65.うれしい、金銀贈物
タイガさんから返信があったのは、俺が手紙を出してもらった2日後のことだった。昼食が終わって食堂から玄関ホールに出たところで、ちょうど飛脚屋さんが来ててアリカさんと、それからアヤトさんに届け物を渡してるところを見たので立ち止まる。あ、俺の後ろにはちゃんとミノウさんがいるので安心。
「セイレン様。タイガ様からお届け物です」
「あ、ありがとう。珍しいな」
「贈り物のようですね」
アリカさんが持ってきてくれたのは、両手のひらに乗るくらいの箱だった。ミノウさんも興味を惹かれたそれは金のリボンで飾られていて、確かにいかにもプレゼントって感じ。一緒に、見慣れた蝋封付きの手紙がついている。
だけど。箱も気になったんだけど、それよりも俺はアヤトさんの方が気になった。いやだって、どう見ても10通以上手紙があるんだよ。何だ、あれ。
「……多いなあ、あれ」
「そうですね。全部レオ様宛らしいですが」
「全部って……レオさん、文通魔?」
「さあ……」
「あれだけありますと、返事を書くのにどれだけかかりますやら」
いやうん、俺が悪かった。そんなこと、アリカさんやミノウさんに聞いても分かるわけないもんな。と言って、アヤトさんに聞いても多分、まあそんなところですって言われるのがオチだし。ま、気には止めておこう。
ともかく、大急ぎで部屋に戻ったところにクオン先生がやってきた。昼食後だから、一緒に一服してから勉強するんだよね。でも、今はタイガさんの手紙のほうが先だ。ごめん、先生。
「こんにちはー。あら、タイガ様から文ですか?」
「あ、クオン先生いらっしゃい。今日はこっちもあるんです」
「贈り物ですか。ま、お熱いことで」
頬に手を当てて、にこにこ楽しそうなクオン先生、自分にはそういう話は縁がないって割り切っちゃってるらしいんだよな。だから、人の話を見たり聞いたりするのが楽しいんだってさ。
そこんとこは俺、前半は何か分かるけど後半は分からなかった。いや、男だった時ほんと、この手の話に縁がなかったから。でも、あんまり人の話聞こうとも思わなかったな。
まじまじと箱を見つめていたミノウさんが、ふと俺に尋ねてきた。
「そういえば、こうやってタイガ様から何かを贈ってくださるのは初めてではありませんか?」
「うん、初めてー。へへ」
うわ、自然に顔が緩む。いや、外から見たらにやけてるのか、これ。
「……クオン先生、お茶をお淹れしますね。セイレン様、しばらくお勉強が手につかないと思いますので」
「お願いします、アリカさん。若いっていいですわねえ」
「タイガ様のお話をなさる時のセイレン様は、微笑ましくて可愛らしいです」
ええい3人とも、浮かれて悪いか。にやにや眺めてんじゃねえよ、ちょっと恥ずかしいよ。あとミノウさん、甘いもの目の前にした時のあなたのほうがきっと可愛いぞ、と俺は思う。
ま、ともかく今はタイガさんの手紙が最優先。ペーパーナイフを使って、封を開ける。
広げた便箋には、秋の宴の週に入る頃には仕事も一段落するから会えるかもしれない、ってことが相変わらず綺麗な字で書いてあった。それから、レオさんが来たことを気にしてて身の回りに気をつけてほしいってこと、俺の気持ちがもし揺れたならちゃんと言って欲しいってことも。
その上で、自分の気持ちは変わっていませんって書いてくれてた。
「……へへ」
「あら。セイレン様、顔がほころんでらっしゃいますよ」
「え、そ、そう?」
「ええ。だいぶ女性らしくなってこられて」
クオン先生にそう言われて、やっとこさ俺は現実に戻ってきた。
しまった、見物人が3人もいたんだった。全員俺に視線集中させてるよ、マジで恥ずかしいな。いや、考えてみたら人前で堂々とラブレター読みふける俺のほうが問題なのか。
「そりゃ、タイガ様も心配なさるでしょうよ。こんな可愛らしい婚約者の住む家に、若い男の居候が来ちゃったんですから」
「……あー。可愛いかはともかく、言われてみりゃそうか」
更に、先生が言葉を続ける。そこで少しだけ、頭が冷えた。
そうだ、向こうから見れば婚約者の家によその男が入ってきた、みたいなことになるんだ。そりゃ心配するわ。
レオさんがああいう性格だってのは書いておいたけど、でも俺に迫ってきたのもホントのことだしな。一応引っ込んではくれたけれど、本気かどうか分からないしさ。うん、マジ気をつけよう。
さて、続き。
えーと、出入り商人が良い物を持ってきてくれたので、贈ります。きっとあなたにはよく似合うと思うので、どうか受け取ってください、だって。
