66.いこうよ、秋収穫祭
「セイレンちゃん、サリュウちゃん。秋祭りどうすんの?」
ぱく、と夕食後のデザートを口にして、レオさんがそんなことを言ってきた。
今日のデザートはプリン。向こうのやつと味そんなに変わらないので、作り方も似たようなものなんだと思う。一緒に乗ってる梨っぽいフルーツが、さっぱりと甘くて美味しい。
それはともかく、尋ねられてさてどう答えようか、と考える前に、サリュウが答えてくれた。
「秋祭りですか。僕は街に遊びに行ってみようと思うんですけど、姉さまはどうします?」
「そこなのよ、セイレンちゃん。婚約者さん、こっちに来るの?」
「どうしようかと思ってるんですよ。私が向こうに行くのもありかなあ、とは思うんですけど」
タイガさんどうするのか聞きたいのかな、と思ってそう答える。あれから忙しいタイガさんと、ほんと全然会えてないから。
春と同じように、秋にも収穫祭がある。夏が過ぎてそのことを考えた時に、真っ先に出てきたのはタイガさんと一緒に行きたいなあ、って思いだった。俺、いつの間にそんなふうになってんだろうな。
春祭りの時はまだタイガさんとは会ってなかったし、俺もこっちに来たばかりで右も左も分からなかったしなあ。夏はうちの別荘だったし。
でも、せっかくの収穫祭だし一緒に見てみたいなあ、とは思ってるんだよね。シーヤのもだけど、できればシキノのも。
「ふむ。確かに、一度シキノを見ておくのも悪くはないな」
「そうね。でもシキノのお家、まだ当主引き継ぎの手続きとかで忙しいんでしょうねえ」
「それならなおさらですわ。忙しいのであれば、タイガ殿は屋敷を離れるわけにはいかないでしょうし」
頷いた父さんと眉間にしわ寄せたレオさんに、母さんが何かきっぱりと言ってのける。この勢いで母さん、8つも年上の父さんのところに嫁いできたんだろうか。……案外、荷物まとめて押しかけてきたんだったりしてな。
けど、レオさんの言葉で俺はちょっと考える。いやだって、俺が遊びに行ってもタイガさんがお仕事忙しかったらさ、俺邪魔じゃね?
「うーん……でも忙しいのなら、私行ってもいいのかな」
「それは大丈夫じゃない? 婚約者さんも、セイレンちゃんのお顔見たらきっと頑張れるわよ。モンドおじさまもそうだったんじゃありません?」
「うむ。忙しい時にメイアの顔を見て、もっと見たいから頑張ろうと思えましたな。っと、何を言わせますか」
「あら、セイレンちゃんだけじゃなくておじさまとおばさまも熱かったのね。……サリュウちゃん、どしたの」
「げほげほげほ……な、なんれも、ないれす」
まあ、サリュウがむせる気持ちはよく分かる。何気に父さん、母さん見てでれでれしてるし。母さんもものすごく嬉しそうな笑顔だし。
親馬鹿なのはちょっとどうかと思うんだけど、仲の良い夫婦ってのはいいなあ。俺、こっちに来るまで親なんて知らなかったもんな。うん。
ってか、俺の顔見たらタイガさん、元気になってくれるかな。お仕事、頑張ってくれるかな。
「そ、それなら……ちょっと相談してみようかな」
「そうね。向こうさんの都合もあるでしょうし」
うんうん、と嬉しそうなレオさんの顔を見て、なんて言うかこう、ほっとした。
……何でレオさん、そこまで気にしてくれるんだろ。意外に面倒見いい性格なのかな。
ところで俺、上手く乗せられた気がしなくもないんだけど。ちょっとにらんでやれ、と思ったらレオさん、あっさりと本音をぶっちゃけてくれた。
「っていうかね。黙っててもしょうがないんで言っちゃうけど、実はあたしがシキノ領のお祭りに行こうと思ってんのよ。セイレンちゃんが行くんなら、お邪魔しちゃ悪いでしょ?」
「レオさんがですか? 何でまた」
「気分よ、気分。1週間あるから、適当に見に行くつもりー」
デザートのプリンをぱくりと一口。それからレオさんは、美味しいからなのか楽しいからなのかよく分からない笑みを顔に浮かべる。
けど、そっか。レオさんも行くのか……残念というか、よかったというか、訳の分からない感情で俺の胸はいっぱいになった。いや、よかったって何でだ。
慌てて視線を反らすと、満足気な父さんと目が合った。父さんとしては、俺がタイガさんに会いに行くのはOKらしい。自分が母さんの顔見て頑張れたから、なんだろうな。
「わしやメイアは屋敷におるつもりだから、セイレンもサリュウも好きにしなさい」
「そうね。セイレンは特に、一度シキノの領地を見ておいてもいいと思うわ。それと、タイガ殿のお仕事ぶりとかね」
「あ、はい。じゃあ、そのつもりで文書いて送ります」
母さんの言葉に思わず当然のように答えて、それからやっと気がつく。
行く気満々じゃねえか、という全員の視線が痛かった。いや、だって、なあ?
