71.あいさつ、秋収穫祭
シキノのお屋敷で頂いた初めての朝食は、珍しいというか米だった。玄米のお粥で、魚の出汁が効いてて美味しいし栄養十分だから何の問題もない。
玄米粥の他に海魚の切り身を焼いたものとか青菜のサラダ、スクランブルエッグ。スープはコンソメで、秋だってことで芋や根菜がいっぱい入ってる。結構、腹持ち良さそうだな。あと、シキノの方がシーヤよりも和風っぽい感じだ。使うのはフォークにナイフにスプーンだけど。
で、ひと通り食事が終わってお茶が出る。俺が好きなの知ってるからか、シーヤのお屋敷でよく出してくれるものと同じお茶が出た。
はー、と一息ついたところでタイガさんが、不意に俺に尋ねてきた。
「そういえば、シーヤのお屋敷に逗留されている方はどうしていますか?」
「え? あ、レオさん?」
「はい。セイレン様の文に書かれていたので、少々気になりまして」
そうだそうだ、手紙に書いたよな。あの後……まあ一応、俺からは手を引いてくれたみたいだし。
こっちの収穫祭見に来るって言ってたから、それだけ伝えておくか。
「私とサリュウが屋敷を出る時に、両親と一緒に見送ってくれましたよ。適当に、こっちのお祭を見に来るらしいですが」
「姉さまと兄さまの邪魔をしたら悪いから、とか何とか言ってましたっけね」
「そうですか……」
俺とサリュウの答えに、タイガさんはちょっとだけ難しい顔になった。あれ、これはもしかするか。
「タイガさん、レオさんのことご存知なんですか? うちの皆、知ってるみたいなのに教えてくれなくて」
「あ、いえ。私も、よく存じ上げませんね。ええ」
……ほんとかよ。一瞬、目が泳いだぞ。
でもまあ、タイガさんまで隠すってことは、俺が知っててもしょうがないとかあんまり教えたくない相手とか、そういうことなんだろうなあ。
まだまだ、色々大変かもしれないな。あー、めんどくせえ。
お茶がだいたい終わったところで、席を立つ。この後はすぐに収穫祭の会場に行くことになってるので、着替えはその前に済ませてある。
タイガさんもそのつもりみたいで、割とカッコつけた感じの服装している。盛装、っていうのかね。前にトーカさんが着ていたみたいな、でももう少し地味な色のローブと裾絞ったズボン。
で、玄関でサヤさんがワイン色っていうのか、暗い赤のマント持って待っている。あれ、上から掛けていくんだな。
「収穫祭の件、急な頼みで申し訳ありませんでした。了解してくださって良かったですよ」
「ああ、いえ。一応事情は、フブキさんから伺ってますから」
「ええ。フブキはああ見えてなかなかの手だれでして、セイレン様の警護には最適だと私が選んだんです」
「うちの皆も、かなり強いようだって言ってましたよ」
マント着けながらのタイガさんとの会話は、フブキさんに関するものだった。あーやっぱり強いんだな、と妙に納得する。メイドさんたちの意見を聞いて、タイガさんは「でしょう」ととても嬉しそうに笑った。
「ところで、この格好で大丈夫ですか? 収穫祭だってことで、あんまり派手な格好もどうかと思ったもので……」
タイガさんがマントを付け終わったところで、一応聞いてみる。何か褒められる言葉しか出てきそうにないんだけど、それはタイガさんが悪い。
秋ってこともあってか、メイドさんたちが選んでくれたのはベージュ基調のドレスだった。オリーブグリーンのストールを肩にかけて、割と地味めな感じ。いや、何かあんまり派手な色出されるとどうしても、レオさん思い出しちゃってさ。いくら何でも、収穫祭のあたまであれはないわ、うん。
ま、もちろんお守り指輪たちと、それにタイガさんがプレゼントしてくれた髪飾りを着けてるんだけど。これ、忘れるわけにはいかないし。
「よくお似合いですよ、セイレン様。あなたの人柄にぴったりだ」
「……タイガさん、何で俺相手だといけしゃーしゃーと褒めまくるんですか。恥ずかしいし」
「私は本心を口にしているだけですが?」
あーやっぱりな、と覚悟できてたんでさすがに耳までは赤くならなかった。というか、駄目なところは駄目だってちゃんと指摘しなきゃ。
けど、その指摘はなくて別方向からの注意が、呆れてほとんど口を開かなかったサリュウから飛んできた。あーごめん、お前にとっちゃ実の兄貴だもんなあ……お前は将来、こうなるなよ?
