれだけど、もう一度遊びに行けるならお願いしよう。そう思って、サヤさんに「ありがとうございます」と返事をした。


「それじゃ、その日程でお願いします。衛兵さんたちにはお仕事お疲れ様です、と伝えてください」

「承知しました。あ、本日はタイガ様が1日休息日ということですが、いかがなさいますか」

「休息日、ってお休みなんですか?」

「明日には酪農家の代表と顔合わせがありまして、少し遠出をなさらなければならないので、という理由で何とかねじ込みました」


 これまたサヤさんは、上機嫌ににっこりしながらそんなことを教えてくれた。無理やり休みをもぎ取ったわけか、何かすごいな。

 ……で、俺にどうしますかってどういうことだろ。はて。


「えー……と」

「せっかくご婚約者同士なのですから、どちらかのお部屋でごゆっくりなさってはいかがでしょうか、と僭越ながら提案させていただきます。はい」


 サリュウと、それからサヤさん以外のメイドさんたちが一斉に吹いた。ついでに俺も。

 え、えーとつまり、その、うん。

 要するに、お家でデートをしろと、そういうことだな。いや、まだ夫婦でも何でもないのにその先は駄目だろ。

 ……自分が女なの、全く違和感なくなってるな、俺。まだ、自分のこと俺って言うけど。


 いやいやいや、まずは目の前の問題な。現実逃避してる場合じゃないから。

 少なくとも、タイガさんとのんびりお茶飲めるならそれはそれで、嬉しいっていうかほっとするっていうか。


「……その提案は、魅力的ですね。さすがにまだ婚約だし、タイガさんの部屋に行くのはちょっと」

「では、セイレン様の客間の方でよろしいですか?」

「あ、はい、おねがいします……」


 おいサヤさん、最初からそのつもりだったろ。俺の台詞にかぶせ気味に言ってきたぞ。いや、それでいいんだけどさ。

 でもまあ、そうすると、こっちもお招きする準備が必要になるな。メイドさんにお願いするのが一番か、と振り返って尋ねてみる。


「お茶の準備、できるかな? 皆も朝食あるから大変だと思うけど」

「はい。お茶もお茶菓子も、シーヤ側で揃えております」

「お茶の準備でしたら、すぐできますから大丈夫ですよー。セイレン様は安心してくださいねっ」


 あ。アリカさんもオリザさんもものすごく楽しそうかつやる気だ。1人無言のミノウさんは……うわ、お任せくださいって不敵な笑み浮かべてるよ。ははは、ああもう任せよう。うん。


「じゃあ、頼む。朝ご飯、食べてくるから」

「はい、いってらっしゃいませ。セイレン様」


 メイドさんたちの礼を背に受けて、俺は食堂に入る。その入り際に、サリュウがするりと近づいてきてひそひそ、と一言耳元に言いやがった。


「姉さま、顔緩んでますよ」

「う、うるさいっ」


 あー、弟にまでにやにやされてるよ。ダメだ俺、この馬鹿女。

 うん、女。



 タイガさんも一緒だったので、朝食の場はある意味針のむしろだった。おかげで味、覚えてねえよ。

 どうにか客間に戻ってはあ、と一息ついてからきっかり10分後、呼び鈴がころんころんと鳴った。

 お茶の準備をすっかり済ませてたアリカさんに先導されて、タイガさんが何か恐る恐るって感じで入ってくる。いや、ここあなたの家の客間だからな。使ってるの俺だけど。


「失礼します、セイレン様。……その、サヤが余計なことを……」

「ああいや。いきなり何だーとは思いましたけど、タイガさんと落ち着いてお茶を飲めるのは俺、嬉しいです」


 あー、何だそんなことか。だから俺は素直な気持ちを口にして、だから大丈夫だよと言う意味をそこに込めてみた。通じたかな……あ、表情緩んだ。良かった、通じた。


「そ、そう言ってもらえて安心しました」

「そうですか? あ、どうぞ座って」

「はい、では」


 テーブル挟んで向かいにタイガさんが腰を下ろすと、すぐにお茶とお茶菓子が運ばれてきた。あれ、これ俺が初めてこっちで食ったサブレだ。アリカさん、これ持ってきてくれたんだな。ちょっと嬉しいな。