で、そのことを書いて送った手紙に対する返信は、翌日のお昼すぎに到着した。ってことは、久しぶりに即日お届けサービス利用かよ。いや、だから使うなって言っただろうに……と思いつつ届けてくれた飛脚屋さんにお茶とお菓子を出してもらって、俺はいそいそと部屋に戻って便箋を開く。
タイガさんからのお返事はまあ、言うまでもないというか全員があー、やっぱりかと頷くものだった。文字は相変わらず綺麗なんだけど、何かはしゃいでるのが分かる。おいおい。
「ぜひおいでください、部屋を準備しておきます、だって。サリュウも一緒に、って書いてある」
「良かったですねー。じゃあ、早速準備しないと」
「荷物用の籠はちゃんと風を通してありますから、いつでも使えますよ」
オリザさんがにこにこ笑って、ガッツポーズを取る。アリカさんが当然のように、夏にも使った籠を出してきた。というか皆、断られること考えてなかっただろ。俺は……だめだって言われたらショックだなー、くらいは思ってたけどさ。
で、オリザさんに頼んでサリュウを呼んできてもらった。こういうのって普通は俺が行くべきだと思うんだけど、何でもこっちでは目上の者の部屋に呼ぶのが当然、らしい。俺はサリュウの姉なので目上、なんだそうだ。
おかげで未だにサリュウの部屋、見たことがない。あのくらいの男の子の部屋って、こっちだとどんな感じなんだろうなあって思う。そのうち理由つけて見てやろうかな。
「え、僕も一緒に行っていいんですか!」
「うん」
呼ばれてきたサリュウに手紙のことを告げると、ぱあっと顔が晴れた。これはシキノの家に行けるからか、俺と一緒に行けるからか、はてどっちなんだろう。いや、シスコン弟ってのも悪くはないんだけどな。向こうにいた頃は兄弟分はいてもあくまで一緒に暮らしてる他人、だったし。
それに、サリュウにとっては生まれてある程度までは育った実家、だもんな。一度行くっていうか、帰ってみてもいいと俺は思う。あと。
「サリュウ育ててくれた乳母の人、まだシキノの家にいるんだっけ。久しぶりに会ってみたらいいんじゃないかな」
「サヤですね。はい、そうします」
うん、やっぱ嬉しそうだ。
俺が院長先生に会えて嬉しかったのと同じくらいか、きっとそれ以上に楽しみだろうな。ま、正直に言うと俺も、あのカヤさんの妹さんってどんな人なのか見てみたいしさ。
オリザさんたちと一緒に夕食に降りていくと、どうも行動のタイミングが合いやすいのかまたレオさんたちとばったり。「やっほー」とひらひら手を振ってきたレオさんは、俺の顔を見てにまっと目を細めた。え、何だろ。
「あ、レオさん」
「OKだったみたいね、その顔見ると」
「はい。サリュウも一緒に行けそうです」
ん、てことはまだ俺の顔、にやけてんのかよ。おかしいなあ、部屋出てくる前に鏡見て確認したんだけどな。
思わず顔が熱くなったので、ちょっとだけ視線をずらす。
「よかったわねえ、セイレンちゃん。サリュウちゃん、里帰りよね」
「はい。乳母をやってくれた人がまだシキノにいるそうなので」
「あら、それはいいわねえ。乳母やさんって、ほんっとお世話になってるはずだもの」
そうなんだ。この世界の領主さんちって、親が直接育てないのが当然なんだよな。サリュウがサヤさんに会えるのはいいんだけど、実際の親にしてみればちょっとさびしいかも。でも、サリュウの本当のお母さん、もう亡くなってるんだっけ。
俺の母さんは……多分育ててはないんだけど俺のために指輪くれて、寝間着に俺の名前刺繍してくれた。院長先生が置いてってくれた小さなワンピースを見せてもらったけど、正直あんまり上手くなくて。でも、一所懸命縫ってくれたってのは分かったから、とても嬉しかった。
っと、そういえばレオさんもシキノの領地に行くって言ってたっけ。
「レオさんはいつ行かれるんですか?」
「内緒ー。男には秘密があるものよ」
さらっと流された。何気にこの人、秘密多いんだよなあ。家名もそうなんだけど、これは俺には伏せられてるってだけみたいだし。
でも、屋敷で何やってるんだろうとかその辺、さっぱり分からない。ある意味すごいな、と思う。
「ああ、そうそう」
俺の質問で何か思い出したのか、レオさんはぽんと手を叩いた。俺をガン見して、真剣な顔になる。え、何か重要な話?