「兄さま、それだけ姉さまにべた惚れなんですよ。まったく、だから恥ずかしいって言ってるでしょうが」
「む……サリュウ、そうなのか?」
「そうですよ。そこら辺がわからないのが、今まで独身だった理由かもしれないですね」
「え? セイレン様、私は言い過ぎなんでしょうか。だから……えー」
僅かに首を傾げて、タイガさんがそんなことを聞いてくる。俺んとこのメイドさんもサリュウのメイドさんも、サヤさんまで一斉にため息ついてるぞ、おい。えー、じゃないぞ、ほんと。
しかし、さすがにこれはシーヤの領分じゃない。ので、シキノに振ることにする。こう育った元凶に、責任とってもらうからな。
「サヤさんにでもお説教受けてください。多分、それが一番効くと思うんで」
「ぐ。さ、サヤに、ですか……」
「お任せください、セイレン様。懇切丁寧に、タイガ様には説明して差し上げますので」
「よろしくお願いしますね」
おー、真剣な時の眼力はカヤさんに負けるとも劣らない迫力だ。タイガさん、みっちりお説教されろよ。
恋は盲目、って言うらしいからな。
俺も、気をつけないと駄目なんだけど。
収穫祭のメイン会場は、シキノのお屋敷から少し離れたところにある広場だった。真ん中に噴水があって、ちょっと遠くに時計台が見える。
噴水の前、時計台を背にするように舞台がしつらえてあって、シキノの当主は毎年そこで演説というかするらしい。今年はなんでか、俺も出ることになっちゃったんだけど。
シキノの当主とその婚約者であるシーヤの娘ということがはっきりしてるので、今回はメイドさんたちはメイド服マイナス頭のあれとエプロン、といった出で立ちである。そうするとサヤさんなんかは緑、アリカさんたちは青のワンピースで、さすがに地味なので襟元にそれぞれリボンとかスカーフとか着けてもらった。結構可愛い。
ゲンジロウにタイガさんと俺、それに付き添う形でサリュウやメイドさんたちがぞろぞろ歩いて行くのでまあ目立つ目立つ。広場までの道の両側に、集まった領民さんたちがそれはもうぎっしりと、マラソンか何かの観客みたいな感じで並んでる。
「若様ー!」
「よ、若様!」
「ご当主就任、おめでとうございますー」
歌舞伎とかの掛け声じゃないんだけど、あっちこっちから声がいっぱいかかってくる。そのたびにタイガさんは周囲を見ながら、手を振って答えた。
「人気ありますね、タイガさん」
「まあ、よくふらふらしてたもので」
にこにこと上機嫌に笑いながら、タイガさんは俺の肩を抱く。うん、まあゲンジロウもゆっくり歩いてくれてるから、落ちはしないけど安心するなあ。
にしても、ふらふらしてて人気あるってあんたはどっかの8代目か。いや、正体ばれてるから違うか。
まあ、人気ないよりはあったほうが、領主としてはいいよなあ。
そうして、広場に到着。ゲンジロウから下ろしてもらって、ふと時計台を見上げた。シーヤの時計台とあんまり変わらない大きさで、やっぱり一番上には鐘がぶら下がってる。
……あれ、人がいる。
「タイガさん、鐘のところ、いつも人入れるんですか?」
「え? いえ、鳴らす時間のときだけですが」
「さっき、人見えたんです」
「……分かりました。気づかないふりをしてください」
人が見えたって言った瞬間、タイガさんの顔が怖い感じになった。……俺、何か見ちゃいけないもの見たらしいな。
背筋を震わせた俺の背中を軽く叩いて、タイガさんは俺と一緒に舞台に上がる。あ、そういやここに立つと、時計台は背中側になるんだっけ。よし見ない、見てない、あとはどこの誰かよろしく。
「皆も知っての通り、この夏をもって我が父が隠居することになった。後継としてこのシキノ・タイガが当主を務める。よろしく頼むぞ」
一方、タイガさんの方はたくさんの領民さんたちを前に平然と挨拶を始めた。けどこれって、収穫祭の挨拶というよりは当主就任挨拶じゃね? いやまあ、いいんだけど。
