61.よろしく、居候青年
「ごめんなさいねえ。ちょーっと急いで来たら、こんなことになっちゃったわ」
珍しいというか何というか、レオさんは父さんの部屋に通された。俺やサリュウ、母さんも一緒に並んでお茶をもらっている。お茶配ってるのは、父さんについてる30歳くらいのしゅっとした美人のメイドさん。ユウキさん、と言うらしい。あんまり顔合わせないんだよなあ、この人。
ビジネスライクな室内なので、余計にレオさんの格好が目立つ。そのせいと、あとさっきのどたばたもあって父さん、ちょっと困った顔してる。いきなり軽くお説教中なんだけど、レオさんにはどうも効かないらしい。
「まったく。レオ殿も気をつけてくださらないと困ります」
「ほんっと、ごめんってば。ね、モンドおじさま」
「……次はありませんぞ」
「恩に着まーす。あと、もう少し防御固めたほうがいいかもよお?」
「その辺は、後でジゲンに申し付けておきます。もっとも、もう気づいてると思いますがね」
「さっすが」
父さんのお小言も、この人はまるで右から左って感じだ。にこにこ笑ってるのはいいんだけど、ちゃんと注意は聞いてほしいと思う。ハナコも大変だな、こんな人乗せて。とりあえず、落ち着くまで母さんとサリュウと一緒にお茶飲んでよう。あ、今日のクッキー美味しい。
しばらくこんな感じでお茶してると、ユズルハさんがやってきた。ちらっと見えたけど、その後ろに誰かいる。
「失礼します。レオ様、おつきの方がご到着されましたので、ご案内申し上げました」
「あら、ありがと。やっと来たのね。入れてもいいの?」
「ああ、どうぞ」
父さんの許可をもらって入ってきたのは、見るからに双子って感じの男の人たちだった。肩まではないけど綺麗な黒髪で、前髪の分け目が片方は右目の上、もう片方は左目の上。外見から区別できるのはそのくらいで、服は2人とも同じ黒一色。いや、かっこいいんだけど何か忍者みたい。
で、右目の上で分けてる方がレオさんを見て眉をつり上げた。
「レオ様! あれほど1人で行くなと、常日頃から申し上げておりますでしょう!」
「怒らないでよアヤトお、今モンドおじさまに怒られてたところなんだから。反省してますって」
「そうでしたか。これはモンド様、大変お手数を取らせまして申し訳ございません」
「ああ、いやいや。相変わらず大変そうだな、アヤト殿」
「はい、それはもう」
父さんの言葉に、はあと大きくため息をつく、アヤトって呼ばれたお兄さん。あー、レオさん付きなんだ、この2人。お疲れさん。
左目の上で分けてる方は、アヤトさんの文句つけにもレオさんの返しにも反応せず、何も言わずにじーっと見てる。外見はよく似てるけど、性格だいぶ違いそうだな。
で、2人を見比べてるとレオさんが気がついて、ぽんと手を叩いた。
「あ、セイレンちゃんとサリュウちゃんには紹介するわね。あたしのおつき、こっちの口うるさいのがアヤト。あっちのむっつりがマイト」
「口うるさいとは何ですか、まったく。アヤトにございます、どうぞお見知り置きを」
「……マイトでございます。よろしく」
右目の上で分けてる方、アヤトさんは眉間にしわ寄せて文句つけつつ、きちんとした礼をしてくれた。対して左目の上で分けてるマイトさんの方は、ぼそりと挨拶。でも礼はアヤトさんと同じく、ちゃんとしたものだ。
言っちゃなんだけど、レオさんの説明が一番分かりやすい区別方法だった。いつも一緒だから、そういう認識してるのかな。アヤトさんの口うるさいの、多分レオさんのこと怒ってばかりだからだと思うんだけど。
おつきの2人が到着したのでホッとしたのか、ふとレオさんが父さんに尋ねてきた。
「ところで、あたしはどこで寝ればいいのかしら」
「2階の客間を準備していただきましたので、そちらに荷物を搬入いたしました」
彼の問いに、父さんじゃなくてアヤトさんが素早く答える。客間ってことは、サリュウの部屋の近くか。何も問題ないといいけどさ。