「お屋敷でもそうなんだけど、向こうに行ったらそれこそおつきの皆と離れちゃ駄目よ? セイレンちゃんねえ、今注目の的なんだから」
「注目の的、ですか」
「そうよお。何しろつい最近まで姿を見せることのなかった、シーヤの家のお嬢様なんだから」
「は、はあ……」
お披露目パーティの時も、招待客の皆から結構見られてたよな。そんなに俺って物珍しいのかな、って思ったんだけど。
「シーヤが王族と縁続きなのは知ってるわよね?」
「あ、はい。一応、王位継承権はあるって聞いてます」
「うん」
レオさんは真剣な表情のままで頷いてくれて、それからちょっとだけ声をひそめて教えてくれた。
「辺境の領主にとってはね、王位継承権って結構大きいのよ。最近はそうでもないんだけど、王族と縁続きの領主がやたら威張ってた時期があってねえ」
「はあ……面倒くさいんですね」
「面倒ねえ。威張るからにはそれなりに、やらなきゃならないことがたっぷりあるってことなんだけど。その辺分かってないご当主様もまだまだ多くって」
そりゃまあ、領地治めてる責任者なんだから当然、領地のためにしっかりやらないとだめだよな。具体的にどう、って言われるとちょっと困るけどさ。
でも、例えば農作物が不作だったりしたらそのへんのフォローとか、食料の手配とかは領主がやるべきことだし。あと、王様の親戚だったら余計に身の回りとかちゃんとするもんじゃないのかな。威張ってばっかりじゃ、王様からも見放されるだろ。
……って、もしかしてシーヤのご先祖様もやたら威張ってたりしたのかな。うわあ、もしそうだったら子孫としてやだなあ。
「あ、シキノの若殿様はその点大丈夫よ。前のご当主が元気にやってる頃からよく街中回っててね、領民の人気は抜群だから。セイレンちゃん、いい人と会えたわね」
「え……あー、はい」
そうか、いい人なんだ。よかった。俺からしてみれば押しの強い人、って印象なんだけど、でもそれもいいところに見てもらってるのかな。
ところで、前から街中回ってるってどっかの時代劇か。いや、正体ばれてるから違うかな。案外、御庭番さんとかほんとにいたりしてな。
「あ、でもね。さっきも言ったけどセイレンちゃん、王族の血が入ってる未婚のお嬢様ってとこで注目の的だから、あなたのこと横からかっさらおうとかいう連中いたりするかもしれないの。その辺、気をつけなさいよ?」
「……レオさんみたいに、ですか」
「うんもう、ごめんなさいって。あれはほんと、悪かったわ」
頭下げられてもなあ。でもまあ、ほんとに本気なんなら、これ以上責める意味ないか。
「いやもういいですけど」
「ほんと? ありがと……だから抱きつかないってば」
「信用できません。主にその手が」
「あらごめんなさい、つい」
さりげに俺の肩に回してた手を放してひらひらと振ってみせるレオさんは、やっぱりいまいち信用できないなあ。オリザさん、にっこり笑いつつ重心落として構えてたし。ま、その前にアヤトさんが突っ込み代わりの手刀入れてたかもしれないけど。
だけど、そっか。俺、俺自身の人格とかには関係なく、狙われてもおかしくないわけか。
気をつけないとなあ。タイガさんにも、迷惑かけたくないし。




