72.あばれろ、秋収穫祭
「姫様ー。美味しいですか?」
「はい、美味しいです。このとろみのあるたれがいい感じに絡んできて」
挨拶が終わった後、タイガさんやメイドさんたちと一緒にいくつかお店を回った。今俺が食べてるのは、要するにみたらし団子だ。味も向こうとそんなに変わりがなくて、ほっとする。あー、緑茶飲みたい。
野良魔術師の一件については、犯人の事情聴取を先にして報告や何かは後でシキノのお屋敷に届けられる、ということになった。すぐに屋敷に帰ってもよかったんだろうけど、せっかく来たんだしな。それに、魔術師は一応捕まってるし。
でもまあ、メイドさんたちはしっかり警護してくれてる。タイガさんも、サリュウも一緒にいるし。
「セイレン様、くれぐれも私たちから離れないでください」
「分かってますって、タイガさん。ところでサリュウ、たれが頬についてる」
「え? わ、トキノ、ハンカチ」
「はい、サリュウ様。そんなですから、いつまで経ってもお子様と思われるんですよ」
なんだろな、このほのぼの感。いや、殺伐としてるよりはよほどいいんだけどな。
周囲からはどう見られているのやら……兄と姉と弟、ならいいんだけど。
「若様と姫様がご夫婦で、サリュウ坊ちゃまがお子様に見えますね」
「えー!?」
どうやら、お茶を持ってきてくれた団子屋のおばちゃんの意見が一般的らしい。タイガさんはともかく、俺とサリュウは4つしか離れてないのになあ。
ところで、シキノ領での俺の呼ばれ方、姫様で決定? 良い家の娘だけど、別に王家とかいうわけじゃないし。王位継承権はあるそうだけど、生きてる間に回ってくるわけない順位だろうしさ。
こーん、と時計台の鐘が鳴った。慌てて顔を上げたタイガさんが、済まなそうに髪を掻きながら俺たちに言ってくる。
「……っと、すみません、セイレン様。この後、夜に商人と打ち合わせがありまして」
「うわ。大変ですね、収穫祭の時期なのに」
「まあ、これも領主としての努めですから。それに、収穫時期に忙しいというのは豊作か凶作かのどちらかなんですが、幸い今年は豊作なんです。ですから、この忙しさは喜ばしいことなんですよ」
なるほど。そういうことなら、タイガさんや他の領主さんたちも頑張れるよなあ。それなら俺も、笑って送り出さなくちゃな。
「そういうことなら、頑張って行ってらっしゃいませ」
「はい。では行ってまいります」
「行ってらっしゃいませ、兄さま」
「タイガ様、行ってらっしゃいましー」
俺たちにふかーく頭を下げた後、タイガさんは慌てて走って行く。その後をサヤさんが走って行くのは、多分打ち合わせの準備とかのお手伝いなんだろうなあ。
領民たちをかき分けていく若い領主に向かって、「若様、姫様寂しがらせちゃ駄目ですよー」「お仕事頑張ってくださいねー」なんて声があちこちから掛けられる。ほんと、タイガさん好かれてるなあ。
「姉さま、僕たちも早めに帰りませんか。挨拶の後のこともありますし」
「え? ああ、うん」
サリュウに言われて、そうだなと思い出した。今まではタイガさんがいたからまだいいけど、この後はなあ。俺たち狙ってくるならともかく、状況的に領民さんたち巻き込みかねないし。
「そうだな。皆には悪いけど、帰るか」
そう言って立ち上がると、まあ集団がごそっと立つから目立つんだよね。それにすぐ気がついたおばちゃんが、「お帰りですか」とやってきた。
「済みません。今日のところは、これで失礼します」
「いえいえ、ありがとうございました。姫様、今度はいつ来られますか?」
「うーん……1週間あるんでしょう? それなら、その間にまた来たいですね」
「ぜひ、お待ちしてます!」
うん、できればほんとに来たいな。
そう思いながら俺たちは、お代を払って出店を後にした。
行きに乗ってきた馬車は、専用の駐車場といっていいのか、そういうスペースに止まっている。で、そこまでやってくると、馬はつながれたままおとなしくしてたんだけど御者さんがオロオロして待っていた。
「どうしたんですか?」
「え、あ、えっと、す、すみませんっ!」
泣きそうな顔して、御者さんは馬車の中に逃げ込んでしまった。何じゃそりゃ、と考えるより早く俺たちの周囲を、結構わかりやすいチンピラ軍団が取り囲む。あーベタな待ち伏せされてたよ、ちくしょう。
どこから湧いたんだ、と思ってみたら、近くに大きい荷馬車が置いてやんの。それに、警備しっかりしろよって思ったんだけど、何かチンピラの中に警備の人混じってるっぽい。そっちまでグルかよ、冗談じゃない。
