75.ひみつの、親展手紙
「え?」
翌朝。タイガさんは俺たちよりずっと早く朝ご飯を食べて、そのままお仕事に出かけたらしい。
主のいない、ちょっと寂しい朝食が終わって部屋で落ち着いたところに、フブキさんが書類を持ってやってきた。どうやら昨日の事件の関係らしいんだけど、それが。
「先ほど衛兵詰め所から連絡が入りまして、魔術師が自害したということです」
うわあ、時計台から狙ってきた方か。まさかとは思ってたんだけど。
ってか、ほんとに自害だろうな、それ。駐車場で襲ってきたの、警備員やってた人がメインだったっぽいしなあ。
……まあ、そんなこと考えても俺のところに詳しい情報が来るわけでもないし。昨日あいつらを引っ立ててくれた、そっちの衛兵さんたちを信じるしかないなあ。
というか、何て言うかその、自分でも反応が淡白だなとは思う。目の前で死なれたらそりゃショックなんだろうけれど……うーん。
「馬車のそばで襲ってきた方は、どうなっていますか?」
何かいろいろ考えているうちに、アリカさんがそう尋ねてくれた。そういえば、そっちの方が人数も多いし、何か話聞けてないのかな。慌てて意識を現実に引き戻す。
「金で雇われた連中は、警備員から話を持ちかけられたようです。身内がリストラ組の方も、やはり同じ警備員にセイレン様のお話を聞いたとかで」
「そっか……そうなると、調べてる方としては警備員さんが首謀者、ってことでまとめそうですね」
「その上が見当たらないようです。警備員は、自分を取り立てた先代の引退がタイガ様の陰謀だとか何とか喚いてるそうですが」
フブキさん、ちょっと困った顔してる。まあ、確かになあ。
トーカさんに見込まれた警備員さんが、トーカさんの引退を何でか根に持った。で、跡を継いだタイガさん、はちょっと手を出しにくそうだったからその婚約者である俺を狙って、金やら何やらで人数かき集めて襲ってきた、ってか。その警備員さん、あの人数引っ張り出すお金どこから集めてきたんだよ、とか考えてしまうのはおかしいだろうか。
自害したっていう魔術師さんも、お金で何でもやるタイプだったらしいし多分そっち方面なんだろうなあとは思う。
思うんだけど、死人に口なし……だよな? いくら何でも、イタコとかそういうのいないよな、こっち。
となると、警備員さんはじめチンピラ集団とその資金源くらいかあ。俺の手の届く範囲じゃねえな、うん。衛兵さんにお任せしよう。
「そうですか。すみません、ありがとうございました」
「いえ。詳しい報告書はこちらに置いておきます。では、これで失礼致します」
フブキさんは深く頭を下げると、テーブルの上に書類を置いて退室していった。ばたん、と扉が閉じてちょっとだけ時間を置いてから、俺込みで全員がはああと大きくため息をつく。やっぱり、フブキさんがいると緊張するらしい。慣れないといけないのに、だめだよなあ。
それはともかくとして、だ。
「先代の引退が、タイガさんの陰謀、ねえ……」
「穏便に引退していただいただけなんですけどねー」
「そうですね。表沙汰にしたら先代様、引退で済むわけないですし」
俺のありえない、という意味を込めた言葉に、オリザさんとミノウさんが頷いてくれる。アリカさんも無言だけど、小さく頷いたのは見えた。ま、さすがにいきなり先代が引退してタイガさんがシキノ家の当主を引き継いだんだから、そう思われてもしょうがないと思うけどさ。
……それとも、先代であるトーカさんの当主引き継ぎが、案外そういう感じだったのかも。
「話は変わるんですが」
不意に、アリカさんが声を上げた。無言だったのは、何か考え事してたからっぽい。
「セイレン様もサリュウ様も、せっかくこちらに来てらっしゃるのに屋敷詰め、ってのはちょっと……と思うんですが」
あ、そこか。確かに、昨日の今日なんで外出はちょっと、とサヤさんからやんわりと止められている。タイガさんは例によってお仕事が忙しくてゲンジロウに乗って飛び出して行ったんだけど、サリュウはやっぱり部屋に放り込まれっぱなし。あいつ、身体動かすのが好きだから今ごろ腐ってるなあ。
「でも、昨日あんなことがありましたからねえ」
オリザさんがうーん、と腕を組んで考えこむ。そうなんだよね、さすがに今日行きたいなんてとても言える雰囲気じゃないんだけどさ。
「収穫祭には、今日じゃなくても行きたいけどなあ……警備とか、大変じゃないか?」
「領主様やその縁戚の方が紛れ込むのは、タイガ様で慣れてますから大丈夫です、とサヤさんが言っていました。問題は、昨日のようなことが再び起きないとも限らないところですが」
ミノウさん、そういうことはしっかり聞いておいてくれたらしい。なるほど、それで衛兵さん割と来るの早かったのか。
つーか、周囲が慣れるほど遊びに行ってるのか、あの人。まあ、それで悪いことしてないみたいだし、だから領民さんたちに人気あるんだもんなあ。その辺はまあ、いいことにしよう。
でも、そういうことはともかくとして、もう1回くらい収穫祭に顔を出したっていいよな。サリュウはともかく、俺がさ。
「まあ、その辺は何とか調整してもらえないか頼んでみようか。アリカさん、交渉お願いできますか」
「分かりました。頼んでみましょう」
大体、こっちが表に出て行ったほうが、向こうだってやりやすいだろ。