てか、ここに来る前に荷物運んできたんだ。多分、既にタンスの中はレオさんの服でいっぱいだったりするんだろうな。もしかしたら、俺のタンスの中より派手だったりして。
ユズルハさんもレオさんに聞くことがあったみたいで、軽く身を乗り出してきた。
「レオ様。おつきのお2方はどうなさいますか」
「この2人はあたしと同じ部屋で寝泊まりするから、食事だけ準備してやってくんない?」
「は、そういうことでしたら。部屋の清掃の方は」
「それもこっちでやるわ。無理やり押しかけて来ちゃったんだし、そのくらいはね」
ありゃ。
使用人部屋じゃなくて、レオさんの部屋なのか。……身辺護衛とかかなあ、どっかの家の嫡男だっていうし。部屋掃除くらい任せればいいじゃんとは思うけど、いろいろあるんだろうなあ。
……掃除くらい任せろって、俺も大概こういう生活に慣れてきちゃったな。気をつけないと。
それにしても。
そもそもの疑問が、俺にはあった。ので、聞いてみよう。
「あの」
「ん、なあに? セイレンちゃん」
「レオさんは、何でうちに来られたんですか?」
「んー、セイレンちゃんを見に」
いやいやいやいや。
今お茶口に含んでたら、確実にぶーと吹き出してたぞ。
いくら何でもそりゃないだろう。
「えー。だってモンドおじさまがデレデレしちゃうくらい可愛い娘さんが手元に戻ってきたんだもの、見たくなっちゃうじゃない。あっという間に婚約者ができちゃってさ、早いうちに見とかないとって」
……父さん、あれでデレデレしてるのか。いやまあ、母さんともども親馬鹿気味なのはよーく分かってるけどさ。
というか、早いうちにって俺は一体何だ。パンダかコアラか。こっちにはその手の珍獣いるかどうか知らないけど。
「姉さまは見世物じゃありません!」
「あらやだ、分かってるわよお。あとね、そのお姉さんに懐いてるサリュウちゃんも一度見てみたかったのよ」
「っ……」
おお、サリュウが顔真っ赤にした。レオさん、上手く返すよなあ。でも、俺が見世物じゃないというサリュウの意見には賛成だぞ。
ちょっとふてくされた俺と、真っ赤になったサリュウを見比べてからレオさんは、ふっと笑った。ちょっぴり女っぽい優しい笑顔になって、「それとね」と言葉を続ける。
「一度、収穫祭って見てみたかったの。都じゃ最近やらないのよねえ」
「そうなんですか?」
「だって、都って建物ばっかりで田んぼも畑もないんだもん。食べ物飲み物はみーんな外から運ばれてくるから、収穫なんてないのよ」
つまんなーい、と頬をふくらませるレオさんは何だか俺どころかサリュウよりも子供っぽくて、俺はちょっと笑ってしまった。
そうか。こっちでも都会は都会で、お百姓さんとかほとんどいないんだ。だから、収穫祭ってのもない。
それは確かにつまらないなあ、なんて思ってしまった。いや、太陽神様ありがとうなお祭りはあるんだろうけど、何か方向性違うだろうしなあ。
「ねえねえ。セイレンちゃんも、秋の収穫祭って初めてなんでしょ? 一緒に遊びに行かない?」
「は?」
不意に身を乗り出してきたレオさんの提案に、俺は一瞬固まった。
初めて、か。
ああ、一応『病弱で療養しててやっと戻ってきた娘』の設定は有効なのか。いや、そうだよな。タイガさんには真実教えちゃったけど、さすがにレオさんは知らないだろうし。
だから、秋の収穫祭は、初めて。うん、間違ってないけど、でもなあ。
「いやあの、お」
「お?」
うわ、危ない危ない、俺って言いそうになった。タイガさんならいいんだけど、レオさんの前ではちゃんと女の子してないと。
……タイガさんと並べてばっかりで、悪いなあ。
「……じゃない。私、春のお祭りの時に一緒に行った人たちとはぐれちゃって、それでその」
「あー。やんちゃなお子様にいじめられちゃったのね」
だめよお、なんて言いながらレオさんは、俺の額を指先でつついてきた。何だろうなこの扱い、妹っぽい感じかな。
ともかく、レオさんの言ってることはある意味間違ってないので「まあ、そんなとこです」とお茶を濁しておく。っていうか、もしかして俺のこと気にして表現丸くしてくれたのかな?