「私については皆のほうがよく知っていると思うが、まだまだ若造だ。何かおかしなことがあれば、遠慮なく言ってくれ。それがひいては、領民のためにもなるだろう。そのための祭りだと、思ってほしい」
……案外、去年までは舞台の下にいたのかもしれないな、タイガさん。そうして、こうやって集まった人々からいろいろ話を聞いて、それで。
そこまで思ったところで、タイガさんに軽く背中を押された。思わず2、3歩前に踏み出すと、ちょうどタイガさんよりほんの少し前に出ることになる。で。
「それと、既に噂は広がっていると思うが、この場で正式に紹介しよう。私を見込んでくれた、稀有な女性。シーヤ家令嬢、セイレン様だ」
「若様! あんまり若い子たぶらかしちゃ駄目じゃないですかー!」
「すまん! あまりにいい人だったのだ!」
俺の紹介はいいけどさあタイガさん、誰かの冷やかしにそんな風に答えるか。周囲がどっと沸くのはまあ、そりゃ受けるよなあ。
というか、そのやりとりでいいのかよ。確かに俺、まだガキだけど。タイガさんと年離れてるけど。
あと、何気にのろけんじゃねえよ。屋敷の中でも恥ずかしいのに、領民さんたちどんだけ見てるんだか。
「さあ、セイレン様」
「あ、うん。……シーヤ・セイレンです。皆様には、はじめまして」
そうだ、俺皆に挨拶するために来たんだよな。とりあえず、昨日メイドさんたちと一緒に考えてみた文章を、頑張って読んでみる。いや、全文頭の中だけど。
「私は身体が弱くて、あまり表に出たことがありません。人との付き合い方も、まだまだ勉強中です。でも、それでもいいとタイガさんは言ってくれました」
一応表向きはそういうことになってるから、そう言う。だけど、本当は。
男として育っていたのに、いいって言ってくれた。
よその世界で、こっちのこと何も知らずに育ったのに、いいって言ってくれた。
だから俺は、この人のところに来る。
「もうしばらく両親のもとで暮らしますが、上手く行けば来年には改めて、こちらに来ることになると思います。その時はどうぞ、よろしくお願いします!」
言い切って頭を下げると、「いいぞー姫様!」なんて言う声と一緒にいっぱいの拍手をもらうことができた。こっちでも拍手の使い方は一緒らしくて、ほっとする。うん。
舞台から降りると、すっと近づいてきた影がある。って、フブキさんじゃないか。メイド服着てないから、一瞬分からなかった。
普通の村娘さんの格好をしたフブキさんは、タイガさんの前で跪いた。
「野良魔術師が時計台より狙っておりましたので、捕らえて連行しておきました」
「分かった。尋問を済ませておけ」
「は」
一度頭を深く下げて、フブキさんはすっと立ち上がるとその場を後にした。俺には、一瞬頭を下げただけ。まあ、主はタイガさんだもんなあ。
っていうか、時計台?
慌てて舞台の背後、そびえ立つそれを振り返る。その足元には衛兵さんたちが集まっていて、調査か何かしてるみたいだ。
えーと、要するに某スナイパーみたく、遠距離射撃っていうか魔術食らいそうだったわけ? 俺が見た人影、それかよ。
というか、野良って。
「野良?」
「主を持たない魔術師の蔑称……と言いますか、この場合は金次第で汚れ仕事を平気で行う魔術師の意味ですね」
「はあ……」
そういうことね。
いやまあ、ジゲンさんみたいに領主さんちとかに雇われてるばっかりじゃないってのは分かるけど。ああでも、そういう魔術師さんもいるんだろうなあ。お金になるなら何でもする、って人たち。
「セイレン様が見つけてくださったおかげで、未然に済ませることができました。礼を言います」
「あ、いや。こちらこそ、守ってくれてありがとう」
いやもーほんと、きっと俺を自分の前に押し出したの、背後から守るつもりだったんだろ? タイガさん。