……だから、自分からピンチに突っ込むんだって言われるんだけどな。
ころん、ころん。
呼び鈴が鳴った。この家、ノック代わりにも呼び鈴使ってるんだよね。で、オリザさんが「はいはーい」と勢い良く飛んでいった。扉開いて一言二言、くるりと振り返ってこちらに呼びかけてくる。
「セイレン様ー。タイガ様ですー」
「え! あ、はいっ、入ってもらってっ」
うわ、帰ってきたんだ。慌てて立ち上がって、ついスカートをぱたぱたと払う。いや、別にホコリついてるとか言う訳じゃないんだけどな。
部屋に入ってきたタイガさんはちょっと険しい感じだったんだけど、俺に気づいてほわっと緩んだ。あ、良かった。何か、あの顔のままだったらちょっと怖かった。イケメンが険しい顔すると、ものすごく怖いんだからな。
「タイガさん、おかえりなさい」
「はい、セイレン様。ですが、昨日の打ち合わせの続きでまたすぐ出なくてはならないんです」
「うわ、お忙しいですね」
「ええ。ですが、セイレン様のお顔を拝見したことで元気が出ました。大丈夫ですよ」
「そんなこと言って、無理しちゃ駄目ですよ?」
「分かっております」
ホントかよ。タイガさん、なんてーかお父さんのトーカさんより伯父さんの院長先生に性格似てるっぽいからなあ。あの人、表に出さずに結構無理する人なんだよな。
タイガさんが、肩からかけてるあまり長くないマントの中から、白い封筒を出してきた。それを、俺の方に両手で差し出す。
「そうだ、セイレン様。あなたもご存知の方から、文をお預かりして参りました。メイドたち以外の人払いをした上で、ここで読んでほしいということです」
「え? あ、はい」
思わず俺も両手で受け取ってから、誰だろうと考える。しかも、どうやら他の人には内緒らしいし。
そんな人、いまいち心当たりないんだけどなあ。
「それでは、行ってまいります。収穫祭の件は、私の方から警備を厳重にしてもらうように伝えておきますので」
「あ、はい、ありがとうございます。行ってらっしゃいませ、タイガさん」
思わず扉の前まで送って行くと、タイガさんは「危ないですよ、セイレン様」と軽く頭をなでてくれて、それから部屋を出て行った。う、やっぱ10も年離れてると扱いはこうか。
まあ、言われたとおりにする……と言っても、フブキさんは扉の外までしか来ないからなあ。ひとまず扉をきっちり閉めて、窓の外も確認してもらって。
封筒には、タイガさんとは違うけどやっぱり綺麗な文字で、『セイレンちゃんへ』と記されていた。おい、俺をちゃん付けで呼ぶ人なんて1人しか知らないぞ、とひっくり返す。あー、やっぱり。
「……レオさんからだ」
「あらー」
「おや」
「まあ」
メイド3名、発音は微妙に違うけど意味合いとしては割と似通った答えを口にする。曰く、やっぱりなー。
やっぱりって何だ、と思いつつソファに戻る。蝋封を外して取り出した便箋を開いて、さてさて。
「えーと。今こっちに遊びに来てます、領主殿のお仕事にもちょっとお付き合いしてるんだけど、何もないから安心してね……いやいやいや」
その前には『セイレンちゃん、元気ー?』なんて言う季節感もへったくれもないごあいさつがあったんだけど、そこは省略。というか、ちょっと待て。
「タイガさんの仕事にお付き合い?」
よその領主の仕事に付き合うって、何なんだ。そもそもレオさん、こっちには遊びに来たんだろ?
うちに来た時から正体不明だったけど、ここに来て更にわけわからんことになってきた。一体あの人、何者なんだか。
とりあえず、先を読もう。
「収穫祭は結構楽しくて、あちこちで遊んでます。たまに喧嘩もあるけど、衛兵さんたちもちゃんとお仕事してるし基本的には安全だから安心してね……レオさんも楽しそうだな」
そっか、安全なのか。また、俺やタイガさん狙いの人たち来てるんじゃないかって思ったんだけど、これなら大丈夫そうかな。
「あ、最後。これはあたしと領主殿、そしてセイレンちゃんの間だけの秘密よ、だって」
タイガさんが俺に注意したの、これか。事情はよく分からないけどレオさん、自分のこととか内緒にしときたいんだ。
この場合、俺についてくれてるメイドさん3人はまあありだよな。もう半年以上ついてくれてるし。それに何となくだけど、レオさんの方もアヤトさんとマイトさんは普通に含まれてると思うんだ。
「……ってことはサリュウ様とか、サヤさんやフブキさんには秘密ってことでしょうね」
「そうでなきゃ、タイガ様経由で手渡しー、なんてことはしませんよねえ」
「すぐに屋敷を出なければならないのに、わざわざこちらまで出向かれたのもそのせいですね」
アリカさんの言うとおり、みたいだな。タイガさんちのメイドさんにも、知らせちゃいけない。何でかよく分からないけど、レオさんやタイガさんがそうしたいんならそうすべき、だよな。
よし、と決めて俺は、3人を見渡した。
「それじゃ、そういうことでお願いしていいかな。とりあえずは、ここにいる4人だけの秘密。タイガさんやレオさんも、多分周囲の目がないところでしか話しないと思うから」
「もちろんです。よく分かりませんが、レオ様やタイガ様にもなにかお考えがあってのことでしょうから」
「了解しましたー」
「承知しました」
三者三様の答え方は、俺にとってすっかり慣れたものだった。さてさて、どうなることやら。