 で、ぽつりぽつりと話し始める。いや、黙ってたらお昼まで全くの無言でいそうでさ。


「タイガさん、今日はお休みなんですね」

「はい。さすがに1日だけ、どうにか空けられました。セイレン様と収穫祭をご一緒できないのが残念なんですが」


 そっか。タイガさんは今日しか休めないし、俺とサリュウが次出られるのは明々後日。

 ま、これはしょうがないよなあ。最初の日にちょっとでも一緒にいられただけ、マシだと思おう。


「お仕事、ほんとに大変そうですね。無理しないでくださいよ?」

「分かっております」

「タイガさんがいいなら、私の部屋でゆっくりしてってください。と言っても、タイガさんちだけど」

「いえいえ、ではゆっくりさせていただきます」


 ほにゃ、と笑ったタイガさんの顔、サリュウによく似てる。やっぱり、兄弟だなあ。


 それから、いろいろしょうもない話をした。さすがに、休みの日までお仕事の話なんて持ち込んで欲しくなかったから、主にうちでサリュウが何やってるかとか、こっちの世界に来てからの俺の話とか。

 そのうち、たまにタイガさん、一瞬こっくりとかするようになった。眠いんだな、こりゃ。お茶飲んでても、睡魔を弾き飛ばせるわけじゃないよな。


「眠いんですか?」

「あ、いえ、それほどでも。ただ、睡眠時間が少ないのは事実ですが」

「やっぱりかー」


 どうせ、屋敷に帰っても書類仕事とか多いんだぜ。しかも締め切り明朝とか。院長先生の家計簿付けくらいなら手伝ったことあるから、多少は知ってるよ。

 そして、疲れた時の回復方法も、ちょっとだけなら知ってる。けどそれには、メイドさんたちの目が……あ。


「あ。ミノウさんアリカさんオリザさん、ちょっと見ないふりしてくれるかな」

「はい? あ、了解しました」

「は、はい」

「はーい。ほらほらミノウ、ちょっと前室行ってよー」


 即座に理解してくれたアリカさん。一瞬分からなかったらしいミノウさんの背中を押すオリザさんと一緒に、前室に引っ込んでくれた。いやほんと、ごめん。さすがに人目があるところではなー。

 一応こっちの様子を伺うんで、扉を完全に閉めることはない。でも向こうの部屋に入ったのを確認して、俺はソファに深く座り直した。で、膝を揃えて。


「タイガさんタイガさん」

「え?」


 ほら、またうつらうつらしてた。俺の声ではっと顔を上げたタイガさんに、膝をぽんぽんと叩いてみせる。……待てよ、こっちにこういう習慣あったかな?


「えーと。こっちには膝枕とかいうの、ないですか?」

「え、いえ、あるにはありますが……し、しかし」


 あ、あったのか。よかったよかった。


「俺が疲れた時とか、院長先生によくやってもらってたんですよ。当時は俺男でしたし、子供だったから父親にやってもらう感覚でしたけど」


 今のタイガさんはシキノの当主で、このへんの領主で、だから頼る人っていない。俺も頼る相手ではないけど、でもこうやって膝を貸すことくらいはできる。というか、できれば俺以外の膝は借りないでほしい。


「ほらほら。婚約者の膝くらい、借りても誰も文句は言いません。というか、俺が言わせません」


 だって、そうだろ?

 俺が今男でも、膝くらい貸すさ。タイガさんは、大事な人だし。それにありがたいことに、今の俺は女だから、脚柔らかくてタイガさんには寝心地いいと思うぞ。うん。


「え、あ、で、ではし、失礼を……」

「どうぞどうぞ」


 恐る恐る、俺の隣りに座ってタイガさんは、ゆっくりと俺の膝の上に頭を載せた。あ、やっぱ重たいな。そりゃそうだ。

 で、髪の毛なでてやると、気持ちよさそうに目を細める。あんたは犬か猫か。というか、そういうペット系動物って小さい馬くらいで、あんまり見ないな。今度聞いてみるか。

 聞いてみる、といえば。


「収穫祭のこと、聞きました?」

「確か、最終の前日にもう一度行かれるとか」


 おお、良かった。サヤさんから話通ってたみたいだ。って、この部屋に来る直前に聞いたってことか。サヤさん、さすが仕事早いなあ。

 で、サヤさんからは話を通せない相手がいるので、できればタイガさんにお願いしてみよう。


「はい。機会があったら、レオさんたちにも話しておいてくれませんか。あの人、信じてもいいかなーなんて思ったもんで」

「はい、分かりました……伝えて、おきます……彼は、だいじょう、ぶ……」


 ほんとに分かったんだろうな? すとんと寝ちまいやがって。

 っていうか、そっか。タイガさんにとって、レオさんは大丈夫な人なんだ。ちょっと、ほっとした。


 俺も何か、眠くなってきたなあ。寝ちゃお、かな……あー、でも、この後、どうすっかな……。

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