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73.おつかれ、聴取茶会

 その日の夜、主が留守の屋敷で晩ご飯を頂いたあと、衛兵さんが事情聴取にやってきた。多分、晩ご飯の時間を避けてくれたんだろうなと思う。だって、タイガさんが一緒に帰ってきたから。

 それで俺たちは、玄関ホールのすぐ東側に実はあった応接間で話を聞いてもらうことになった。つっても、皆話すことは似たり寄ったりだよなあ。

 先にメイドさんたち、その後に俺やサリュウっていう順番で、結構細かく話を聞かれた。俺とサリュウはほとんど見てただけだけど、警備員さんぽい人の様子とか馬車に逃げ込んだ御者さんについてとか、聞かれることっていっぱいあるんだよな。

 で、タイガさんとサリュウが気を使ってお茶を出そうとしたんだけど、職務ですからって断られた。きっちりしてるところは素直に偉いなあ、と思った。ほんと、おつかれさんです。

 ひと通り話を聞いてもらって、これで終わりってところで衛兵さんは立ち上がると、深く頭を下げた。室内で帽子は脱いでるんで、敬礼はしないんだって。


「どうもありがとうございました。お疲れのところ、お手間を取らせまして申し訳ない」

「いえ。そちらこそわざわざご足労ありがとうございました。領民さんたちのためにも、事態の解決を願っております」

「は、職務に全力を尽くします」


 一応俺がメインっぽいので、代表して挨拶を返す。きりっと答えてくれた衛兵さん、本当に頑張ってくれよ。俺はまあともかく、シキノの領民さんが大変だもんな。


「よろしくお願いします。送ってあげてください」

「はい、セイレン様」


 俺の頼みに、ついててほしいとタイガさんに言われて控えててくれたサヤさんが頷いてくれる。そうして衛兵さんは、屋敷を出て行った。小さな馬車ががらがらと音を立てていくのが、ちらっとだけ聞こえた。

 いや、ホントは俺も玄関まで送ろうとしたんだけど、ここにいろってタイガさんに言われてさ。玄関ホールで見送るのは、主である自分の役目ですって。



 で、しばらくしてタイガさんが、応接間に入ってきた。今夜って、何か打ち合わせあるって言ってなかったっけ?


「大変でしたね、セイレン様。サリュウもお疲れだったな」

「兄さまも、いきなり聞いて驚いたでしょうね」

「俺は大丈夫ですよ。それよりタイガさん、打ち合わせ良かったんですか?」

「セイレン様に危害が及ぶところだったんですよ? 幸い、相手も明日でいいからと頷いてくれました」


 ……衛兵さん、そういえば俺たちの事情聴取に屋敷行っていいかって許可取りに行ったらしいんだよね。で、俺たちが襲われたって聞いてタイガさん、とんぼ返りしたんだって。お相手の人、ほんと良く許してくれたなあ。


「シーヤ家の令嬢というのは、それだけ重要視されてるんです。多分、セイレン様には実感がないのだと思うんですが」


 と、不意にタイガさんがそんなことを言ってきた。領主の娘だってのが、そんなに重要なのかな。

 でも、続けて彼が教えてくれたのは、そういうことじゃなかった。


「シーヤ領は、数年来の胡椒栽培が成功しつつあります。胡椒は重要な香辛料の1つで、近辺の領主にはそのノウハウを手に入れたいところも多いんです。それに、シキノは酪農家が多くて胡椒との相性がいいんですよ。そうなると自然、お互いに取引関係が強くなるんです」


 胡椒かー。そういえば、こっちじゃ最近になってうちの領地で栽培始まったって言ってたっけなあ。

 まあ、何となくわかるかな。育った世界じゃ冷凍技術も発達してて、長く保存しても肉の品質なんてあんまり落ちない。だけどこっちでは、うっかりするとすぐ匂いが出始めて大変らしい。

 その肉を長持ちさせて、かつ美味しく食べるために胡椒って、結構重要らしい。らしいばっかりなのは、実地で教わったわけじゃないからだけど。


「対外的には、私とあなたの婚約はその関連での政略結婚のたぐいだと思われている部分があるんです。2つの家をさらに強力に結びつけるためだ、と」

「うわ、そうなんですか」

「まあ、確かにシーヤの胡椒のおかげで、シキノの肉は格段に良い味を出せるようになりましたけどね」


 うん、美味しい食事は大切だよな。でも、タイガさんが困ったように肩をすくめたのは、俺との出会いがそんなところにあるんじゃないって分かってもらえないから、かな。


「そんなの関係なく出会った結果だ、なんて言われても信じられないですかね、外から見ると」

「でしょうねえ」

「兄さまと姉さまを実際に見たら、そんな戯言誰も言えなくなりますよ。大丈夫です」


 どこが大丈夫なんだ、サリュウ。

 ま、自分の父親が相手の母親にストーカーじみたことやってたのが出会いですー、なんて口が裂けても言えないよな。うん。墓まで持っていく秘密、っていうやつだ。こっちだと太陽神様のところまで、だったかな。



 落ち着いたところで、皆でお茶をいただく。おー、これ緑茶っぽいやつだ。茶菓子に出たのはお団子で、さっぱりしてて美味しい。っていうか、こっちで緑茶と団子の組み合わせ食えるなんてなー。幸せー。

 ほう、とひと安心した頃、サヤさんが大きな封筒を持って入ってきた。するするとタイガさんのところまで歩み寄り、封筒を差し出す。


「タイガ様、セイレン様。犯人たちの調査書の写しを頂いて参りました」

「すまんな、サヤ」


 受け取って、中から調査書を取り出す。数枚の紙をパラパラ見ていたタイガさんは、「どうぞ」とその紙を俺の方に差し出してくれた。サリュウも一緒になって、文面に目を通す。

