67.おいでよ、婚約者邸
秋の宴の週に入る前日、俺とサリュウは馬車でシキノ領に向かった。例によって荷馬車と、使用人さんの馬車付きである。
「セイレン、サリュウ。タイガ殿にはよろしく言っておいてくれ」
「あんまり迷惑掛けるんじゃないんですよ」
「はい」
「はいっ」
屋敷を出るときに父さんと母さん、そしてまだ行かないらしいレオさんが見送ってくれた。けど父さんはともかく母さん、俺たち一応それなりの年齢なんだからそのくらい分かってるって。
で、レオさんは俺とサリュウの頭をぽんっと軽く叩いて、ばちんとウインクしてみせた。何だかんだ言って、そういう仕草似合うってのはすごいよな、この人。
「2人とも行ってらっしゃーい。あたしもそのうち行くからね」
「少しは地味ななりで行ったほうがいいと思いますよ、レオさん」
「気をつけるわ。ふふ」
いや、あんたの地味ってどのへんだよ、とどう見てもシャンデリア並みにキラキラした布の服着てるレオさんを見て思った。つーか朝日が反射して眩しいっての。
で、馬車はのんびり進んでくれたおかげで、今回は酔わずに済んだ。道が別荘に行くときに比べたら整備されてるってのがでかいみたい。石畳のない道でもちゃんと均されてたしさ。
途中の村でお昼休憩して、ご飯を食べる。秋だからか、旬の野菜が沢山の煮物が出て、すごく美味しかった。
いや、さすがに忙しいからってタイガさんは来なかったよ。上からゲンジロウ降ってきたら正直怒るところだったけど。
そこを出て、3時くらいにシキノのお屋敷に到着した。屋敷を囲う塀は肩ぐらいの高さまで石造りのしっかりしたもので、上に鉄格子っていうのか、そういうのが並んでる。もちろん先端はトゲトゲ。
で、ぱっと見てうちと違ったのは、シキノさんちは平屋建てだってところ。その代わり横にでかくて、だから家よりもだいぶ大きく見えるかもしれない。ま、うちは3階建てだしなあ。
「へえ、シキノの屋敷って平屋なんだ」
「ああ、そうなんですよ。普通の庄屋さんから始まったらしいんですけど、増築するときも横に横に造っていったらしくて」
「あー」
ちょっと感心してたら、もともとここんちの子であるサリュウがそう教えてくれた。……もしかしてトーカさん、シーヤにコンプレックスとかあったのかな。俺だって四季野だったときに金持ちというか、普通に親のいた家庭の子に少しはコンプレックスあったみたいだし。いまいち自覚、ないんだけど。
そんな話をしてる間に、馬車は門から敷地に入った。少し行って、玄関先で止まる。
うちと同じように大きな屋根が張り出していて、雨や雪が降ってもお客さんが濡れないようになっている。その屋根の下、扉の前に使用人さんたちが並んでる。
で、その前でタイガさんがそわそわとしてるのが、遠目からでも分かった。いや、俺もそわそわしてるけど。
止まった馬車の扉が開くと、即座にタイガさんが手を差し伸べてきた。うわあ、満面の笑顔。来てよかったあ。
「セイレン様!」
「タイガさん、お久しぶりです」
何も考えずにタイガさんの手を取って、そのまま馬車から降りる。あー、顔も声もちょっとした匂いもタイガさんだあ。
「会いたかったです」
「私もです、セイレン様」
素直な気持ちを口にすると、タイガさんも頷いてくれた。へへ、ほんと嬉しいな。
……って、これが女の恋心というやつ、らしい。何か回り見えなくなるというか、うん。
だから俺、自分と一緒に馬車に乗ってたサリュウのこと頭からぽーんと抜けてたし。
「姉さま、兄さま。久しぶりに会えて嬉しいのはよく分かりますが、玄関先ではちょっと……」
「おうっ」
「む。き、気をつけよう」
