74.おやおや、茶会終了
お茶会もお開きかな、ってところで応接間にひょこっと顔を出した人がいる。フブキさんだ。そういえば、屋敷に帰ってからずっと見なかったなあ。
「申し訳ありません、遅くなりました」
「フブキ、どこに行っていたのです?」
タイガさんが行っちゃった後残ってくれてたサヤさんが、いぶかしげに眉をひそめる。その彼女の前でメイド服に着替えていたフブキさんは、深く頭を下げた。
「お茶とお茶菓子を片付けておりました。普段使用しない銘柄なので、少々手間取ってしまって」
「あなたにしては珍しいわね。とはいえ、今のあなたの務めはセイレン様の守りなのですよ。今後は気をつけるように」
「はい」
ちょい厳しいサヤさんの言い方、カヤさんに似てるなあ。やっぱり姉妹だ、うん。
……にしても、緑茶ってそんなに手間かかるものだっけ? 俺の知ってるお茶と、淹れ方違うのかな。
ま、いいか。後で聞いてみれば分かるだろうし。それよりも、いい加減部屋に帰らないとな。
「それじゃ、フブキさんも戻ってきたことだし、そろそろ部屋で休みましょうか」
「そうですね。兄さまにも早く寝ろって言われましたし」
俺が言い出すと、ホッとしたようにサリュウも答えてきた。……やっぱ、タイガさんがいないと俺がメインになって動かないといけないのか。気をつけよう。
「では、ご案内いたします」
「お願いします。皆、おやすみなさい」
フブキさんと、うちのメイドさんたちを連れて応接間を出る扉のところまで歩いて行って、振り返って一礼。これでいいのかな、って思ったんだけど。
「おやすみなさいませ、セイレン様」
「姉さま、おやすみなさい」
「セイレン様、おやすみなさいませー」
サヤさんたちの表情を見てる限り、これで良さそうだ。あー、よかった。帰ったら、母さんに聞いてみるかなあ。それとも、タイガさん。どっちにしろ、今は無理だ。
客間まで歩いて行く間、フブキさんが俺を気遣うように話を振ってきてくれた。
「今日は1日大変でしたね、セイレン様。お疲れ様でございます」
「まあ、ねえ。でも、フブキさんや皆がいてくれましたから」
「それが務めですので」
ちらっと見えた顔は、結構平然としていた。まあ、確かにフブキさんは俺についてくれるのが今のお仕事だから、当然なんだろうなあ。
で、客間に到着したところで彼女は、こちらに向き直った。この扉から先は、まあ一応アリカさんたち3人が守ってくれるエリアってことになるからな。フブキさんも、もう休む時間だし。
「では、失礼致します。おやすみなさいませ、セイレン様」
「おやすみなさい、フブキさん。また明日、よろしく」
「はい。本日は大変、失礼をいたしました」
頭を下げてそう言った後、フブキさんは去っていった。うわ、足音全然聞こえないな、すげえ。
部屋に入って、ソファに落ち着いた。とたん、ヴァーと女らしくない声が出る。
いやさ、どうしても外、っていうかこっちのメイドさんの目があると緊張するんだよな。自分の呼び方、俺と私と使い分けしないといけないし。
……たまにタイガさんと一緒にいる時だと、うっかりしてるかもしれないなあ。あーやべえ、サヤさんとか聞き流してくれてるといいんだけど。
とか何とか考えてると、オリザさんがこっちを覗き込んできた。さすがにお茶会終わったあとなので、改めて何か飲むとかってことはない。腹がたぷたぷ言いそうだし。
「本当にお疲れ様でしたー、セイレン様」
「いやいや、皆のほうがお疲れだったんじゃないか?」
「あのくらいでしたら、準備運動にもなりません」
平然と答えるのはミノウさん。そっか、準備運動にもならないんだ。じゃあ、ゴンゾウとの対決は準備運動くらいにはなったのかなあ。いや、そんなこと聞くつもりないけどな。