「お姫様、お家に帰らずに遊びましょう」
「んなナンパの仕方で引っかかる女がどこにいるんですか」
「誰もナンパなんぞしてませんぜ?」
呆れ声のアリカさんにそう言った警備員、かっこ多分偽かっことじるの目がぎらりと光る。あー、これってもしかしてもしかするか。
というか、ここ街の中心に近くて割と人目あるのに、よく来るよなあ。チンピラさんず、警棒もった推定偽警備員さんをはじめとしてなまくらっぽい剣やら鍬やらいろいろ持ってるから、周囲から介入されないって寸法なんだろか。実際、領民の人たちビビったのかほとんど近寄ってこないし。
ま、とりあえずタイガさんとこの領民さん巻き込むのは避けられそうだけど。
そんなことを考えていると、サリュウがそっと俺の方を伺ってきた。おい、その握ってる棍棒っぽい木、どこで拾ったよ。
「姉さま」
「どうやら、後先考えずに実力行使で来たみたいだな」
「そのようですね。全く、何を考えているんだか」
鼻息荒いサリュウだけど、膝ががくがくしてるのは分かってるからな。いや、正直俺も、いつ自分が腰抜かすかわかったもんじゃないんだけど。
でも、俺たちとは対照的な皆さんがいらっしゃった。
「なら、遠慮はいらないんですねっ」
「そうみたいですね!」
連中が構えた剣や槍を見て、オリザさんとカンナさんがはしゃいだ声を上げた。にこにこ笑ってるっぽいんだけど、何かその背中から漂ってくる気が怖い。
「セイレン様、私の後ろに。サリュウ様、セイレン様をお願い致します」
「もっとも、サリュウ様も見物を楽しんでいただけると思いますが」
アリカさんが止まったままの馬車の下から長い棒を取り出して、マキさんに渡す。もう一本取り出した分は、自分で構えた。
「山羊の相手よりは楽そうですね」
「まだ決着ついてないんですか、ミノウ」
ばきぼきといった感じで指を鳴らしながら、ミノウさんがふんと鼻を鳴らす。その隣で呆れたように、トキノさんが軽く腰を落とした。
というかミノウさん、ゴンゾウの相手って大変だったのか。結構、楽しそうに見えたけどなあ。
「おうおう、女の子が威勢のいいことで!」
すぐ近くにいたチンピラの1人が、カンナさんにふらふらと歩み寄ってきた。その瞬間。
「ふん!」
「ごっ!?」
真下からまっすぐに跳ね上がった膝が、チンピラの下顎直撃。がちんって歯がぶつかる音がしたから、脳天ダメージきつそう、ってか一発でひっくり返った。
「近寄らないでくださーい! ばーりやっ!」
オリザさんが、自分の前に手のひらを突き出す。次の瞬間手が光り、ばちんと平手でぶったような音がして男が3人ばかし弾き飛ばされた。つか、こっちでもバリヤーとか言うのか? あーまあ、あまり気にしないでおこう。
「アリカ、倒した数で勝負!」
「なら、また私の勝ち!」
マキさんとアリカさんが、何か空気読めない感じの言い合いをしながら左右に別れて走った。ぶん、と大きく突き出された長い棒が、的確に男たちの腹にどすごすとめり込む。たまに微妙に下にずれたりしてるのはまあ、見なかったことにしよう。痛そうだけどしょうがない。
「ゴンゾウよりは、力がありませんね」
「角がないからでしょうね」
ミノウさんとトキノさんなんて、剣や鍬の攻撃をほんの寸前でするりとかわして相手の手からもぎ取ってる。で、持ち上げては地面に叩きつけ、その上に積み重ねてまるで鏡餅。たまに2人同時に両側からぶつけたりしてるのは、遊んでるようにも見える。
とか考えてる間に、上手くすり抜けてきたはしっこい数人がいきなり目の前に現れた。
「うわあ、来るなあ!」
1人はサリュウがさっきの即席棍棒で面一本。もう1人、突っ込んでくるのを慌てて俺が避けたら、馬車に体当たりして自滅した。でも、まだもう少し。
ってところで、助けが入ってきた。
「助太刀致します」
そう言いながら素早く1人の足を払ったのは……あ、村娘スタイルのままだけどフブキさんだ。
転んだそいつの首筋に手刀叩き込んでから槍をむしりとり、ポイと放り投げたのは連中が乗ってた馬車の方向。狙ったように、というか狙ったんだろうな、その場に馬を止めておくためにつないでたロープがぶつりと切れた。
「はい、お帰りはあちらです」
ばん、といい音がした。ミノウさんが、馬の尻を思い切り引っぱたいた音だ。ぶひひひいん、とこれは向こうの馬とよく似たいななきをカラスの顔で上げて、馬はばたばたと走って行く。あれ、いつの間に馬車と馬、外されてたんだろ。