ここまで読んで、俺は箱を手に取った。男が女に物選んで贈るのって、結構大変なんだよな。こっちの好みがあっちの好みとぴったり合う、なんてことないんだし。あーでも、タイガさんなら商人さんとかにいろいろ聞いて選びそうな気がする。
「俺に似合う……か。なんだろな」
ゆっくりと、金のリボンを解く。こっちには糊はあってもテープはないから、箱の包装は包装紙を糊で何ヶ所か止めた後上から紐とかリボンとかで止める、らしい。
糊で止めてある包装紙を外して、箱のふたをそっと開ける。中に入ってた柔らかい紙に包まれた物を取り出す。
紙の中から出てきた物は、花をかたどった髪飾りだった。金とか銀とかの細かい細工でできてて、花の中心とかに青い石がはまってる。これ、俺のお守りの指輪についてるのと多分同じ石だ。タイガさん、揃えてくれたんだな。
「あ。可愛い髪飾りですね、セイレン様」
「金と銀を綺麗に使っていますね」
アリカさんとミノウさんが、感心したように声を上げた。俺でも綺麗ですごいって分かるんだから、元から女の子なこの2人にはもっとすごいものだって思えるんだろうなあ。
皆に見えるように差し出してみると、全員女性だからもう楽しそう。いや、俺がもらったんだけどまあいいか。髪飾りって鏡使わないと自分から見えないから、他の人たちに喜んでもらえるのが一番だ。
で、クオン先生が何かに気づいたみたいに目を細めた。
「あらあら。タイガ様、よっぽどセイレン様が心配なんですね」
「え?」
「ほら、ここ」
クオン先生が指さした先。金の花のそばに、銀で作られた小さな虫が止まってる。ってこれ、前足長めでちょっとカマキリっぽくないか? 顔つきもデフォルメされてるけど、強そうだし。目の部分には、赤い石がはまっていた。
「これ、肉食の虫なんです。恋人に虫がつきませんようにっていう、一種のおまじないですね」
先生の説明に、俺ははっと目を見開いた。
虫がつかないように。
俺は、虫がつかないように男にされて、別の世界に飛ばされていた。タイガさんは、それを知っている。
そういう意味での虫って言葉、俺にはちょっとしたトラウマみたいな感じだったはずなんだけど。
でも、タイガさんがつかないようにっておまじないをかけてくれたのなら俺、何か大丈夫な気がする。
だってタイガさんは全部知ってて、それで俺のこと、受け入れてくれた人だから。俺に付く虫は、タイガさんだけでいいもんな。うん。
「セイレン様。せっかくですから、お付けしましょうか」
アリカさんが、そう提案してくれた。そうだ、せっかくくれたものなんだから、一度はつけてみないとな。
「あ、うん。アリカさん、頼むな」
「はい」
俺の返事を聞く前にせっせと準備を進めてるミノウさんと、テーブルの上を片付けてるクオン先生に俺は、何も言えなかった。えと、まあ、こういう提案に乗るのはごく当たり前でいいんだよな? うっかり大事にしまいっぱなし、なんてことしなくていいんだよな?
夕食の時間になって、下に降りていく。ホールを出るところで後ろから「セイレンちゃーん」と声をかけられた。この呼び方をする人はこっちに来てから1人しか知らないので、俺も「はい」と答えながら振り返る。
「その髪飾り、可愛いわねえ。よく似合うわよ」
「え? あ、ありがとうございます」
レオさん、ピンポイントで髪飾りにチェック入れてきた。この手の人って、そういう観察力すごいところあるよな。
アヤトさんとマイトさんを従えて、レオさんはするすると近寄ってきた。ちょっと怖くなって身体を引くと、それに気がついたのか少し間を置いて止まってくれる。いくら何でも、ミノウさんがにらみきかせてるからじゃない、よね?
「ふふ、可愛い子にはいいものがよくお似合いよ。婚約者さんからのプレゼント?」
「え、分かります?」
「分かるわよお。虫除けの虫ついてるもの」
そこまでチェック済みかい。ほんと、よく見てる。
そういや高校でも、同級生の女の子がかばんにつけてるキーホルダーがどうとか携帯がこうとか賑やかに話してたっけなあ。この場合、レオさんとあの子たちを同列に置いていいかどうかは俺には分からないけどな。
「大丈夫よ。あたしはもう、セイレンちゃんにたかることはしません。太陽神様と、あたし自身に誓ってもいいわよ」
困ったように両手をパタパタ振るレオさんは、まあとりあえずそこら辺の発言は信じてもいいかなと思えた。
ってか、たかるって自分が虫だった自覚あんのな。