 と言っても、詳しいことはタイガさんが教えてくれるんだけど。


「残念ですが、警備員は本物でした。父に見込まれて衛兵隊に入ったようですね」


 父、つまりトーカさん。ってことは、あの警備員さんはトーカさん寄りの人だったんだな。


「その他は……身内が夏過ぎに失業したのが数名、他は金で雇われたそうですが、金の出所はまだ吐いてないそうで」


 さらっとサヤさんが、その続きを口にする。はあ、金で頭数かき集めてきたな。

 夏過ぎに身内が失業したって、つまりタイガさんがリストラしたトーカさん派の使用人さんの身内だったわけか。身内が失業した原因のタイガさん、その婚約者である俺狙い……んー、何か弱いところ突かれてるみたいで腹が立つ。メイドさんたちは強いけど、俺は弱いからなあ。


「だから、余計に衛兵さんたちも躍起になってるみたいですねえ。身内からあんなの出しちゃって、自分たちの立場が悪くなったら大変ですもん」


 こちらのお茶を準備してくれたカンナさんが、ぷうと頬を膨らませる。まあ、内々の犯罪をひた隠しにされるよりはよっぽどマシだと思うぞ。

 一緒に団子を並べてたオリザさんは、「後ですねえ」と小さく肩をすくめる。


「時計台の野良魔術師の方も、口を閉ざしているらしいですよー。ずっとだんまりなんで、取り調べに専属魔術師が参加するらしいですー」


 あー、魔術で口割らせるのな。そういうのってあり……なんだろうなあ。こっちに嘘発見器とかなさ気だし。

 でも、だんまりなのって魔術師だろ。


「魔術師同士だと、大変じゃないか? 何かさあ、抵抗力とかありそうだし」

「あ、セイレン様よくご存知ですねー」

「……やっぱりかー。いやだって、自分が魔術使うなら敵っていうか、対立する相手の魔術に気をつけるのは当然じゃないか?」


 よくあるお約束というか、何というか。俺の知ってる魔術師ってジゲンさんとかくらいだけど、あの爺さん絶対に魔術防御高そうだもんな。いや、実際に見たことないけどさ。


「確かに、そうですね。魔術の壁というのも、そもそもは魔術師が敵対者の攻撃に備えるためのものだったそうですから」


 タイガさんが教えてくれて、俺も含めて全員がなるほどなー、と頷いた。って、オリザさんまで頷いてるのかよ。この中で多分魔術に一番詳しいの、あんたじゃないのか。



「タイガ様」


 お茶会の終わりがたになって、サヤさんじゃないメイドさんがぱたぱたと駆け込んできた走ってきた。多分まだ若い子で、ちょっと着慣れてないメイド服が可愛い。その手には、白い封筒が握られていた。


「どうした?」

「急ぎの文でございます。王冠付きの」

「分かった」


 差し出された封筒を手にして、タイガさんの表情が変わる。それでも、慌てる様子も見せずに立ち上がってタイガさんは、俺とサリュウに向き直った。


「すみません、セイレン様。今宵はこれで、失礼致します。サリュウも早めに寝るんだぞ」

「あ、はい。おやすみなさい、タイガさん」

「はい、わかっています。おやすみなさい、兄さま」


 うむ、と小さく頷いただけで、スルッと部屋を出て行くタイガさん。その背中を見送って俺は、聞いたことのない言葉に首を傾げた。


「王冠付き?」

「要するに、王室から差し出された文です。封に使われる蝋印が王冠の模様なので、そう呼ばれてるんですよ」

「へえ」


 なるほど、ありがとうサリュウ。そりゃタイガさんも、急いで読まなくちゃだよなあ。

 そういえば、領主って紋章とかあってもいいんだろうけど、シキノもシーヤもそういうのないなあ。


「この国では、紋章を掲げるのは領地の外でくらいですね。己の身分を証明するためのものですから。王室の王冠は例外だと思ってください」

「んじゃあ、俺は?」


 サリュウはこういう点に関しては色々知ってるみたいで、教えてくれてほんと助かる。

 で、俺はシーヤの娘で、ここはシキノさんちの領地。つまり、俺は紋章着けないといけないんじゃないだろうか。


「シキノとシーヤは遠戚ですし、姉さまは兄さまの婚約者、という点が身分証明になってますね。あと、馬車に紋章ってほとんどついてないんですよ」

「途中で襲われたりすることもありますので、よほどのことでないと馬車に紋章はつきません。王室はこれまた別格で、頑丈な馬車使ってますから」


 サヤさんも申し添えてくれて、なるほどと思う。そっか、紋章つけるってことはこの馬車には偉いさんが乗ってますよーってことで、金目の物がありますよーって言ってるようなもんだしな。よほどのことってのは、警備がぎっちりつけられるようなときなんだろう。

 で、サヤさんがにっこり笑って「ああ、セイレン様」とそのよほどのこと、の1つを教えてくれた。


「お輿入れの際には堂々と、紋章つけた馬車でこちらに来ていただきますからね」

「……うわー、覚悟しとこう」


 そうだよなあ。俺、そのうちこの家の嫁になるんだよなあ。

 ……ところでこっちの世界って、ウェディングドレスとかあるのかね。引きずって破れたり引っかかったりしなけりゃいいんだけど、って何か違うなあ。うん。

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