……そうだ。聞きたいこと、あったんだっけ。
「……なー。あの緑のお茶、どうやって淹れるんだ?」
「はい?」
俺の質問に、3人全員が一斉にこっちを向いた。緑の、ってつけたことで分かってくれたらしく、最初に答えてくれたのはアリカさんだった。
「あ、私は淹れたことないです。オリザとミノウは?」
「わたしもないですー」
「あ、一度だけ教わったことがあります。シーヤ領ではほとんど出回っていない種類なので、機会がなくて」
「そうなんだ」
3人とも知ってるかな、と思っただけに、ミノウさんだけってのがちょっと意外だった。けどまあ、確かにシーヤの屋敷で緑茶飲んだことないもんなあ。それなら、しょうがないか。おみやげとかでもらうしか、手に入れる方法なさそうだし。
「と言いましても、普段のお茶と淹れ方はそんなに変わらないはずですよ。お湯を注いでからあまり長く置いておくと渋みが出てくるので、いつもよりは早めにカップに注ぐようにと注意されたのは覚えていますが」
あ、そうそう。んで茶色くなっちゃって、せっかくの香りがなー。
施設にいた時はぎっちり出がらしになるまで飲んでたっけ。最後の方になると、色ついたお湯でしかなくなっててさ。うわあ、懐かしい。
「そっか。じゃあ、俺の知ってる淹れ方と大して変わらないな」
「セイレン様のお育ちになった世界にも、あのお茶あったんですかー?」
「うん。というより、俺の育った国ってあっちの方がメインだったな」
「へえ、そういうところもあるんですねー」
だよなあ。こっちだと、向こうで言うところの紅茶がメインだから、逆に緑茶って珍しいみたいだし。だから、うちの3人でもミノウさんしか淹れ方を知らない、なんてことになってるし。
シキノの方でも、メジャーってわけではなさそうだよな。フブキさんの言ったこと考えると。
「……それで、どうしてセイレン様はそのようなことを?」
アリカさんが、寝着の準備をしながら尋ねてくる。そうだ、何でそんなこと聞いたのか、わかんないよな。うん、説明しないと。
「いやさあ、フブキさんがお茶の片付けに手間取った、なんて言ってたから。こっちだと特別な道具使うのかな、とか思ってさ」
「それはないですね」
ぴしゃり、とミノウさんに否定された。そうすると、フブキさんの片付けに手間取ったっていう言い訳、どう考えてもおかしいよな。こっちじゃ別に、紅茶でもティーバッグ使うわけじゃなし。
「同じ道具の流用ができますから、片付けに手間がかかることはないはずです。使った葉の処分も、さすがに違うわけもないでしょうし」
「だよなあ。……うーん、よく分かんないな」
ってことは、フブキさんが嘘をついてることになるんだよな。でも、何で嘘ついたりするのかが分からない。
他に別の用事があって遅くなったんなら、素直にそう言えばいいのにさ。
そんなことを考えていたら、アリカさんとオリザさんに顔をガン見されていた。何だ、と思ったら。
「まあ、今日のこともありましたし、何かと気をつけるのは良いことだと思いますよ」
「ですよねー。セイレン様、たまに自分からピンチに突っ込んじゃったりしますしー」
「……ものすごく気をつけます。ごめんなさい」
はいすみません。やっぱ、皆みたいに力のない俺が危ないところに行くの、駄目だよなー。ってーか、自分から突っ込んだピンチって春のあれか。まだ根に持たれ……るよなあ、しょうがないよ。
「ほんと、気をつけてくださいね。我々も警護を厳重にしておりますが、接触魔術などを使われますとどうしようもないのですから」
ふう、と大きくつかれたミノウさんのため息に、俺はうなだれるしかなかった。
ははは、最後の最後でものすごく疲れたな。今日は寝よう、うん。