……ま、いいか。要するに、逃すかお前らってことだよな。これ。
…………そうこうしてるうちにチンピラ軍団はほぼ武器を取り上げられ、さんざんにしばかれた。駐車場の空いてるスペースに、10何人かがすっ転がっている。
ひと暴れしたメイドさんたちは一息ついたんだけど、気が済まない人たちがここにはいっぱいいる。
つまり、せっかくの収穫祭に水を差された領民の皆さんが。
「喧嘩は祭りの花だって言うけど、武器持ち出して何してんのあんたら!」
団子屋のおばちゃんが、竹箒持ってきて倒れたチンピラをびしばしひっぱたいてる。うわあ、痛そう。
花屋のお姉さん、花束作るための紐持ち出してきてチンピラ縛り上げてる。何、あの器用さ。
あ、あれ猟師さんかな、武器なくてもげんこつでこめかみグリグリしながら持ち上げてるよ。髭面で笑ってやってるからもう、怖いのなんのって。
「姫様あ……痛いですう、助けてくださあい」
その状況をどうにか逃れたおそらく偽物っぽい警備員が、俺の足元にずいるずいると這いよってくる。あーあ、かわいそうに……なんて、誰が思うか馬鹿。
「セイレン様」
「危なかったら頼みます。表向けてくれるかしら?」
途中から参戦したせいか、割と落ち着いたまま俺を伺ってくるフブキさんに頼む。そうしたら彼女は「……はい」とある意味邪悪な笑みを浮かべた。そーかそーか、フブキさんも俺の意図分かったか。そうだよねえ、うん。
ごろんと仰向けにされて、警備員らしい人はほとんど動かない。いやまあ、団子屋さんと花屋さんだけならともかく、行商に来た猟師さんとか農家の皆さんに袋にされてたもんなあ。
「ひめさまあ……いたいですよう」
「そうですか、痛いんですね……自業自得だろっ!」
いっぺんニッコリと笑ってみせてから、俺は思い切り踏みつけてやった。あと、ぐりぐりと踏みにじる。えー、うん、やっぱり男って股間、急所だろ。お前の遺伝子、絶えてしまえ。
あのぐにゅって感触、やっぱ気持ち悪いなあ。いや、固かったら余計にいやだけどさ。
「っがががっ!?」
いやー、ちょっとだけ分かるぞ、その痛み。だけど、ほんとに自業自得だからな?
「遠慮ないですね、セイレン様」
「いやー、遠慮してるだろ、これでも。何しろこっちは生命狙われたっぽいし」
「ま、それもそうですね」
俺の答えに納得したみたいに頷いて、アリカさんはてきぱきと泡吹いて気絶したおそらく警備員コスプレイヤーをぎっちりと縛り上げた。
その頃になって、領民ご一同の鬱憤晴らしはとりあえず終了したらしい。団子屋のおばちゃんがボロボロになった竹箒をぽいと放り出したところで、俺に気づいてくれた。
「姫様、大丈夫ですか!」
「あ、はい、この通り大丈夫です。衛兵さんか誰か、呼んでくれてますか?」
「はい、さっき」
おばちゃんが頷いたその向こうから、どたばたと警備員コスプレと同じ格好の衛兵さんたちが走ってくる。
部下の人たちがチンピラを引っ立てていく中で、制服の飾りとかから多分隊長さんらしい人が俺の前にやってきて、敬礼した。ああ、こっちも敬礼、同じポーズなんだ。帽子というか、ヘルメットかぶってるからかなあ。
「シーヤの姫様! これは、大変失礼をいたしました!」
「ああいや、いいんですよ。裏でこっそりやられるより、表沙汰になってくれたほうがそちらも処分が楽でしょう?」
「は、まあそれは、確かに」
そうそう。こそこそやられると、表に出すの面倒なんだよね。トーカさんなんか、それで結局表向きには平穏に引退、ってことになっちゃったしさ。
「では、処分はそちらにお任せします。お仕事、お疲れ様です」
「はい! では、失礼致します。あの、事情の方は」
「もしタイガさんの許しが得られるのでしたら、シキノのお屋敷でお願いしてもよろしいですか?」
「は、了解いたしました。当主様にはこちらより連絡を入れますので、ひとまずは御身の安全を最優先にお願い致します」
うん。だから俺たち、帰ろうとしたのにな。何でこんなことになるのやら。
もう一度びしりと敬礼をして、隊長さんと衛兵さんたちはチンピラをある意味引きずって帰っていった。
やれやれ、と一息ついたところで俺は、ふと振り返った。そこには、メイド服じゃないフブキさんがじっと立っている。多分、俺の回りを警戒してくれてるんだ。
「あ。フブキさん、来てくれてありがとう。助かりました」
「いえ。タイガ様より命ぜられた務めを果たしたまでです」
ちょっと困ったような顔をして、でもフブキさんは、嬉しそうに笑ってくれた。