「んふ、大丈夫よ。あたしが一緒だし、アヤトとマイトもついていくもの。これだけの男前を揃えれば、そこらのお子様たちなんて目じゃないわ」
「何で確定なんですか」
「だって、あたしが行くのにあんたたちがついてこないわけがないでしょう? ね、マイト」
「……ご命令とあらば」
本気でアヤトさん、マイトさん、お疲れ様。というか、この2人何だかんだ言っても使用人さんなんだから、レオさんには従わないといけないって感じなんだろな。
「ね、いいでしょ? メイアおばさま」
あ、俺の反応が鈍いからって矛先を母さんに変えやがった。でもまあ、母さんは相変わらず母さんなのでちょっと涼しい顔。で、すっぱりと言ってのける。
「セイレン付きのメイドを連れて行ってくれるなら、いいとしましょうかしら」
「あら、信用ない?」
「少なくとも、殿方だけに囲まれる娘を心配する程度には、ですわね」
「それもそうね。可愛い娘さんだもんねえ、心配だわあ」
ある意味女性同士の会話みたいなもんで、表面上は笑ってるんだけど何か視線がバチバチいってるような気がしてかなり怖い。
と言うかレオさん、俺婚約者いるからね? 来年にはタイガさんのとこに行くんだからね? あー何でタイガさん忙しいんだろ、いや新米領主だからだけど。
で、俺と同じようなことを考えてたのがもう1人。当然というか、タイガさんにとっては実の弟に当たるサリュウである。ばん、とテーブル叩いて話に割り込んできた。まだ耳赤いけど。
「ちょ! ぼ、僕もついていきますからね!」
「あら。サリュウちゃんも一緒なの? まあ、可愛いからいいけども」
「よくありません! じゃなくって僕は、姉さまが嫁ぐ日までお守りするって決めたんですから!」
「あらまあ、お姉さま思いなのねえ。ますます可愛いわ、おにーさん応援しちゃう!」
「は、離してくださいっ」
この人、気に入るとハグする癖でもあるのか。まさか、真っ昼間から酔っぱらいでもあるまいに。というか、ぐりぐり顔を擦り付けられてサリュウが困ってるな。いい加減引き剥がしにかかろう。
「レオさん、サリュウが困ってるんで離してやってください」
「え? あららごめんなさい、ちょっと力入れすぎちゃったわあ」
「ちょ、ちょっと、じゃないです……げほ、げほげほ」
うわ、大丈夫かサリュウ。まあ、そうだよなあ。ナリとか言葉遣いとかはこんなだけど、レオさんはいい大人の男の人だ。そりゃ力あるよ。
「サリュウ。レオ殿に力負けしておるようでは、セイレンは守れんぞ?」
「うわ、やめてください。僕だって頑張れば」
「まあ、伸びしろに期待してるわね、サリュウ。レオ様、どうせだから鍛えてやってくださいな」
「あたしに期待しないでよお。でもま、ちょっとくらいならいいかしら」
あと、父さん母さん。多分注意するところそこじゃないと思う。大体、サリュウはまだこれから成長するんだから、今勝てなくても問題ないと思うんだけどさ。いや、俺、あのくらいの時に院長先生とか施設の兄貴分とかと喧嘩して勝てなくて泣いてたから、サリュウの気持ちも分かるんだけど。
……ところでさ。
使用人さんたちはともかく、何で父さんや母さんまで敬語なんだろうな?