いい年こいた実の兄と義理の姉が、呆れ顔の弟に説教されるってのは大変情けない。いやほんと、回り見えなくなるってマジだな。
慌てて姿勢を正したところで、タイガさんは改めて俺たちに向き直った。こうやってきりっとしてると、若き領主だってのがよく分かる。えっと、何か威厳みたいのが出てきてるんだよな。うん。
「セイレン様、ようこそシキノの屋敷へ。サリュウも、よく来てくれたな」
「はい。僕は姉さまが兄さまのもとに嫁ぐまで、姉さまを守ると決めましたから」
「ははは。自分だけの姫を、早く見つけるんだぞ?」
「うぐ」
うん、それは俺も思う。とは言えサリュウ、俺と母さんとメイドさんたち以外の女性とはほとんど付き合いないみたいだし、どうすればいいんだろうな。春と秋のお祭りとかで見つけるんだろうか、それともお見合いか。
……相手の家のこと、なんて問題もあるし、お見合いなんだろうなあ。
「さあ、長旅お疲れでしょう。荷物の運び込みも済んだようですし、用意させた部屋へ案内します。サヤ」
「は」
タイガさんに呼ばれて、控えていたメイドさんがすっと踏み出してきた。シキノのメイドさんの服は濃い目の緑が基調らしくて、青メインを見慣れてると新鮮に感じる。
サヤって呼ばれたってことは、この人がカヤさんの妹さんか。うん、全体的な雰囲気が似てる。カヤさんはどっしりとした感じがあるんだけど、このサヤさんは芯がしっかりしてる感じ。えーと、上手く言えないな。
って、荷物の運び込みっていつの間に……と思ってたら、タイガさんの後ろに並んでた使用人さんたち、いつの間にかいなくなってた。俺とサリュウの乗った馬車にくっついてきてた使用人さん用と荷馬車も、すっかり姿がない。
えー、もしかして俺が周り見えてない間に済ませたのか。すげえ。というか、俺どれだけ浮かれてんだ。外から見たら小娘が久しぶりにイケメン婚約者に会えて浮かれまくり……めちゃくちゃ恥ずかしいな、おい。
ま、まあ、自分の恥ずかしいのは置いておこう。
「サヤ、相変わらず元気そうだね」
サヤさんは、サリュウの乳母を務めた人。サリュウにとっては、育ててくれた親代わりの人ってことになるらしい。だからか、とっても嬉しそうに声を掛けている。
うん、何か分かる。俺も、俺を育ててくれたのは院長先生で、久しぶりに会えたのは嬉しかったし。
「はい。サリュウ様もお元気そうで、何よりです」
「うん。こちらがセイレン姉さま。優しい姉さまだよ」
「優しいかな……セイレンです、お世話になります」
「サヤにございます。ようこそ、おいでくださいました」
サリュウに続いて礼をすると、サヤさんも深く頭を下げてくれた。ああうん、何かサリュウの乳母に指名されたの、分かる気がする。何となく、だけど。
頭を上げたサヤさんに、タイガさんが指示を出した。それ聞いて俺、ほんの少しダメージ。
「セイレン様とサリュウを、それぞれの部屋に案内してやってくれ。私はこれから、村長との打ち合わせがあってな」
「え、お仕事なんですか?」
「はい。申し訳ありません、本当ならば私が案内せねばならないのですが」
そうなんだ。しょうがないけど、ちょっとさびしいな。
あ、タイガさんマジで凹んでる。いかんいかん、俺が凹ませちゃだめじゃないか。元気出してもらわないと。
「……いえ。行ってらっしゃい、お仕事がんばってくださいね」
「はい。では、行ってまいります」
だから精一杯笑顔になると、タイガさんの顔もぱあっと晴れた。いいのか三十路ちょっと前、そんなに単純で。
まあともかく、やる気になってくれたんならそれはいいことだ。久しぶりのゲンジロウに乗って走って行く姿を、皆で見送った。




